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これは、1月22日(金)19:00に、BS-TBSで放送された「金曜劇場・天才絵師 長谷川等伯に誘われて~こころの原風景・北陸~」で、出演者は直木賞作家の「安部龍太郎」氏と金沢出身の女優の「田中美里」さんである。
その中で印象的だったのは、二人で訪れた七尾美術館の状景である。これは、2015年4月18日(土)~5月10日(日)に開催されていた展覧会の状景のように思われる。 二人がまず足を止めた作品は、有名な国宝「楓図壁貼付」京都市・智積院蔵であるのは当然である。 ![]() これは等伯の「一世一代の大博打」、「人生の賭け」ともいわれる一大パフォーマンスの作品だった。 1589年、等伯は大徳寺三玄院の襖に強引に「山水図襖」を描くという事件を起こしたのである。 大徳寺の春屋宗園は禅寺寺院内に襖絵の必要を認めなかったが、等伯は宗園の不在時に訪れて描き上げたのである。 この襖絵 は「紙本墨画山水図 伝長谷川等伯筆 大方丈襖貼付 32面」。天正17年(1589年)頃の制作である。 もとは大徳寺の塔頭・三玄院の方丈を飾るものだったが、明治初期の廃仏毀釈によって流出し、今日では円徳院に山水図32面が、京都楽美術館に松林山水図4面が、それぞれ分蔵されている。 等伯はかねてより三玄院で襖絵を制作するを懇願していたが、住持春屋宗園は修業の場に絵は不要と相手にもしなかった。 ある時宗園が2か月ほど留守をすることを知った等伯は、この時ぞとばかりに三玄院に押しかけ、止める雲水たちを振り切って客殿に上がり込み、一気呵成にこの襖絵を描いた。 帰ってきて事の次第を知った宗園はいたく立腹しつつも絵の出来栄えには感嘆し、結局この襖絵を認めてそのままにしたという。 襖絵の料紙が作画にはおよそ不向きな雲母刷り胡粉の桐紋様の唐紙であることから、この逸話はおおよそ事実に近いと考えられている。全36面もの襖絵のすべてを桐紋様の上に描いた作品は他に例を見ない特異なものとしても知られている。また、雲母刷りの桐紋様を降り続く雪に見立てていることが特徴である。 現在円徳院で展示されているのは平成24年(2012年)に完成した京都文化協会文化財未来継承プロジェクト(綴プロジェクト)による高精細複製品で、原本は京都国立博物館と石川県七尾美術館に寄託されているとのことである。 一歩間違えればその後の等伯も無かったかもしれない、まさに一世一代の大博打。等伯の決して諦めない、その性格と気合が伝わってくる。この行動が吉と出たことで、その後等伯は南禅寺や妙心寺といった大寺院での大仕事の機会を得るようになっていった。 雲母刷り胡粉桐文様の唐紙に描かれているところが、このエピ ソードの信憑性を高めている(↓)。 ![]() ![]() ![]()
by cardiacsurgery
| 2016-01-23 11:42
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