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広島滞在2日目。今日も快晴で、6月初めとしては暑いくらいである。午前中と昼食時の仕事を終えて、夕方からの懇親会までの時間を利用して、比治山の広島市現代美術館を初訪問した。もちろんタクシーだが、ホテルから¥1010で山登りできたのだから高いとはいえない。
美術館は左右に翼を広げたようなユニークな建物。黒川紀章の設計というから、一見の価値がある。 ![]() ![]() 冒頭、「この展覧会は埼玉県立近代美術館で企画されたものである」との説明があった。北浦和の埼玉近美ならば、東京在住の私の縄張りなのだが、この展覧会は見逃してしまっている。おそらく60年代が自分の青春時代だったので、わざわざ見に行く気がしなかったのだろう。 そういえば、埼玉近美も黒川紀章の設計だった。 ![]() 説明では、「学生運動の激化や大阪万博の熱狂など、1968年から1970年初頭の日本は、熱い時代を迎えていた」となっていたが、私自身は1969年に渡米していたので、今回の展覧会のこの部分はまったく未経験のものだった。 実際には、赤瀬川原平や横尾忠則らのポスターによって、この熱い時代の雰囲気を感じ、粟津潔、上村一夫、真崎守などの漫画が多数並ぶ中に、永山則夫「無知の涙」(装幀・赤瀬川原平)が心を打った。この本の装幀には死刑囚・永山則夫本人が使っていたノートのコピーが使用されていたからであろう。 説明では、「同じ頃、デザイン、演劇、音楽などさまざまな分野の表現者が大胆に交流しながら、芸術を根源から問い直そうとする動きが起こります」となっていた。 面白かったのは、四谷シモン制作の大きなウレタン樹脂像《ルネ・マグリットの男》1970年、中村誠の資生堂ポスター《BRONZE SUMMER》1969年の前田美波里、粟津潔のポスター《黒川紀章の作品》1970年、映像《カプセルマンション》1972年、「アンアン創刊号」1970年など。 続いて「時代の気分が大きく変化した70年代後半になると、原点から再出発するように絵画が復権し、新雑誌が次々と創刊され、今ではセゾン文化と呼ばれる、パルコや西武百貨店、西武美術館を中心としたデザインやポスターが、この時代を彩った」という説明だった。 この時代は私も帰国後なので知っているが、文化のこのような変化は「ダメ世代の文化」として無視してきたきらいがある。今回の展示を見て、私たち旧世代の人間には、次世代に対する偏見もかなりあったのだということに気付かされた。 ギャラリートークが駆け足だったので、自分でもう一度展示を見て回った。 そして、宇野亜喜良のポスター《天井桟敷 星の王子さま》1968年、李禹煥の《関係項》1969年と《線より #80066》1980年、関根伸夫《位相・大地1》1986年、高松次郎《布の弛み》1970年、《VIA PARCO 渋谷パルコ開店 記念グラフ》1973年、石岡瑛子《西洋は東洋を着こなせるか》1979年などをじっくりと見た。 また何故か「DISCOVER JAPAN 40年記念カタログ」が置いてあったので、手に取ってみた。 最後に、《再現:70年代の学生の部屋》が作られていた。6畳間で靴を脱いで上がっても良いし、撮影もOKだった。よく見ると、机の上に私も使っていたオリベッティーのインクリボン式タイプライターが乗っていたので写真を撮った↓。 ![]() 美術散歩 管理人 とら
by cardiacsurgery
| 2013-06-11 14:12
| 現代アート(国内)
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