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重要文化財《洋人奏楽図屏風》↓の修復が完了し、前期(右隻)・後期(左隻)に分けて初公開されているので後期に行ってきた。
![]() ![]() 後述するが、江戸時代には国内で羊が飼育されていなかった。このことがMOAの《洋人奏楽図屏風》に描かれている「羊」が、永青文庫の《洋人奏楽図屏風》では「洋犬」に変わっている理由ではあるまいか。折角屏風を差し上げた藩主が羊を見たことがないため「この動物な何か」と訊かれたので、次回からは既に日本に入っていた洋犬に変えたのではあるという仮説を立ててみたのである。乞うご批判! 類似の《泰西風俗画屏風》↓が福岡市美術館にあるが、これは黒田藩旧蔵のものである。 ![]() ・《西洋人奏楽図屏風》に描かれている「襞襟」について: これはマントや陣羽織の上に付けたもので、首の周りに巻き、ボタンで留めるようになっている。 ![]() ![]() ↓はギャラリー・トークの資料より借用したものであるが、この緋色に染められた羅紗は架空の瑞祥動物「猩々」の血のの色で染めたと伝えられ、武運を願う武士の間では縁起が良いとされたとのことである。 ![]() ![]() ![]() ![]() キリスト教関係のものでは、天草四郎が3万7000人のキリシタンとともに原城に立てこもり、12万の幕府軍に抵抗した《有馬城攻図》(←)が出ていたこれは一見の価値がある。細かい書き込みがあるので、実見しなければその良さを実感することができないと思う。 キリシタンの幟の場所、籠城したキリシタンが投げ落とした鍋釜、外洋で待機するカトリックの駆逐に協力したプロテスタントの国・オランダの船が描きこまれれていた。 天草四郎は細川忠利の家臣・陳佐左衛門に討ち取られたとのことである。 今回の展覧会には、ローマ字印を用いた細川忠利の書状↓も出ていた。 ![]() ![]() 近日出舟仕候 仍此呈一軸致進上候 誠誰ニカト存候志耳 帰ラシト思ヘハ兼テ 梓弓ナキ数ニイル 名ヲソ留ル 彼は向戦場命堕 名ヲ天下ニ挙是ハ 南海ニ趣命懸天名ヲ 流如何六十年之苦 忽別申候此中之御礼ハ 中々不申上候々々恐惶 敬白 南坊現代文にすると下記のようなものだろうか。 近日中に、出航いたすことになりました。お別れの徴に、掛物を一軸謹呈いたします。どなたかにと思っていた気持ちだけのものでございます。「帰らじと思えばかねて梓弓無き数にいる名おぞ留むる」と詠んで戦場に赴いた楠正行は戦死して天下に名を残しました。私はこれから南海に赴き、命を天に懸けて、名は流してしまいます。六十年間の苦労は何だったのでございましょうか。お別れの時がやって参りました。今までの御心尽くしに対する御礼は筆舌に尽くしがたいものでございます。まことに恐縮千万です。敬具そして、高山右近が細川忠興に贈った軸は、楠木正行が一族郎党143人を連れて四条畷の決戦に向かうとき、如意輪寺に立ち寄り、「帰らじと かねて思えば梓弓 なき数に入る 名をぞ留むる」という辞世の句をこの本堂の扉に書き残している場面だったのではなかろうか。 今朝のニュースでは、細川護煕・永青文庫理事長が体調を崩しておられるとのことである(参照)。御快癒を心からお祈りしている。 美術散歩 管理人 とら
by cardiacsurgery
| 2014-05-15 10:42
| 国内アート
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