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第Ⅲ章 <都市と地方>
この章では、明代後半に経済的に繁栄した江南地方の蘇州で活躍した画家たちの作品が展示されていた。 ・李士達 《石湖雅集図扇面》明 万暦38年(1610) 金箋着色 橋本コレクション ・李士達 《竹裡泉声図》明 16~17世紀 絹本墨画着色 東京国立博物館 重文 ・盛茂燁《渓頭閑興図》明 崇禎10年(1637) 絹本墨画淡彩 個人蔵 唐の詩人・王維と親交が深かった殷遥の「山行」の詩句「埜花成子落 江燕引雛飛」を踏まえ、初夏に当たる旧暦の五月に描かれた作品である。 画面上方が煙っていて、空気感をとらえるような柔らかい墨調で、季節感あふれる高雅な文人たちの営みが写されている。10数年ぶりの公開。 ・邵弥《山水図》明 崇禎4年(1631) 紙本墨画 泉屋博古館 26 ・詹景鳳《山水図》明 万暦27年(1599)紙本墨画 泉屋博古館 16 1644年に明が滅び、異民族の清が中国を支配したとき、明に仕えていた人たちは、清に従うのか、従わないで遺民になるのか、遺民となっても清に抵抗するのか、隠遁生活をするのかという人生の選択を迫られた。しかし、画風と生き様はシンクロせず、バラエティに富んだ作品が並んでいた。 ・王鐸《書画合璧巻》 清 順治6年(1649) 絖本墨画 大阪市立美術館 王鐸は、絖本の上にたびたび臨書してきた「淳化閣帖」をランダムに臨書し、その間に山を描いている。 ・王鐸《六根無塵図》 明 崇禎13年(1640) 絖本墨画 橋本コレクション 本図では、光機の素材である絖本の上に濃墨・淡墨を対比的に用いて六幹の竹、その間に石を描いており、筆遣いの闊達さは王鐸の特徴をよく表している。 ・傅山《雲山寂莫図》 清 17世紀 絖本墨画 橋本コレクション ・許友《枯木竹石図》清 康煕元年(1662)泉屋博古館 24 ・周之夔《渓澗松濤図》明 順治3年(1646)泉屋博古館 23 女性画家の野口小蘋は、周之夔《渓澗松濤図》を見て《春山明麗図》大正3年(1914)泉屋博古館分館(↓)を描いたのではないかと言われている。会場では両者が並んで展示されていた。 清朝が安定し全盛期を迎えると、今度は明と清の両方に仕えた人たちが乾隆帝(在位1735-95)の時代に「弐臣」としてさげすまれ、その良い作品が低い評価を受けたため、江戸時代の日本に入ってきた。清朝滅亡(1912)後も、日本人の中国の書画への関心は高く、多くの作品が日本に入り、明治大正期の画家たちに刺激を与えた。 美術散歩 管理人 とら 【参考】 ・典雅と奇想 明末清初の中国名画展 第1報 @泉屋博古館分館 ・典雅と奇想 明末清初の中国名画展 第2報 @泉屋博古館分館 ・典雅と奇想 明末清初の中国名画展 第3報 @泉屋博古館分館 ・典雅と奇想 明末清初の中国名画展 第4報 @泉屋博古館分館
by cardiacsurgery
| 2017-12-05 09:59
| 東洋アート
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