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今回のミュシャ展は、2017.3.8~6.5に、新国立美術館で開催される。フライヤーに載っているパリ時代のポスター《ジスモンダ》やチェコ時代のポスター《ソコル祭》は何回も見ているが、今回の目玉は「スラヴ叙事詩」全20点の初来日である。
![]() ![]() 2017年3月2日の朝日新聞朝刊に美術史家ヴラスター・チハーコヴァ―氏の寄稿文が載っていた(↓)。 ![]() 「スラヴ叙事詩」は、最大6mx 8mに達する画面の大きさを有する20面の油彩画シリーズで、スラヴ人とその文明の歴史を描いたものである。ミュシャは、このシリーズをすべてのスラヴ人の記念碑ととらえ、芸術家としての自分の後半生をこの制作に捧げた。 この作品の構想が生れたのは1899 年のこと。当時のミュシャは、1900 年のパリの万国博覧会に際して、オーストリア・ハンガリー帝国政府から委託されたボスニア‐ヘルツェゴヴィナ館の内装デザインを考えていた。 ミュシャは、この仕事の準備のために、バルカン半島を広く旅して、オーストリア ・ハンガリー帝国に20年以上前から併合されていた南スラヴ人の歴史や慣習を調べ、その地域住民の生活を観察する機会をえた。 資料収集で訪れた各地でスラヴ民族の苦難を目の当たりにし、その現実に突き動かされて「スラヴのすべての人々のための叙事詩の制作する」すなわち「彼自身の祖国と同胞の喜びと悲しみを絵画化する」という新構想が生れた。 ミュシャは、1904‐09 年の間に、5 回にわたってアメリカを訪れ、彼の野心的なプロジェクトをサポートする後援者を探した。1909 年のクリスマスの日に、シカゴを基盤にしている裕福な実業家であり慈善家でもあるチャールズ・ リチャード ・クレーン(1858-1939) という人物に遭遇した。クレーンは、東ヨーロッパの政治的変化やスラヴ文化に興味を抱いており、その後約20 年間にわたってミュシャを経済的かつ精神的に援助することとなった。 ミュシャは 1910 年に帰国して制作にとりかかり、1911‐26年の17年間にわたり、彼のエネルギーを「スラヴ叙事詩」制作に費した。ミュシャは、巨大なキャンバスに描くために、西ボヘミアのズビロフ城に広いアトリエとアパートを借りている。 このシリーズでは、彼は古代から近代にいたるスラヴの過去における20の重要なエピソードを描くこととした。そのうちの10面はチェコ、 残りの10面は 他のスラヴ地域における歴史的なエピソードとした。 本シリーズの最初の一枚《現故郷のスラヴ民族》は1912 年に描き終り、1926 年に完成したシリーズ最後の一枚《究極のスラヴ民族》は、1918年になってついに自分たちの祖国を自分たちのものとした全スラヴ民族の勝利を祝うものであった。 ミュシャはこの「スラヴ叙事詩」によって、平和や今まで学んできたことについて互いに畏敬の念を持ち、さらに共通の歴史を有している全スラヴ民族が大団結し、最終的には、自分たちの経験と美徳によって人間愛のために働くようになることを望んだのである。 第1次大戦でオーストリア・ハンガリー帝国は崩壊し、チェコスロバキア共和国が独立する。画家ミュシャと支援者クレーンは、1928 年、国の独立10周年記念日にあたり「スラヴ叙事詩」シリーズ全面をプラハ市に寄贈した。 しかし、ナチス・ドイツの干渉にさらされた祖国は1939年に解体される。ミュシャはナチスの秘密警察に捕らえられ、厳しい尋問を受け、釈放されたものの体調を崩して間もなく死去した。 ミュシャの思想は冷戦時代、共産主義イデオロギーと相反するものとされ、作品も無視されていた。 「スラヴ叙事詩」は1965年代以後、チェコ南部のモラフスキー・クルムロフ城でひっそり展示されていた。 しかし、「スラヴ叙事詩」をもっと手軽に鑑賞したいとの要望は強く、2013年5月から12月まで、プラハ国立美術館・ヴェレトルジュニー宮殿大ホールで展示された。 「スラヴ叙事詩」各論 ここでは各図の名称、歴史年代、制作年代、小画像または習作画像、大画像へのリンクを載せたが、それぞれの図の説明については、ブログ1の後半ならびにブログ2を適宜参照されたい。 1.《原故郷のスラヴ民族》: トルコ民族の鞭とゲルマン民族の剣の間で(歴史4-6世紀)(制作1912年) ![]() ![]() ![]() ![]() 5.《プシェミル・オタカル2世》: スラヴ諸王朝の統一(歴史1261年)(制作1924年) ![]() ![]() ![]() 8.《ベツレヘム教会で説教するヤン・フス》: ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]()
by cardiacsurgery
| 2017-03-03 08:06
| 国外アート
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