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これは、「浮世絵師 溪斎英泉」の記事第二弾。第一弾はこちら。
だれにとっても「好きな画」と「好きだとはいえない画」がある。わたしの場合、はっきりいって、英泉の美人画には、後者に属するものが多い。しかし、英泉の絵全部が全部嫌いというわけではない。ということで、今回の展覧会は「まあ良い作品探し」に終始した。 漢詩がコマに入っている《浮世風俗美女競》シリーズ↓は英泉の代表的な大首絵とされているが、↓左の、千人の男の枕となった腕を持つ豪華絢爛な遊女《双玉手千人枕》は「まあ良い」として、↓右の仙女香の宣伝の入った女性《幻真臨鏡現 生滅帯花如》の目つきは気持ちが悪い。 ![]() 「まあ良い」大首絵をもう1点あげる。《美人会中鏡 時世六佳撰 花魁》↓である。題の鏡の裏に付いた飾りには「丸」に「泉」のいうマークをチャッカリと入れている。自己PRも上手なのである。この着物は客のいない自室で着るものだが、結構オシャレ。 ![]() 《今様花鳥風月》↓は、色彩の鮮やかさと花を散らす強い風を利用して、3人の馬面女性の仇っぽさや極端な身体の屈曲をカバーしているので、「まあ良い」とする。 ![]() ↓左は《新吉原年中行事 五月 端午軒の菖蒲 若菜屋ない花衣》。花衣は、くつろいで月を眺めている。コマ絵には、軒先に菖蒲をさす状景が描きこまれている。足元の団扇には「月も洩り あめももりけり 五月かな」という句。 ↓右は《傾城江戸方格 ろ 日本橋 海老屋内 菅之助》。牡丹に蝶、猫が描かれた朱色の帯、蜻蛉・桔梗・女郎花の描かれた背部の青い着物などが豪華。コマ絵は中に日本橋、周りに菖蒲。あいかわらずの長鼻だが、下顎が一部隠れているのが救いであるともいえる。 ![]() 大正時代の広告ポスターに登場する女性は難のない美人が多かったが、平成の現在のTVのコマーシャルに登場する男性や女性には、むしろ個性的な人間のほうが多いような気がする。 英泉の活躍した江戸末期には、平凡な美人のインパクトが薄れてきていたらしい。浮世絵のPR効果は、芸者、置屋、料理屋、観光関係者にとっても、人目を引きつける「美人」のほうが、ありきたりの「美人」よりもPR効果があると考えられたのであろう。 実際問題として、「入銀物」の錦絵には、高価な絵具が使われ、依頼者が制作費用を払うだけでなく、相当な部数を引き取るという契約がなされていた。 第2章の「英泉美人の流行」で取り上げられた遊女や妓楼の名前が大きく入った《青楼七軒人》シリーズ・全7枚中6枚出展、《新吉原八景》シリーズ・7枚中6枚出展、《吉原要事》シリーズ・10枚中3枚出展、《廓中八契》シリーズ・8枚中2枚出展、《傾城六佳僊》シリーズ・6枚中1枚のみ出展、《傾城 江戸方格》シリーズ・28枚中2枚出展、《新吉原年中行事》シリーズ・12枚中2枚出展は、このような「入銀物」なのだろう。 さらに、第4章の美人画応用編「江戸名所・名物と美人」で取り上げられた《逢妓八契》シリーズ・全10枚中2枚出展(↓)、《美女仙女香》・2枚出展、《当世会席尽》シリーズ・3枚出展、《当世料理通》シリーズ・2枚出展(↓↓)、《美人料理通》シリーズ・5枚出展、さらには第7章に全55図が展示されている《契情道中双録(女編にこの字の旁の字)》(↓↓↓)など、多くの揃物もそういった「入銀物」だった可能性がある。 ![]() ↑左の《佃沖の汐風》の扇形のコマ絵は、帆柱の並ぶ佃沖の情景を深川から見たところ。三味線を持った深川芸者が階段を上ってくる。その視線の先には本日のご馳走。これによって、客の品定めをしているのだろうか。 ![]() ↑右の《洲崎 武蔵屋》のコマ絵は、洲崎の風景の中に二階建ての料理屋が描かれている。料理屋の庭に立つ辰巳芸者は手に畳んだ羽織を持っている。ここの芸者は「羽織芸者」と呼ばれていたとのこと。 ![]() ↑左は、終点の《京》。コマ絵は御所の門前だろうか。帯に描かれた龍は見事である。本シリーズは吉原へのガイドブックの役割を果たしていたものと思われる。 第6章の「摺物の世界」に第11代長州藩主・毛利斉元が桜亭花也という名で制作し、その画を英泉が描いていた摺物が、2点出ていた。 その一つは、《芸者と仲居/夜の梅と二芸者》↓、もうひとつは《盃持芸者》である。 ![]() 遊女たちの姿はそのままに、《姿海老屋楼上之図》(↓上段)の背景を変更し、また文字を消すなどちょっと手を加えて、あらたに藍摺の作品《仮宅の遊女》(↓下段)として出版した手抜き作品も出ていた。 ![]() 【註】 第一弾記事、第二弾記事、第三弾記事、第四弾記事
by cardiacsurgery
| 2012-06-12 00:01
| 浮世絵
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