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5月の第2週に2回連続で「写楽」の特集番組があった。「知られざる在外財宝」の第三回「徹底分析・写楽全作品」と第四回「写楽・解かれゆく謎」である。司会は歌舞伎役者の坂東三津五郎氏、パネリストは浅野秀剛大和文華館長、小林忠学習院大学教授、ロバート・キャンベル東京大学教授の他、第1回には彫刻家の船越桂氏、第2回にはアーティストの佐藤卓氏が参加。とても面白い討論があったのでメモしておいた。もちろん文責は「とら」。間違いがあれば指摘してください。
Ⅰ.海外における写楽の評価について 1919年、ユリウス・クルトがSharakを書き、色彩の魔術師、役者の個性まで描写、独創的な画家として紹介した。現在残っている写楽の版画総数は700あまりだが、そのうち500以上が海外にあり、作品数約145点のうち、海外のみにしかない作品が44点に達している。明治時代の宮武外骨は「ヨーロッパ人が写楽の浮世絵を買うことが理解できない」と述べているが、当時からヨーロッパ人は浮世絵を美術とみなし、写楽の独創性を評価していたのである。 Ⅱ.写楽の作風の変化について 写楽の作品は、4期に分けられる。1期は黒雲母をバックとした独創的な大首絵、2期は黄色バックの躍動感のある全身像、3期ではセットや小道具も描きこんだものを量産、4期は10点のみである。 Ⅲ.第3期の作品の評価は ・浅野: 説明的になり、力がなく、躍動感が落ちている。 ・坂東: 力はそれほど極端には落ちていないのではないでしょうか。 ・渡辺保(演劇評論家): 舞台全体を描くという点で、1~2期のものより優れている。 ・キャンベル: 3期の作品は観客とのコミュニケーションのある光が満ちた空間をえがいており、嫌いではない。 ・篠原(解剖学者): 1期には4等身だったものが、3期には7.5等身という正常のプロポーションになっているので、ダイナミズムが落ちて、面白くなくなっている。 ・小林: 従来の役者絵に近くなり、個性を失ってきた。 Ⅳ.写楽の本名は ・有名絵師説: 北斎説(田中英道)や歌麿説(石田康弘)はギリシャで発見された肉筆画の線がたどたどしいので否定できる。 ・蔦重説(榎本雄斉、安達以乍牟):ギリシャや三重の肉筆画は蔦重の死後に描かれているので否定できる。 ・斎藤十郎兵衛説(斎藤月岑、中野三敏、内田千鶴子): 浮世絵師の人名帳・地図・猿楽師の人名帳・斎藤家の過去帳など文献的な裏付けがある。 ・浅野: 写楽は斎藤十郎兵衛だと思う。 ・小林: 写楽は斎藤十郎兵衛で良いのだが、企画の蔦屋が加わった工房チームが制作。 ・キャンベル: 文献を重視して斎藤十郎兵衛だと思う。 Ⅴ.本名が明かされなかった理由は ・浅野: 士分の能役者という職を有していながら浮世絵師となるのはまずいと思った。 ・小林: 周囲におしゃべりな人間が多かったのに名前が出たのは50年後というのは、敢えて言わなかったのだと思う。 ・キャンベル: 身分を画然とさせる寛政の改革の影響が続いている中で、士農工商以下の身分である役者と関わるために匿名にした。 ・佐藤: 実験的な試みの作品なので敢えて匿名にした。 Ⅵ.作風を変えた理由は ・浅野: 1期から2期の変化は蔦重の指示。3期は枚数が多すぎたため。 ・小林: ヘテロドックスなものからオーソドックスなものに変わっていった。絵はうまくなったが、しょせんはアマの悲しさである。1~2期は「東洲斎写楽」と署名しているが、3期には「写楽」だけになっている。これは蔦屋の工房から抜けたことを意味しているのではなかろうか。アナグラムで考えると、「とう・しゅう・さい」は「さい・とう・じゅう」を指している可能性がある。 ・佐藤: 人は飽きるという判断があったのではないか。また同じことをやり続けるというのもつらいことだ。 Ⅶ.10ヶ月で消えた理由は ・坂東: 蔦重から豊国の真似をしろといわれて切れたのだろうか。 ・浅野: だんだん売れなくなったためだろう。ただ顔見世の時に50枚も描かせることになろうとは最初には予想されていなかったと思う。 ・小林: 元の世界に戻っていった。所詮は「アマチュアの根性なし」だった。 ・坂東: 好きな時だけやるのがアマ、いやな時にやるのがプロ。 ・キャンベル: 下に落ちていく可能性が出てきたので、帰るべき場所に帰って行ったのだと思う。 ・佐藤: どうようなスタイルに固定すべきか悩んだのではなかろうか。 Ⅷ.その後の写楽は ・浅野: 頼まれて肉筆画を描くなど幸せに過ごしたのだと思う。 ・小林: 日常の豊かさのある生活に戻っただろう。 ・佐藤: 自由に絵を描くという豊かな時間を楽しんでいたのだろう。 美術散歩 管理人 とら (追 加)5月21日(土)のテレビ東京 美の巨人たち 「謎の絵師写楽…1人ではない!?正体は○○消えた理由」に、 追加情報があった。 1.単行本「能役者・写楽」の著者 内田 千鶴子氏 :能役者は1年働けば1年休めるので、写楽はその間を利用して絵を描いた可能性がある。 2.小林忠教授:3期から写楽は抜けている。署名から東洲斎が抜けた他、耳の描き方が違ってきている。
by cardiacsurgery
| 2011-05-13 23:32
| 浮世絵
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