蛇の西洋画

「干支の西洋画」をホームページのほうにまとめはじめて今年で10年目。3年前から、このブログに本文と画像をあげて、ホームページからリンクすることにしている。

　2013年の蛇をテーマとした西洋画は非常に多い。ここではいくつかのテーマに限って述べることとする。


1．アスクレピオスの杖・ヒュギエイアの杯・ヘルメスの杖の蛇

・オーバン-ルイ・ミラン《医師アスクレピオスと三美神（メディトリーナ・ヒギエイア・パナケイア）に抗議するヘルメスと商人》1811年、パリ刊行「神話ギャラリー」↓　アスクレピオスAsklepio（Asclepius）はアポロンの子で名医。アスクレピオスの持っていた杖には1匹の聖なる蛇が巻きついている。この時代、脱皮する蛇は再生を司るものとして医術の象徴と見なされていたのである。

　このアスクレピオスの杖（Rod of Asclepius）は、現在でも医の象徴として、世界保健機関（WHO）、救急医療（Star of Life）、世界医師会（WMA）、米国医師会（AMA）のロゴに用いられている。この画↑のアスクレピオスの杖にも1匹の蛇が巻きついている。　アスクレピオスの5人の子供はいずれも医術にかかわっており、息子にはトロイ戦争で活躍した外科医のマカオーン Machaonと内科医のポダレイリオスPodaleiriosが、娘には医療を司るメディトリーナMeditrina、衛生を司るヒギエイア Hygeia、治癒を司るパナケイア Panaceaがいる。この画↑↑の三美神はアスクレピオスの三人の娘。

　ヒュギエイアの杯（Bowl of Hygieia）とは、1匹の蛇が巻きついた杯で、薬学のシンボル↓として用いられている。　一方、ギリシア神話の伝令の神ヘルメス Hermes（Mercury）が持つ杖はケリュケイオンKarykeion（Caduceus）と呼ばれ、その頭にはヘルメスの翼が飾られ、柄には2匹の蛇が巻きついている。上記のオーバン・ルイ・ミランの図版↑↑に描かれているヘルメスの杖（ケリュケイオン）にも2匹の蛇が巻きついている。

　ヘルメスの杖（ケリュケイオン）は欧米では商業の紋章として用いられることが多く、日本でも一橋大学の校章となっている。米軍医療部隊のマークや日本の陸上自衛隊衛生科の職種徽章に2匹の蛇を使用しているのは誤用で、1匹のアスクレピオスの杖とすべきものである。２．ペルセウスとメドゥーサ

・カラヴァッジョ《メドゥーサの首》　1598年頃、ウフィッツィ美術館蔵↓　宝石のように輝く目を持ち、見たものを石に変える能力を持つ怪物で、頭髪は無数の毒蛇で、イノシシの歯、青銅の手、黄金の翼を持っている。

　ペルセウスは鏡のように磨き抜かれた盾アイギスを見ながら、曲がった刀で眠っているメドゥーサの首を掻き切った。カラヴァッジョの画↑では、このような鏡の中のメドゥーサの首が描かれている。

　ペルセウスが空飛ぶ翼のあるサンダルで海を渡っている際に、包んであったメドゥーサの首から血が滴り落ち、それが赤い珊瑚になった。切り落としたメドゥーサの首から滴る血が砂漠に落ち、サソリなどの猛毒の生き物が生まれたともされる。

　帰途、ペルセウスは、母親・カシオペアが海神・ポセイドーンの怒りに触れ、海の怪物・ケートスの生贄にされるため、海から突き出た岩に縛り付けられていた美女・アンドロメダーを助けた際に、メドゥーサの首を取り出して怪物を石に変えた。

３．ヘラクレスとヒュドラ

・ギュスターヴ・モロー《ヘラクレスとレルネーのヒュドラ》1876年、シカゴ美術館蔵↓
・アントニオ・ポライウォーロ《ヘラクレスとヒドラ》1460頃、ウフィツィ美術館蔵↓↓　ヒュドラとは、一般には「水蛇」を意味するが、通常はレルネーに住むヘラクレスに退治された怪物を指す。これはヘラがヘラクレスと戦わせるために育てたもので、草食恐竜のような巨大な胴体と9つ（5から100までの異説がある）の首を持ち、一本の首を切り落としても、すぐにそこから新しい2本の首が生えてくる。海蛇座の蛇はヒュドラのこと。

４．ラオコーンと大蛇

・エル・グレコ《ラオコーン》　1604-1614年、ワシントン・ナショナルギャラリー蔵↓
　トロイアの市を包囲したギリシャ軍は、陣地に巨大な木馬を残して兵を退いた。

　市民がこの木馬はミネルヴァへの捧げものだと信じたが、神官ラオコーンは怪しんで、この木馬に槍を投じた。

　すると海から大蛇が現れ、ラオコーンとその息子たちを絞め殺してしまった。

　市民たちは、ラオコーンはミネルヴァの神罰にあたったと考え、腹の中にギリシャ兵が隠れている木馬を城内に引き入れてしまった。

５．クレオパトラとコブラ

・グイド・カニャッチ《瀕死のクレオパトラ》1658年、ウィーン美術史美術館蔵↓　アントニウスは瀕死の状態でクレオパトラ7世のところにつれてこられたが、結局、息を引き取った。

　クレオパトラ7世自身はオクタウィアヌスに屈することを拒み、贈答品のイチジクに忍ばせたコブラに胸を噛ませて自殺した。

　オクタビアヌスは毒蛇説を信じたらしく、翌年、ローマに帰還したとき一匹の蛇が腕に巻きついているクレオパトラの肖像画をつくらせて、凱旋パレードをしたという。　

６．エヴァと蛇

・デューラー《アダムとイヴ》1507年、プラド美術館蔵↓
・グース《原罪》1470年頃、ウィーン美術史美術館蔵↓↓　アダムはエデンの園に置かれるが、そこには「命の木」と「善悪の知識の木」と呼ばれる2本の木があったが、神はアダムに対し「善悪の知識の実」だけは食べてはならないと命じた。

　その後、女（エヴァ　）が創造され、「蛇」が女に近付き、善悪の知識の木の実を食べるよう唆した。女はその実を食べた後、アダムにもそれを勧め、2人は目が開けて自分達が裸であることに気付き、イチジクの葉で腰を覆った。

　その結果、蛇は腹這いの生物となり（註： ↑の蛇はまだ立っています）、女は妊娠の苦痛が増し、また、アダムが、額に汗して働かなければ食料を手に出来なくなった。アダムが女をエヴァ　と名付けたのはその後のことであり、神は二人が「命の木の実」をも食べることを恐れ、彼らに衣を与えると楽園から追放した。

７．モーゼと青銅の蛇

・ミケランジェロ《モーセと青銅の蛇》1508-1512年、システィナ礼拝堂天井画↓
・ダイク《モーゼと青銅の蛇》1620-21年、プラド美術館蔵↓↓　エジプトを離れてカナンに向かうイスラエル人の一行が苦しみに耐えかねて不平の声が上がった。そこで神は「炎の蛇」をつかわし、多くのひとがそれに噛まれて死んだ。民がモーゼに許しを願うと、モーゼは神の言葉に従って「青銅の蛇」を作り旗竿の先に掲げた。この蛇を仰ぎ見たものは炎の蛇にかまれても命が助かった。

美術散歩　管理人　とら