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「謎の古代王 最後の戦い 日本のポンペイから探る」というタイトルの「歴史秘話ヒストリア」を平成29年2月3日(金)20:00~20:43 NHK総合で視聴した。
「ヴェスヴィオ火山噴火による火砕流」によって一瞬のうちに死亡した人骨が発掘された「ポンペイ遺跡」についてはよく知っていたが(ホームページ)、日本でも「榛名山噴火による火砕流」で死亡した1500年前の人骨が、平成24年11月に、群馬県で発掘されていたことは寡聞にして知らなかった。 そこで急いでメモをとった。聞き間違いがあれば、後日訂正します。 エピソード1 地中に封じられた悲劇の瞬間 群馬県渋川市の「金井東裏遺跡」から、ヨロイを着た成人男性、成人女性、幼児、乳児の4人の古代人の骨が発見された。この4人の骨は10数メートルの範囲内に埋まっており、家族だったと考えられる。この家族は、1500年前の榛名山爆発に伴う火砕流で全滅したのである。 ![]() 大腿骨の長さから身長が推定された。成人男性は164㎝、成人女性は146㎝である。頭蓋骨の形から成人男性は40代で細面の大陸型顔貌、成人女性は顎が張った日本固有の古代人顔貌であると推定された。 歯のストロンチウム分析から、成人男性と成人女性は長野県伊那谷生まれ、幼児と乳児は群馬県生まれであると推定され、成人男性と成人女性は伊那谷から群馬へ移住してきたものと考えられる。 現場には人骨以外に多数の足跡が発見された。この足跡は一つの方向に向かっており、パニックに落ちっていないことが分かる。すなわち、榛名山の噴火はかなりの期間続いていたため、他の住人は火砕流発生前に整然と避難していたのである。 ここで次の3つの疑問が生じる。 ①この4人はなぜ危険な場所にとどまっていたのだろうか? ②男がヨロイを着けていたのはなぜなのだろうか? ③男は何者なのだろうか? エピソード2 ヨロイの男性の正体 群馬県太田市の古墳からこの噴火と同時代の埴輪が多数出土しているが、その中にヨロイを付けた武人埴輪があり国宝となっている。この武人埴輪は王の石室内にあったので、ヨロイの埴輪は王である可能性が高い。 ![]() ![]() 男のヨロイは朝鮮半島から渡ってきた伸縮する最新式のもので、乗馬に適した特別なものであった。 渋川市の「金井下新田遺跡遺跡」からは、馬の骨や仔馬の骨が出土しており、群馬では馬の飼育が行われていたことが分かる。古代の馬の生産地は火山の傍が多い。これは噴火によってできた広大な斜面が馬の飼育に適していたからである。 今回発見された成人男性は、伊那谷から榛名山麓に馬の放牧地を求めてやってきた「馬の王」というべき重要人物であった可能性が高い。 しかし、噴火のさなか、男が重いヨロイを身にまとって四つん這いになっていたのはなぜなのだろうか? ![]() ![]() 王とその家族を火砕流が襲った際に、ヨロイの男の最後の瞬間はどうだのだろうか。 ![]() 第1説:男は、火山を鎮めるために祈りを捧げていた。榛名山麓を火砕流が襲った日、そこで起きた真実はこのいずれだったのだろうか。 【参考文献】 ・東国から読み解く古墳時代(若狭 徹 吉川弘文館) ・スサノオ 最後の戦い(星野之宣 小学館 天才たちの競演2) ・古墳時代の馬との出会い(橿原考古学研究所附属博物館 特別展図録) ・金井東裏遺跡の時代と東アジア ・よみがえれ古墳人(群馬県文化振興課 国際シンポジウム 資料) 美術散歩 管理人 とら
by cardiacsurgery
| 2017-02-03 22:42
| 国内アート
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