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今年のNHK大河ドラマは「江」。先週日曜日は、「本能寺の変」で織田信長に叛旗を翻した明智光秀が、山崎の戦で中国大返しの秀吉の軍に敗れ、落ち行くところを小栗栖村の土民の竹槍に刺された場面で終わっている。
折も良し、UKIYO-e TOKYOで展示されている国芳の「太平記英雄伝」では、信長-光秀-秀吉の関わる物語が展開されている。そこで豊洲まで見に行ってきた。 ![]() 今回展示されている「太平記英雄伝」は、嘉永元年(1848年)から2年がかりで刊行された全50部の揃物である。幕府の監視を逃れるため、「太閤記」を「太平記」とすりかえ、さらに武将たちの実名を隠しているが、その登場人物は「織豊時代」の武将たちで「源平時代」の武将たちではない。版元の山本平吉、絵師の国芳の勇気には恐れ入る。 前置きが長くなったが、以下に本能寺の変に関わる錦絵を時系列で紹介したい。 図1.織田信長(大多上総介春永公) 柳下亭種員の読みやすい書が説明となっている。これによれば、勅使を安土城に招いた際に饗応を命じられた明智光秀が、行きすぎた華美な接待をし、さらに明智の紋を染めた幕を飾ったことを怒った信長はその幕を引きちぎっている。そして近習に命じて、光秀の面を打たせた。このことを恨んだ光秀が信長を討ったのである。織田家の「織田木瓜」の家紋が目立つ。 ![]() 上記の信長の仕置きの命に対して、皆が顔を見合わせ躊躇する中、つと立った蘭丸は鉄扇で光秀の頭を打った。光秀の烏帽子が飛び、額が割られた。これには、光秀が蘭丸の父の所領を返さなかったことを蘭丸が恨んでいたことも関係している。この画面には光秀自身は描かれておらず、烏帽子と扇子で光秀の姿を想像させている。 ![]() ![]() 光秀の前の書見台には、孟子の言葉「君之視臣如犬馬 則臣視君如国人 君之視臣土芥 則臣視君如寇讎」が見える。「君主が家臣に酷い扱いをすれば、家臣は君主を敵とみなす」と説いたもので、光秀の心中を表している。光秀の額には蘭丸の鉄扇に打たれた傷跡が描かれている。 ![]() ![]() ![]() 本能寺の変の報を受け京へ取って返す「中国大返し」の途中、秀吉の尼崎の陣中に、信長に恩を受けた河内の百姓太郎介が訪れ、陣中見舞いに「空地(明智)」に植えた「瓜(織田木瓜)」を切って持ってきた。秀吉は感激のあまり落涙したとのことである。秀吉のほかに太郎介と瓜籠も描かれている。 ![]() ![]() 小冊子の図録も良くできている。その表紙は、秀吉の朝鮮出兵の際、「井上大九郎忠正」が鉄砲を構えているところ。この絵は展覧会のポスター↑にも使われていた。 美術散歩 管理人 とら
by cardiacsurgery
| 2011-02-16 15:07
| 浮世絵
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