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私は、学生時代に山岳部に属しており、卒業後も約10年間、毎年穂高を登っていた。もちろん、剣岳や槍ヶ岳にも登っており、黒部峡谷にも入ったことがある。
これは われわれよりも一世代以上前の尊敬すべき岳人二人の写真展。私にとっては絶対に見逃せないものなので、早速、恵比須に行ってきた。「恵比須スカイウォーク」の途中で、この写真展の広告↓を見るだけで、青春時代を思い出して胸が高まる思いがした。 ![]() 穂苅三寿雄は、1891年、松本に生まれ、1909年に初めて上高地に入り、1914年に槍ヶ岳に登った。1917年(大正3年)に「槍沢小屋」を開設し、山岳写真を撮り続けるとともに、槍ヶ岳を開山した「播隆上人」の研究を成し遂げた。 冠松次郎の写真でのお気に入りは、以下の通りである。 《奥仙人谷の吊り橋》1925年、《東谷落口上流のS字峡》1930年、《仕合ヒ谷落口より夫婦岩を見る》1922年、《下廊下》撮影年不詳、《十字峡》1927年↓右、《剣の大滝》1927年、《剣の大滝下流を囲む大岩壁》1926年、《剣沢の大滝を望む》1930年、《北又谷魚止の滝》1932年、《剣岳と内蔵助平》1930年、《針木峠の小屋》1930年、《宇治長次郎》1925年、《小窓の雪渓より鹿島槍ヶ岳を望む》撮影年不詳↓左、《鷲羽岳頂上から見た槍穂高連峰、前面は鷲羽岳の火口湖》1929年、蝶ヶ岳山頂から槍ヶ岳を望む》1932年冠松次郎の資料として面白かったのは、スイス・ベント製ピッケル、詳細な書込みのある「5万分の1地図・立山」と何冊もの紀行文集。 穂苅三寿雄のお気に入り写真は次のようである。 《小槍登攀》1924-41年、《夏の槍ヶ岳と天狗池》1924-41年↓右、《岩登り》1924-41年、《大キレットと北穂高岳、南岳より》1924-41年、《ジャンダルム、奥穂高岳より》1924-41年、《池畔に憩う、奥又白池》1924-41年、《河童橋と穂高連峰》1924-41年、《コナシの花と穂高岳》1924-41年↓左、《焼岳大爆発、河童橋より》1925年、《大正池の枯木と焼岳》1924-41年、《冬の乗鞍岳、手前は東京大学宇宙線研究所》1924-41年、《立山連峰を望む》1931年穂苅三寿雄の資料として興味を惹いたのは、「暗箱カメラ」と愛用の「グラフレックス シリーズB」。 会場内で、最近のカラー写真と比較したスライドショー(冠松次郎 vs 志永哲也、穂苅三寿雄 vs 息子・貞雄)があり、会場外では、1932年の白黒映画「日本アルプス 上高地編」と2013年のハイビジョン動画「槍ヶ岳物語」を見ることができた。 16時から担当学芸員のフロアレクチャーがあるため、沢山の中高年の元登山家?が待っておられたが、天気が崩れてきたので、これには参加しないで帰途についた。↓は、今回の展覧会のフライヤー表・黒部のパンフレット・槍ヶ岳のパンフレットを並べたものである。 ![]() 美術散歩 管理人 とら
by cardiacsurgery
| 2014-03-08 00:02
| 映画・写真
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