
この特別展のサブタイトルは「リアリズムと奇想の劇場」。
カロは自分にとってはお馴染みの西洋版画家で、ブログにはカロの記事がいくつも載っている。
年代順に列挙すると以下のようである。
・ヨーロッパ版画との出会い @神奈川県立近代美術館鎌倉別館 2006/12/24 :《戦争の惨禍》16点組
・都市のフランス 自然のイギリス @千葉市美術館 2007/08/23: 《戦争の惨禍》6点組
・いとも美しき西洋版画の世界 @埼玉県立近代美術館 2008/05/04 : 《戦争の惨禍(大)》、《イスタンブール市》、《アヴァリアーノの戦い》、《ルーブル宮の眺め》、《聖セバスティアヌスの殉教》、《処刑場》、《聖アントニウスの誘惑》
・アウトサイダーズ @国立西洋美術館 2011/01/03 : 《道化》21点組、《乞食》24点組、死刑執行人、ジプシー
今回は国立西洋美術館のコレクションを、年代と主題から下記の7章に分けて展示してあった。なにせ220点という多数なので、あまり時間をかけては見られなかったが、お気に入りの作品は単眼鏡で見てきた。
会場入り口に拡大鏡が置いてあるとのことだったが、すでに出払っていたので、自分の持参した単眼鏡が役立った。拡大してみると、カロの卓抜な技量にほとほと感心する。何人もの若い方々が、作品にへばりついて、拡大鏡でその技術を確認しておられたので、邪魔をしないようにそれらの作品はパスした。
以下、各章のお気に入り作品の画像をアップしていく。
第1章 ローマ、そしてフレンツェへ: 連作《ローマの絵画》ほか4点

第2章 メディチ家の版画家: 連作《メディチ家のフェルナンド1世の生涯》ほか8点




第3章 アウトサイダーたち: 連作《小さな道化たち》、連作《乞食》、連作《ジプシー》ほか2点

第4章 ロレーヌの宮廷: 連作《槍仕合》ほか3点

第5章 宗教: 連作《七つの大罪》、連作《エンブレムで表された聖母伝》、連作《キリスト・マリア・使徒立像》ほか6点


第6章 戦争: 連作《戦争の悲惨(大)》18点組、連作《教練》ほか2点

第7章 風景: 連作《パリの景観》、連作《さまざまなイタリア風景》ほか1点

カロ展の続きの3室の小部屋に「
非日常からの呼び声」と銘打った展示コーナーがあり、若手作家・平野啓一郎氏をゲストキュレーターとした所蔵作品展となっていた。

平野氏が「非日常の光景あるいは非日常の世界へと誘う光景」として選ばれた作品が、氏の解説とともに、「幻視」、「妄想」、「死」、「エロティシズム」、「彼方への眼差し」、「非日常の宿り」といったテーマ別に展示されていた。
油彩画には再見のものぼかりだったが、版画作品には初見のものもあった。
作品の傍のキャプションには長文が書かれていて、これを読めば平野氏の感性に近づくことができる仕組みになっていたが、当日は多数の版画作品を観て疲労していたので、この文章を読む気力が残っていなかった。ということで、この日はサラリと流し、後日を期することとした。
展示室には出展リストが準備されておらず、平野氏の長文の解説を記録した図録だけが置かれていた。帰宅してネットを見ると展示リストがpdfファイルでアップされていた(
こちら)。次回には、これをプリントアウトして持参しよう。
夏目漱石のような文科系の人間が書いた美術批評文の中には迂遠で読みにくいものがある。これに対して、森鴎外のような理科系の人間の書く文章は一般に簡潔で読みやすい。平野氏の文章はどうなのだろうか。次回にジックリと読ませてもらうつもりである。

話が逸れるが、東京国立博物館平成館の前に森鴎外の写真が置かれていることをご存じだろうか↑。森林太郎は東京大学医学部を卒業して、軍医総監にまでなった理科系の人間であるが、小説を書き、美術の造詣も深かったようで、帝室博物館の総長になっておられたのである。
美術散歩 管理人 とら
【追記】 展覧会「非日常からの呼び声」をもう一度見た。「非日常」という概念を6つのカテゴリーに分類した理由は理解できたが、正直言って、個々の作品の解説には理解可能ないし同意できるものと理解困難のものがあった。個別の作品に対する感想は人それぞれということなのだろう。
以下は私の感想である。
Ⅰ.幻視: 瞬間的な非日常
・マックス・クリンガー《手袋:行為》: 手袋を拾う男がこれから遭遇する非日常の物語が記されていないのは不親切。興味のある方は私のHPを参照されたい。
・クロード・ロラン《踊るサテュロスとニンフのいる風景》: サチュロスとニンフを眺めている右側の人々にとっては幻視のような情景。
・ギュスターヴ・モロー《聖なる象(ペリ)》: 象と背中の男のズレが幻視という説明は?
・ムンク《雪の中の労働者たち》: 手前の大きな男はこちらを見ているような気がする?
・ルドン《アポロンの二輪馬車》: アポロンはユピテルから見られている。
Ⅱ.妄想: 積上がっていく非日常
・ライモンディ /ヴェネツィアーノ《魔女の集会》: これを妄想と片づけてしまえば話は簡単。
・デューラー《メレンコリア I》: この作品の絵解きができれば、誰も悩まない。
・ゴヤ《妄: 飛翔法》: これも妄想と片づける。
・クラーナハ《聖アントニウスの誘惑》: 初見。ゴチャゴチャした》絵の中に聖アントニウスを探せ。ヒントは老人。
・テニールス《聖アントニウスの誘惑》: 女性の足が鳥の足になっていることに注意。
・ドラクロア《ゲーテ:ファウストとヴァレンティンの決闘》: ファウストの剣が相手の背中を貫通している。
Ⅲ.死: 究極の非日常
・デューラー《騎士と死と悪魔》: 死は砂時計で暗示。悪魔が後ろから迫っている。
・ヴェネツィアーノ《死と名声の寓意》: 初見。死の左に立つ良性具有者が悪魔。
・ベッラ《死: 子どもを運ぶ死》: 初見だが分かりやすい。死による誘拐である。
・パルミジャニーノ《キリスト埋葬》: 初見。
・ドラクロア《墓に運ばれるキリスト》: 明るい現実世界から死の世界へ。
Ⅳ.エロティシズム: 生を蘇らせる反復性の非日常
・クノップフ《仮面》 これがエロ?
・カヴァリアーノ《ヘラクレスとオンファレ》: 初見。英雄ヘラクレスがリュディアの女王オンファレのもとで糸紬ぎの労働をさせられている。
・モロー《牢獄のサロメ》: 洗礼者ヨハネが斬首されるのを待つサロメ?
・ティツイアーノと工房《洗礼者聖ヨハネの首を持つサロメ》: グロとエロは紙一重。
・ロップス《ポルノクラテスあるいは豚を連れた女》: これもエロか?
Ⅴ.彼方への眼差し: 超越的な非日常=信仰
・グエルチーノ《ゴリアテの首を持つダヴィデ》: グロ!
・ドーミエ《マグダラのマリア》: 何度も見ている。
・バッサーノ《最後の審判》: キリストはオリンピックのヴィクトリー・マーチのよう。
・バウツ派《悲しみの聖母・荊冠のキリスト》: 閉めると聖母とキリストがぶつかる。
Ⅵ.非日常の宿り: 日常の細部の中の非日常
・ロダン《説教する洗礼者聖ヨハネ》: これが非日常?
・ロダン《私は美しい》: これも非日常?
・モンターニャ帰属《城の見える風景》: 多様な風景の中心は岩の尖りに過ぎないと気付く時。
・ブレダン《善きサマリア人》: 善行が非日常の人間社会。
・ハンマースホイ《ピアノを弾く妻イーダのいる室内》: 焦点の合っている机上の皿の向こうに見慣れているはずの妻の姿を見つめなおす時。
・ムンク《接吻》: 溶け合うような感覚を持つ時。
・クールベ《波》: 寄せては返す波も常に異なっている。