
浮世絵の見方にはいろいろあるだろうが、展覧会では、私はまず全体の構図、色合い、登場人物などでお気に入りを探している。これは展覧会で絵のコンテストをやっているようなものかもしれない。一枚一枚を見るのにかける時間は、キャプションを読む時間を含めて、長くても3分程度だろう。それでも今回の展覧会のように80点以上あると、全部で240分、すなわち4時間もかかってしまう。こんなに長時間立って鑑賞するだけの体力・気力のある人はほとんどいないだろう。江戸時代には、浮世絵は展覧会で見るものではなく、畳の部屋で坐ってゆっくりと見るものだったに違いない。そして絵を手にとって見るのであるから、絵の細部にまで目が行き届いただろう。今回の「大江戸ファッション事始め」展は、「浮世絵を細部まで観察すればいかに面白いことが描かれているかが分かる」ということを実感させてくれた。
展覧会は8章立て。
Ⅰ.「
うつりゆく江戸モード」は5点の肉筆画。お気に入りは奥村政信《佐野川市松の人形遣い》。これは京都の初代佐野川市松の「市松模様」の由来となった「石畳模様」。

Ⅱ「
四季のよそおいー着物のきこなし」では、着物の種類や模様、襟の色、帯の結び方、襷掛けや裾のからげ方、頭巾や下駄の種類など見るべき点はきわめて多いのだが、今までは漫然とみていたような気がする。ここでのお気に入りは、勝川春潮《飛鳥山花見》の着物の片方を脱いでピンクの下着を見せる女性、広重《東都州崎の汐干》の裾をたくし上げた女性3人、歌麿《うちわもつ美人》の黒地に白絣の小袖の裏に透き通る手、国貞《歳暮の深雪》の頭巾をかぶり、「扱き帯」で着物を持ち上げた3人の女性↓、渓斎英泉《炬燵の美人》の丸出しにした脚など。

Ⅲ.「
江戸のファッションリーダー」は歌舞伎役者と遊女。
女形・瀬川菊之丞の定紋である「結綿文」、三代目坂東三津五郎の替紋の「花勝見」、初代市川団十郎が定紋とした「三升文」のほか、団十郎家の「三升格子」・「三筋模様」・「牡丹」・「蝙蝠模様」・「鎌○ぬ模様」なども展示された浮世絵のそこここに見てとれる。ここでのお気に入りは歌川豊国《坂東三津五郎の忠のり》の袴↓と菊川英山《傘さす娘》の帯の「花勝見模様」、国貞《浮世名異女図会》の小袖の裾の「蝙蝠模様」。

遊女の笹紅は有名だが、余裕のない庶民は薄墨の上に紅をひくという裏技を用いたというから健気である。お気に入りは渓斎英泉の《白粉》の芸者の笹色紅の唇↓と鳥居清満《露考(瀬川菊之丞)》の女性の結綿模様。

Ⅳ.「
模様に込められた美意識―小紋・縞・格子」では、国貞《江戸名所百人美女 上野山下》の鮫小紋と市松模様、鈴木春信《林屋お筆》の縦縞の女性の帯と武家の小袖、渓斎英泉《江戸名所美人合 愛宕》の寝起きの遊女がしどけなく着る三色の棒縞の寝巻き、《当世松の葉 清元節》の弁慶格子、《浮世姿 芝神明宮》の女性の弁慶格子の前垂・縞の小袖・肩に掛かる手拭の蝙蝠と三筋↓、《ゑと名物鹿子美人あわ勢》の蝶と葉がひっかかった蜘蛛の模様などがお気に入り。

Ⅴ.「
小物だいすきーこだわりを競う」では、頭巾、手絡(てがら)、簪、櫛、掛襟、半襟、襦袢、帯、扱き帯(しごきおび)、手拭、前垂、蹴出し(裾除け)、下着、下駄などお洒落の真骨頂。原宿のギャルたちにも参考になるかも。国貞の《江戸百人美女 浅草寺》・《江戸百人美女 長命寺》には小物のオンパレード。歌麿《当世美人三遊 芸者》(↑のチラシ)の袖頭巾と茶屋女の掛襟の黒はマネの黒のように効果的。広重の《東海道五十三図会四十七 亀山》の女性の櫛を選ぶ眼が鋭い↓。

Ⅵ.「
ファッションの舞台裏」は、化粧、洗髪、行水、裁縫など女性の日常生活を覗いたもの。歌麿の《化粧二美人》↓の懸命な姿は男性には見せられない。

Ⅶ.「
江戸の化粧と結髪」には、
丸髷、
島田髷、高島田、
島田くずし、
三輪髷、
天神髷、
銀杏髷、結綿髷、
横兵庫、切前髪、
燈籠鬢などの専門用語が続出。一部は英泉の《時世十二相》にも登場するが・・・これは
要勉強。例えば、渓斎英泉の前述の肉筆画《女三題》の三人では、嫁入り前の娘の「結方島田」・奥女中の笄でまとめた「片はずし」、「
つぶし島田」の粋筋の女など聞きなれぬ言葉が連続。

Ⅷ.「
男たちの装い」では、鳥居清長の《羽根をを取る男女》が面白かった。男性の緋博多帯は「腹切帯」というのだそうだ。
とにかくこれは一歩進んだ浮世絵展である。「前期」は4月26日までだが、5月1日~26日に開かれる「後期」も期待したい。
美術散歩 管理人 とら