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![]() 序章.逍遙する人—《落葉》と代々木の菱田春草 彼の代表作の《落葉》や《黒猫》も、彼が眼を病んで移り住んだ代々木で制作されたとのこと。《落葉》には合計5バージョン(永青文庫蔵、福井県立美術館蔵、滋賀県立近代美術館蔵、茨城県近代美術館蔵、個人蔵)あるが、この展覧会の後期に、滋賀県立美術館所蔵のものが出てくる。前期の今日は、永青文庫蔵らしき《落葉》がパネル展示されていた。 Ⅰ章.岡田三郎助と伊達跡画家村 岡田は、現在、恵比寿ガーデンプレイスとなっている場所の東南の伊達跡に住んでいた。ブリジストン美術館にある岡田の《婦人像》が三越の第17回新柄陳列会のポスター《むらさきしらべ》に採用されていた。 うらわ美術館で開かれた「誌上のユートピア」展で見た杉浦非水の三越のポスターにも再会した。 ![]() 辻永という素晴らしい画家を初めて知った。岡田と同じく伊達跡に住んでいて、岡田の影響を受けたとのこと。そこで山羊を飼っており、「ヤギの画家」として有名だったようだ。 ![]() Ⅲ章.切通しの道と草土社—岸田劉生の風景 岸田の代々木の切通しの画はあまりにも有名だが、近くで何枚も力の入った風景画を描いている。 ![]() Ⅳ章.束の間のユートピア—村山槐多の終焉 村山槐多が、大正12年に、スペイン風邪で死んだのは、渋谷区の画家コロニーに移ってまもなくだった。 Ⅴ章.竹久夢二のモダンとおんな 竹久も三番目の妻「お葉」と宇田川町に住んでいた。夢二がお葉に宛てた手紙が出ていたので読んでみた。優しい言葉と美しい字だった。最後に三円送るという所帯じみた言葉があった。 夢二が作詞した「宵待草」の楽譜の女性は↓ ![]() あまりなじみのない画家。 Ⅶ章.フォービズムの風—独立美術協会の周辺 児嶋善三郎の《おさげの少女》や林武の《梳る裸婦》、野口弥太郎の《門》もよかったが、今回の展覧会のマイベストは《雪山と樵》。海老原ブルーの山の画だが、よく見ると樵と子供と犬が見える。ところで、これはどこの山? ![]() お気に入りは石井鶴三の《東京近郊の家 代々幡 日本風景版画第九集》と恩地孝四郎の《明治神宮 新東京風景》。 Ⅸ章. 同潤会アパートメントに住む―蔵田周忠と型而工房 代官山にも同潤会アパートがあったのですね。型而工房のバウハウス調の椅子が出ていた。 Ⅹ章.安藤照とハチ公と塊人社—昭和前期の彫刻家たち 現在のハチ公像は二代目。初代は安藤照の作。これは戦争中、昭和19年に金属供出され、現在のものは息子の安藤士の昭和23年の作。 ご存知のように、ハチ公は東京帝大農学部の上野英三郎教授の愛犬。ハチ公は初代の像ができた時にはまだ生きていて、自分の銅像の除幕式に出席している。その翌年に、ハチ公は死んだとのこと。 出展リストにない作品が一点出ていた。渋谷区所蔵の《ハチ公陶製の像》。これは安藤家に残っていた鋳型をもとに京都で複製したもの。そのストーリーが面白い。第二代ハチ公像の制作にあたって、台座名が募集された。一等賞は「忠犬ハチ公」と名付けた当時「渋谷区上原小学校」の生徒だった佐々木(羽鳥)敦子さんだったが、その副賞としてこの複製が与えられたとのことである。 終章.都市の遊歩者—谷中安規と《街の本》 有名な渋谷駅の版画が掉尾を飾っている。地下鉄と玉川線!当時、私がすっかりお世話になった線路。前者には、まだお世話になっている。 ![]() 美術散歩 管理人 とら
by cardiacsurgery
| 2011-12-19 10:05
| 国内アート
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