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「知られざる在外秘宝」のプロローグ「名品100万点の流転」の最後の話題は、イスラエルの浮世絵コレクションについてであったが、これは「知られざる在外秘宝」の第一回「北斎漂流」で詳しく紹介された。その概略は下記の通りである。
1.(プロローグ)イスラエルのハイファにある「ティコティン日本美術館」に3,000点もの浮世絵コレクションがあることを、2009年3月に浮世絵研究者の浅野氏が知った。中には、広重の団扇絵《桑名》、北斎の《酒樽を持ち上げる猩々》や色彩のコントラストの強い《二人の漁師》などが含まれていた。その流転の物語は(第一回 北斎流転)↓で紹介された。 2.維新後の浮世絵のフランスへの大流出には林忠正が関係している。林は越中・高岡の医者のせがれであるが、パリ万博で通訳を務めた後、パリで古美術商を開き、甲冑・着物・浮世絵を扱っていた。林は北斎の評伝を書いたゴンクールと関係があったが、この評伝によって北斎が印象派に大きな影響を与えるようになった。 3.世紀末のパリで浮世絵のコレクションを形成したポーランドの「フェリックス・ マンガ・ヤウレンスキー」が1917年にポーランドのクラクフで浮世絵の展覧会を開いた。彼のミドルネームの「マンガ」はもちろん「北斎漫画」に因んだもの。 4.ドレスデン生まれのユダヤ系ドイツ人「フェリックス・ティコティン」がこの展覧会を見て、当時中国美術に比べて興味が失われていた日本美術の収集を始め、3,000点の浮世絵コレクションを形成した。 5.ティコティンは、1933年、デンマークのコペンハーゲンでの展覧会に歌麿の《当世三美人》、写楽の《藤川水右衛門》、北斎の《Great Wave》を出展していたが、ヒットラーのナチ迫害に関する情報を入手したため、2月27日に夜行列車に乗ってオランダのデン・ハーグに向かった。第一次大戦時、オランダは中立国だったので、安全と考えたためであるが、ヒットラーはオランダにも侵攻した。ティコティンは農家に身を潜め、送ってもらった美術品は「デン・ハーグ市立美術館」の地下に隠した。 6.1945年、ナチが降伏したため、アムステルダムで画廊を開いた。インドネシアにおけるオランダ捕虜虐待のため日本に対する風当たりの強い中、ティコティンは日本美術の展覧会を何回も開いた。特に、1951年、アムステルダム市立美術館で「レンブラント・北斎・ゴッホ素描展」を開いたが、その図録の序文で「レンブラントの線はためらいがちで、ゴッホのそれは左手で描いたもののようにしか見えないのに対し、北斎には独立不羈の精神があり、彼の線は描く前にアイデアが出来上がっている」と称賛している。 7.ティコティンは、1965年に、初めてイスラエルを訪れ、奇跡の建国を成し遂げたこの国に独立不羈の精神を有する北斎の作品を含む浮世絵コレクションを寄贈した。 (追加) ・「知られざる在外至宝」のプロローグと第二回「発見された桃山のジャパン」の記事はこちら。 ・「知られざる在外秘宝」の第三回・第四回「写楽」の記事はこちら。 美術散歩 管理人 とら
by cardiacsurgery
| 2011-05-11 23:05
| アート一般
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