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17世紀スペイン絵画の黄金時代を代表するスルバランとムリーリョの物語。スペインの有名画家としては、エル・グレコ、ベラスケス、ゴヤなどはTVにもしばしば登場しているが、スルバランとムリーリョについては、TVに出てくることはそれほど多くない。いろいろな展覧会で二人の画はたくさん見てきてはいたが、それぞれの人生まで考えたことはなかった。その意味で、この番組で得るところが多かった。忘れないうちに、メモを残しておくことにする。
番組の中心は、「セビリア美術館」。修道院の一部を改造して使っている。中庭3、展示室14、収蔵品約1000点とのこと。宗教画が多いのが特徴である。 まずは、スルバランの代表作3点が登場。《聖トマスの崇拝》↓、《聖ヨセフの戴冠》、《十字架のキリスト》↓↓である。白黒の《十字架のキリスト》の前で膝まずいて祈る修道士の姿が目に浮かぶ。 ![]() ![]() この美術館には、ベラスケスの《リベーラ神父》などの画もある。ベラスケスは、スルバランより1歳年下だったが、早くマドリッドに出て、宮廷画家となった。アロンソ・カノの《地獄の魂》もセビリア美術館に残っているが、彼もマドリッドに移り、王室絵画の修復などに携わった。さらに、この美術館には、レアルの《聖ヒエロニムスの誘惑》↓もある。 ![]() スルバランは、1634年、ベラスケスの招待を受けて、マドリッドに出た。宮廷画家になる夢を抱いてのことであることは間違いない。 そのころの作品がプラド美術館に残っている。《カディスの防衛》↓という戦争画であるが、躍動感に乏しい画である。そのためか、スルバランは半年後にセビリアに戻ることになってしまった。 ![]() セビリア美術館には、ムリーリョの画が20点もある。《無原罪の御宿り》↓というタイトルの宗教画もあるが、これは1649年のペスト大流行によって亡くなった妻と5人の子供への思いを込めたものだった。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 注文が減少して、失意に陥ってしまったスルバランは、1664年、再びマドリッドに向ったが、窮乏の中、1966年、マドリッドでその生涯を閉じた。 セビリアにはイスラムの面影が色濃く残っている場所がいくつもある。 第一は、「セビリア大聖堂」。この世界第3位(第1はヴァチカンのサン・ピエトロ、第2はロンドンのセント・ポール大聖堂)の規模を誇るゴシック様式の大聖堂は、12世紀末に建立され、15世紀に改修を受けている。頂上には、風向きを知らせる「ヒラルダの塔」がついているが、正面にもそのコピーが付けられている。ここは12世紀初めにはモスクだったが、13世紀にはモスク内にカテドラルが作られた。大地震で崩壊したが、1401年から約120年かけて1519年に現在の建物が完成したのである。本当に気の長い話。 イスラム文化の長所を取り込んだ「中庭」、カスティーリア・レオン・ナバラ・アラゴンの4国の騎士が担ぐ「コロンブスの墓」も紹介された。 祭壇画《サンアントニオの礼拝》↓はムリーリョの大作であるが、1874年、その右下部が切り取られるという事件があった。幸いニューヨークから戻ってきたが、画をよく見ると継ぎ目が分かる。 ![]() さらに、「インディアス古文書館」も紹介された。ここは、13世紀に、新大陸との貿易拠点であったセルビアの見張り塔として建てられた「黄金の塔」の中に設置されている。その後、監獄・倉庫・郵便局などに使われていたが、現在は博物館として海洋貿易に関する品々が展示されている。現在の建物は、1920年のモロッコ大震災後に再建されたもの。 上述の三つの建物はいずれも世界遺産に登録されている。 おまけとして訪れたのは「フラメンコ舞踏博物館」。フラメンコは、もとはインドからジプシーがもたらした踊りが、地元のアンダルシア民謡と結びついたものだそうだ。なんで勉強ですね。 番組の最後に、思わぬところに、スルバランとムリーリョの作品があることが紹介された。 その一つは、「救済病院」の教会。ここには、ムリーリョの作品が多数ある。画としては、《病人を助けるサン・ファン・デ・ディオス》と《ハンガリーの聖イザベル》を含む3点のタイトル名が挙げられた。 ムリーリョは、1681年、教会で《無原罪の御宿り》を制作中、足場から落下し、これがもとで、64歳の人生を終えた。 最後に、セビリアから40km離れたカルモナにある「サンタマリア教会」を訪れた。ここにはスルバランの《十二使徒の像》が勢揃いしていた。壮観だった。 この番組では、スルバラランとムリーリョの絵画と人生、セルビアにおけるキリスト教文化とイスラム文化の共生、フラメンコの誕生など、いろいろなことを学んだ。 美術散歩 管理人 とら
by cardiacsurgery
| 2012-07-04 22:55
| バロック
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