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国内ではバルチュス没後初の回顧展。バルチュスの画を今までまとめてみる機会がなかったので、初日に出かけてきた。
![]() この作品のモデルは、パリの隣人だった失業者の娘。 目を閉じた少女は、両腕を頭上に組み、左膝を立てて坐り、スカートの下を鑑賞者の視線にさらしている。 スカートや靴の赤、クッションの緑、下着の白といった鮮烈な色彩が、茶褐色でまとめられたその他の部分に一旦は向けられた鑑賞者の視線を取り戻す。 床にはバルチュスの分身ともいうべき猫が、一心にミルクを飲んでいる。 ポスターのキャッチコピーは「称賛と誤解だらけの、20世紀最後の巨匠」となっているが、この画を見れば誤解されるのも無理はない。 ![]() 手鏡の中をじっと見ている少女は、右胸を半分のぞかせ、右脚を伸ばし、左膝は曲げている。机の上の洗面器は純潔の象徴。 燃え盛る火は欲望の象徴。その前の半裸の男はバルチュス自身なのかも知れない。 ![]() 椅子に立てかけられた石板には「彼自身によって描かれた猫たちの国王陛下の肖像 1935年」と書かれており、椅子の上には鞭が置かれている。 猫は首をバルチュス陛下の脚にこすり付けて忠誠を誓っている。 バルチュスは、子供の時に拾って可愛がっていた猫・ミツが失踪した際の喪失体験を素描集「ミツ」として出版しているが、今や失踪した猫はバルチュスの臣下となり、バルチュス陛下が制作する作品の終生のモティーフと化しているのである。 ![]() 新鮮な魚たちが海面から虹に乗って卓上の皿に降りてくる。 ナイフとフォークを持って待ち構えている猫すなわちバルチュスは得意満面。股を開いて威張っている。 この魚の軌跡は、茹であがった伊勢海老とボートに乗った半裸の少女を経由して出発点の虹に戻る。 ひょっとすると、ボートの少女が魚に変身して猫すなわちバルチュスの皿の上に現れるのだろうか。 バルチュスの白昼夢のような画であるが、この中で猫と一体化してしまっているバルチュスの姿は、彼の深層心理の発露なのであろう。 ![]() バルチュスは風景画にも興味を持っていたが、人物抜きの純粋な風景画を描くようになったのは、妻のアントワネットと別居した後、何年かしてブルゴーニュのシャシー城館で義理の姪と同棲しはじめてからである。 この画はローマのアカデミー・ド・フランス時代に購入したモンテカルヴェッロ城からの眺望であり、中国・北宋の山水画家・郭煕の「三遠」の構図をとっている。 すなわち、下の城館のテラスから上方の山を仰ぎ見る「高遠」、落ち込んだ谷をのぞきこむ「深遠」、近くの山から遠くの山を望む「平遠」で構成されている。 バルチュスが中国美術に対する造詣も深かったことを端的に示している作品である。 今回の展覧会には、 ・兄の友人の妻をモデルにした《鏡の中のアリス》1933年、ポンピドー・センター蔵など未成年者にはやや刺激的な作品も出ていた。 これらの画にはバルチュスの持つ「成熟しつつある少女への偏愛」が表れており、そこから抜け出し切れぬバルチュスの「幼児性の発露」を強く感じた。 バルチュスの画が小説「ロリータ」の表紙に使われていることから、バルチュスは「ロリコン」だったと考える向きもあるようだが、バルチュスの場合には単純な「少女偏愛」ではなく、「少女の成熟への抵抗感」であり、彼自身が持つ「大人に成りきれぬ幼児性」がその根底にあったのではないかと思う。 バルチュスの初期のピエロ・デラ・フランチェスカの模写も出ていて、若き日の彼の努力を知ることができた。バルチュスは奥行の少ない平面的な作品を描いているが、これはピエロ・デラ・フランチェスカへの憧憬が後年まで続いていたことを意味しているのではあるまいか。 また、1935年に制作された《エミリー・ブロンテ「嵐が丘」のための14枚の挿絵》の中に、後年のバルチュスの作品の中で繰り返し変奏して用いられているポーズが多数含まれている。この挿絵を描いた当時には貧しかったバルチュスは既に外交官の婚約者がいたアントワネットを愛しており、「嵐が丘」の主人公である孤児ヒースクリフに自分自身を、お屋敷の令嬢キャシーにアントワネットを投影していたが、その後自分との結婚を承諾してくれたアントワネットを「嵐が丘」のキャシーの幻影として描き続けていたようである。 会場には、バルチュスのアトリエも再現されていた。節子夫人の絶大な協力によるとのことであった。 この日は、東京国立博物館と国立西洋美術館を周った。それぞれ別報とする(①、②)。 美術散歩 管理人 とら
by cardiacsurgery
| 2014-04-20 23:16
| 現代アート(国外)
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