観音の里の祈りとくらし展‐びわ湖・長浜のホトケたち ＠東京藝術大学大学美術館

　「奥琵琶湖」とも呼ばれる琵琶湖の北岸に位置する湖北地域には、古くから観音信仰が栄え、現在も130躯の観音像が残っている。 これらの観音像を生み出した寺院の多くが廃絶した後も、地域の住民たちが中心となって、宗派の枠を超えて観音像を守り伝えてきた。井上靖や白洲正子はこのような人と仏のつながりに心惹かれ、湖北の地をなんども訪れている。　2006年に東博で見た「仏像展」で見た国宝《十一面観音菩薩立像》（滋賀・向源寺蔵）↑もその一つであるが、これは、織田信長に攻められた時に村人が地中に埋めて隠したという仏像である。知人にその地の出身者がいたが、子供の頃は地元民が当番でお花を添えたりしたという。それだけ愛されてきたホトケサマの初めての東京行きを地元の人は心から喜んでいるとのことであった。

　今回は、滋賀県長浜市に集中している平安時代の観音像を中心にした17躯の仏像がこの展覧会に出陳されているが、これは「門外不出」だった観音様たちが大震災被害地の玄関である上野の地を選んで上京されているのである。

　今日でも、観音様たちはそれぞれの地域の人々に守られ、人々の暮しと不可分な存在となっている。お堂の鍵を輪番で預り、毎日ごはんや花を供える人々の姿や宗教行事の「オコナイ」が毎年行われている様子がパネルやビデオで紹介されていた。

　ちなみに、この地域に仏像が多いのは、近江の国の鬼門に位置する己高山（これたかやま）を聖地とする山岳仏教が古くから盛んであったためのようで、己高山に構えていた鶏足寺などの寺院の宝物はこの地の「己高閣・世代閣（己高山）」（↓右）に収められている。

　また観音信仰や「オコナイ」などの特色ある民俗は、「高月観音の里　歴史民俗資料館」で学ぶことができるという（↓左）。　以下は、簡単なメモである。◎は重要文化財、△は長浜市指定文化財であるが、地域にとってのそれぞれの重要性はこのような公的な指定の有無とはまったく無関係であることはいうまでもなかろう。

１．△十一面観音立像　8世紀末－9世紀初頭　菅山寺・余呉町：　今回出陳された中ではもっとも古いもので、奈良時代ないし平安初期に制作された木心乾漆・漆箔・彫眼の仏像である。腰部の量感と膝下の衣文線が印象的だった。鶏足寺にも木心乾漆造の十二神将が残っており、南都仏師との関連が考えられるとのことである。

２．◎千手観音立像　9世紀　日吉神社（赤後寺）・高月町：　平安時代初期に制作された深く厚みのある衣文を刻んだヒノキの一木造・漆箔・彫眼の重厚な作風の仏像で、以前は17躯あったが、現在は10躯が残っているとのことである。賤ヶ岳の戦いなどの戦火から守るため、村人が川に沈め、土に埋めているうちに、腕を失っている。「人間の苦しみを自分の体一つで引き受けて下さった」（井上靖：星と祭）のである。

３．菩薩形立像（いも観音）　9世紀末－10世紀初頭　安念寺・木之本町：　カヤの一木造。傷みが激しいのは、次の如来形立像（いも観音）と同じく、1571年の織田信長の兵火から守るため、田に埋められて難を逃れたことに関係している。昔は村人が川で仏像を洗う風習があり、昭和初期までは子供たちがホトケサマを川に浮かべて遊んでいたという。

４．如来形立像（いも観音）　10世紀　安念寺・木之本町：　ヒノキの一木造り。「身代わり観音」として親しまれていたが、戦国の兵火から逃れるため、村人らにより土中に埋められ、その後、余呉川で洗い清められて安置されたものである。

５．◎十一面観音立像　10世紀－11世紀前半　善隆寺（和蔵堂）・西浅井町：　サクラ材の一木造・古色・彫眼の均整がとれた仏像である。

６．△伝聖観音坐像（宝冠阿弥陀如来）　10世紀末-11世紀初頭　竹蓮寺・高月町：　ケヤキの一木造・古色・彫眼。地元では聖観音と呼ばれているが、もともとは「宝冠阿弥陀如来」として作られたものらしいとのこと。前述の向源寺の国宝《十一面観音菩薩立像》も頂上仏面が菩薩形なので、これも「宝冠阿弥陀如来」だとする説がある。平安時代に、この地に比叡山の天台宗の影響が及んできたことと関連づけた説である。

７．△聖観音立像　10世紀末-11世紀初頭　長浜城歴史博物館：　ヒノキの一木造・古色・彫眼。

８．◎聖観音立像　11世紀－12世紀　総持寺・宮司町：　ヒノキの一木造・彩色・彫眼。

９．△千手観音立像　12世紀　総持寺・宮司町：　平安時代後期の優美な「定朝様」の仏像で、木造・漆箔・彫眼。持物・宝冠・宝戟・胸飾・条帛が見事である。単眼鏡が有用だった。

１０．△十一面観音立像　12世紀　田中自治会・湖北町：　木造・彩色・彫眼。

１１．△聖観音立像　12世紀　常楽寺・湖北町：　ヒノキ材の木造・古色・彫眼。

１２．聖観音立像　12世紀　宝厳寺・竹生島：　「定朝様」仏像。前部はケヤキ材、後部はカヤ材の木造・古像・彫眼。

１３．△十一面観音坐像　12世紀　岡本神社・小谷丁野町：　木造・素地・彫眼。

１４．△聖観音坐像　12世紀　阿弥陀寺・西浅井町：　「定朝様」仏像。カヤ材の木造・素地・彫眼。

１５．聖観音立像　12世紀　尊住院・川道町：　ヒノキ材の木造・古色・彫眼。

１６．十一面観音立像（腹帯観音）　12世紀　大浦十一面腹帯観音堂・西浅井町：　「定朝様」仏像。木造・素地・彫眼。これも信長の兵火を逃れて土中に埋められ、90年後に掘り起こされたという伝承がある。江戸時代以降、子宝祈願・安産祈願に霊験のある観音様「腹帯さん」として尊崇され、現在でも版木を用いてサラシに摺り、実際に観音像に巻いて祈祷を行い、求める人に頒布されている。皇后や皇太子妃にも献納されたとのことである。

１７．聖観音立像　12世紀　集福寺・西浅井町：　木造・古色・彫眼。

１８．△馬頭観音立像　12－13世紀　横山神社・高月町：　湖北から若狭地域に分布する馬頭観音の一例。ヒノキ材の木造・素地・彫眼。三面八臂。頭上に馬頭を戴き、胸の前で馬の口を模した「馬頭印」という印相を結んでいる。憤怒の表情のはずなのだが、なんとなく穏やかな印象のホトケサマだった。　表が「観音の祈りとくらし展‐びわ湖・長浜のホトケたち」で裏が「官兵衛ゆかりの三大聖地‐黒田家御廟所・賤ヶ岳古戦場・長浜城」のクリアファイルを頂戴した。

　中には「神秘と歴史を宿すまち　滋賀・長浜」のパンフレット（↓右）、「黒田官兵衛博覧会2014.1.19-12.28」のチラシと招待券2枚、定期観光バス「観音の里めぐり2014」のチラシ（↓左）と抽選30名に長浜の地酒や近江米が当たるアンケート葉書が入っていた。　この展覧会は、4月13日まで。

美術散歩　管理人　とら

【追記】　図書館で井上靖の「星と祭」を借りてきて、一気呵成に読了した。琵琶湖周辺に約40躯も残っている十一面観音のとりことなってしまった男たちの物語である。善隆寺、宗正寺、医王寺、鶏足寺、石道寺、渡岸寺、充満寺、赤後寺、知善院、長命寺、福林寺、蓮長寺、円満寺、盛安寺などの十一面観音が登場していた。