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2007年にプラハを訪れた(記事はこちら)。有名なカレル橋の景観をはじめプラハの街はとても美しい。第二次大戦の戦火を免れたからである。
しかし1989年の「ビロード革命」以前に起こった1968年の民主化運動「プラハの春」の際、ソ連の戦車進駐に抗議して大通りで焼身自殺した青年が2人いた。そのメモリアル・プレートが「ヴァーツラフ広場」にあり、若い女性が今も花を捧げていた。↓はその時の写真である。 ![]() ![]() 撮影者は、チェコスロヴァキア生まれのジョセフ・クーデルカ。これらの写真は反体制的とみなされる危険があったので、プラハの写真史家やスミソニアン博物館の学芸員らによってアメリカへ持ち出され、1969年に「プラハの写真家」という匿名で発表され、ロバート・キャパ賞を受賞した。クーデルカがこの写真の作者であると名乗りを上げることができたのは1984年、彼の父親がチェコで亡くなった後のことだとのこと。 チラシの写真(左)↓は《2度にわたり、人がいなくなったヴァーツラフ広場-8月22日、23日》。クーデルカは、自分の時計を入れ込んだ広場にほとんど人気がない姿を写している。プラハ市民は挑発に乗らず、冷静に対応していることが見て取れる。 ![]() 《チェコスロヴァキア・ラジオ局のあるヴィノフラツカー大通り》(↑右中)で抗議するプラハ市民と困った顔の侵略軍兵士。どちらに大義があるか一目瞭然。中には戦車の上の兵士がプラハ市民の話を真面目に聞いている写真もあった(#20)。こういう不正義は個人のレベルではないところにあることが示されているようだった。 《ソコロフスカー通り》(↑右下)の女性や子供の心配げな顔も、クーデルカが同じ視線でとらえているから説得力を保っているのだろう。 チェコスロヴァキア・ラジオ局の当時の位置はは↓の地図で確認できる。 ![]() ![]() 美術散歩 管理人 とら
by cardiacsurgery
| 2011-05-29 21:16
| アート一般
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