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新聞は明治という新時代の象徴であったが、当時の写真印刷技術は未熟であり、新聞挿絵は「錦絵」であった。
時間があったので、30枚ほど文章を読んでみた。内容は、新聞というにはいささか旧聞に属する事件を取り上げた物語絵ばかりである。色彩は毒々しく、血なまぐさいものが多い。 「東京日日新聞」の絵師は、国芳の弟子の一蕙斎芳幾(いっけいさい よしいく)。「郵便報知新聞」の絵師は芳幾の弟弟子の大蘇芳年(たいそ よしとし)となっている。これらの二人はもう少し有名な名前を有する絵師であるが、上述のリストもこの名前になっている。 一蕙斎芳幾は、「東京日日新聞 第一号」で《貞婦せんと姧僧慶山》↓や「東京日日新聞 第七百十二号」三枚続きで台湾の《石門の戦》を描いている。「東京日日新聞 第六百九十七号」↓↓も同じ絵師の作品である。 「歌川一勇斎国芳」(歌川国芳)の弟子である「歌川一蕙斎芳幾」(落合芳幾)と「歌川一魁斎芳年」(月岡芳年)をそれぞれ一蕙斎芳幾ならびに大蘇芳年として紹介し、落合芳幾ならびに月岡芳年という良く知られた名前との関係を会場ではっきりと説明していなかった。ビジターに対してもうすこし親切であってほしいと思う。 美術散歩 管理人 とら
by cardiacsurgery
| 2008-01-22 20:43
| 浮世絵
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