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第1報、第2報に続き、いよいよ最終第3報。
この展覧会の目玉は何といっても《清明上河図》。中国でも公開されることはめったにないほどの超一級文物。「神品」といわれている。東博では、ブログまで作って宣伝に努めている。 初日の2日は待ち時間が多く長蛇の列だったのであきらめて他のものを見て、4日に出直して、約1時間行列してようやく見ることができた。 縦24cm、長さ5m程の絵巻には、北宋の都開封の都城内外に住む人々の生活が、克明に生き生きと描かれている。家の中の人物、店で買い物をしている人、橋を渡っている大勢の人、旅人、食堂、酒宴をしているところなど・・・。人物は2cmくらいなのだが丁寧に衣装や顔が描かれていて驚く。700人くらいいるそうだ。 作者の「張択端」なる北宋の画家、よほど目が良かったのだろう。まさに天才画家の描いた「神品」。 この張択端《清明上河図》は北京・故宮博物院所蔵のものであるが、描かれたのは北宋・徽宗の時代とのこと。徽宗は政治的にはダメ皇帝で、1126年に起きた「靖康の変」に際には「金」の捕虜となってしまうが、自分自身で書画を良くし、もっとも豊かな北宋文化の頂点に立っていた。 明代、清代には数多くの模本が作られ、乾隆帝も《清院本 清明上河図》↓を作らせている(1736年に完成)。皮肉なことに、この清院本」は現在、台北・故宮博物院に伝来するもので、私自身、直接見る機会があった(記事はこちら)。台北では、バーチャル‧マルチメディアエリアに展示されており、今回のような混雑はなかった。台北の画像は、こちらで見ることができる。 蛇足を少々・・。東博西門で、約束していた旧知のブロガーTakさんたちと新年のあいさつを交わしたのち、家内ともども、タクシーで自宅へ帰った。あたりはすっかり暗くなっていた。 そのタクシーの運転手に行き先を告げると、「どうしてこんな淋しいところでクルマを拾うのですか?」という質問。「展覧会を見おわったところだ」と答えると、納得したようだったが、この場所でクルマを捕まえる客はめったにいないらしい。 「お宅の営業所はこの辺?」と聞くと、「足立区」との答え。よく見ると、その運転手は、白髪で、相当な歳。「お宅は何年生まれ?」と聞くと、私の1年後輩。「終戦の時は国民学校2年生だね」というと、「疎開したのですか?」と逆に聞いてくる。ひとしきり戦争中の話をした後、運転免許証の話になった。 昨年夏に更新を済ませたばかりだった私は、「高齢者になると痴呆テストが入ってくるし、ゴールドでも3年で更新だ」とぼやくと、運転手君は突然「最近、高齢の個人タクシーが事故で何千万も請求されたという報道があり、自分もこの3月でタクシーから降りることになった」と話し出した。 そこで、「止めたあとの趣味は?」と訊くと、「スポーツ」という答え。「どういうスポーツ?」と重ねて訊くと、「狩猟です」という思わぬ答え。「旦那さん(私のこと)、狩猟には案内人が必ず要るので、結構物入りなんですよ」と懇切丁寧な解説が始まった。 その間、クルマは上野ー後楽園ー外苑ー渋谷という経路で走っていたが、これは私が以前によく通っていた道で、ひどく懐かしい気がした。 自宅の前まで、クルマをつけてもらって、「お元気で」と声を交わして別れたが、家内は『完全に浅田次郎のシュールな世界だった』とひとしきり感心していた。 浅田次郎の「メトロに乗って」という小説のような「タクシーに乗って」の世界だったというのだ。 【追 加】 浅田次郎氏出演の本展の日曜美術館メモはこちら。「清明上河図」の詳細図をアップした。 美術散歩 管理人 とら
by cardiacsurgery
| 2012-01-07 00:01
| 東洋アート
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