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広島滞在2日目、午後抜け出して現代美術館へ行こうと会場のホテルをでたら、これから呉へ戦艦大和を見に行くという友人2名とぱったり出合った。「旅は道連れ、世は情け」。早速に方向転換。
ミリタリストではないが、軍港「呉」という名前には懐かしい響きがある。戦艦「大和」の10分の1模型のすぐ前の部屋には、海の藻屑となってしまった若者の写真がずらっと並んでいて正視するに堪えない。 ![]() ![]() 最後に「友永英夫」海軍技術中佐の写真パネルに目がいった。ドイツ語の文章もある。説明を読んで思わずそのドイツ語文に吸い込まれた。 ![]() いまだ戦争を継続していた日本の軍人である「友永英夫中尉」は、「庄治元三中佐」とともに自決の道を選んだのである。このときの遺書がドイツ語で書かれている。科学者らしく、遺書にも番号が振ってある。その第1としては、「われわれを安らかに死なせてほしい。そしてわれわれの死体を深い海に沈めてもらいたい。」と書かれている。 ![]() いまだ36歳の若さで自らの人生にピリオドを打たざるをえなかった友永英夫の無念さに思いをいたし、しばらくその場に立ちすくんだ。 美術散歩 管理人 とら
by cardiacsurgery
| 2007-06-15 16:53
| 戦争画
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