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![]() 狩野一信の名前を知ったのはそれほど古いことではない。2006年3月に東博で「幕末の怪しき仏画―狩野一信の五百羅漢図」の特別展示を見て以来である。そこでは東博本(富美宮允子内親王・泰宮聡子内親王下賜本)50幅の全てが初めて展示され、あわせて増上寺本100幅のうちの4幅を見ることが出来た。 その時の記事はごく短く、以下のように書いている。 増上寺の有名な絵が2点出ていたが、これは豪快である。東博のものはその4分の1程度の大きさなので、細部は分かりにくい。しかし、全50幅が勢ぞろいした様は異様な風景である。私は、このような不思議な感覚の絵はあまり好きになれない。その時のリスト(こちら)をみると、私が見た2幅の増上寺本は第25幅《六道 鬼趣》と第72幅《龍供》であり、後者の小さな画像をHPに張り付けている。 2.狩野一信との再会 2010年9月、板橋区立美術館で開かれた展覧会「諸国畸人伝」で増上寺本の3幅に遭遇した。ここで見たのは、第50幅《十二頭陀・露地常坐》・第55幅《神通》・第71幅《龍供》で《神通》の画像を張り付けている。 その時のブログ記事(こちら)では、次のように書いている。 一信38歳の春に、源興院主了瑩上人の援助を得て、原図の制作を開始した。弟子の一純(かずよし)、友信に彩色の手伝いをさせ、48歳で死ぬまでに96幅を完成させた。残りの4幅は妻の妙安の指示のもとに一純が完成させ、増上寺に寄進した。3.今回の展覧会 以上のようにこの展覧会は待ち望んでいたものであるが、東日本大震災によって博物館の空調設備に障害が発生し、開催日が1月以上も延びてしまった。そこで「芸術新潮」の特集号を買い込んで予習しておき、初日に見に行ってきた。 会場はすでにかなりの人出であるが、浅いケースなので見やすい。双眼鏡を必要とする箇所は少なく、たいていの部分は肉眼で十分確認できる。 増上寺本《五百羅漢図》全100幅のほかに、成田山新勝寺蔵の《釈迦普賢文殊四天王十大弟子図》および《十六羅漢図》と東京国立博物館蔵《五百羅漢図》彩色下絵50幅のうちの10幅(前後期各5幅)、大松寺・大信寺蔵の《五百羅漢図》下絵12点(前後期各6幅)などが展示されている。 増上寺本《五百羅漢図》はそれぞれテーマに分けて描かれており、全体をつかみやすい。展覧会ウェブは次のように要領よくまとめている。それぞれのテーマであげた画像の作品に新和文タイトル- 英文タイトルを付けてみた。羅漢は英語ではArhatというらしいが、一信の羅漢は特別なのでRakanとしておいた。 ・第01-10幅: 羅漢の日常の暮らしぶりを表す場面 (羅漢浴場- Rakan Bathhouse↓) ![]() (羅漢改宗院- Rakan Institute of Conversion↓) ![]() (羅漢救済院- Rakan Institute of Salvation↓) ![]() (羅漢空腹我慢所- Rakan Empty Stomach Center↓) ![]() (羅漢診療所- Rakan Clinic↓) ![]() (羅漢動物病院- Rakan Animal Clinic↓) ![]() (羅漢海底旅行-Rakan Undersea Travel↓) ![]() (羅漢建設会社- Rakan Construction↓) ![]() (羅漢災害救助隊- Rakan Rescue↓) ![]() (羅漢海外旅行- Rakan Oversea Travel↓) ![]() 美術散歩 管理人 とら
by cardiacsurgery
| 2011-04-29 22:29
| 江戸絵画(浮世絵以外)
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