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註: 念のため、た「月百姿 一覧表」を再掲しておく。記載は、番号・略名・コメントの順。
1.石山 : ≪石山月≫は、源氏物語を執筆中の紫式部。 2.高雄: 花魁≪たか雄≫は、愛人を送って出た朝まだき、郭公が「君ははや駒形あたり」と鳴いたのを聞く。愛人は、仙台藩主の伊達綱宗とされる。襟が美しい。 3.竹とり: ≪月宮迎 竹とり≫は、竹取物語。 4.孝女: ≪朝野川晴雪 孝女 ちか子≫は、石川県の河北潟開拓事業の際に、魚による中毒死事件が発生し、その罪を問われた銭屋五兵衛の孫娘「ちか子」が、浅野川に身を投げて祖父を救おうとしたという物語。 5. 銀河: ≪銀河月≫は、牽牛織女。 6. 四条納涼: ≪四条納涼≫は、四条河原で涼む芸妓。水の中の足先が良く描けている。 7. 神事: ≪神事残月≫は、日枝神社の山王祭りの御神輿。江戸三大祭りの筆頭として、さらに京都の祇園・大阪の天満まつりと共に、日本三大祭りに数えられている。山車が大きく描かれ、諌鼓鶏(かんこどり)が先導している。 8.其角: 《名月や畳の上に松の影 其角》 。宝井其角の俳句をそのまま絵にしたもの。女性の襟の布目や団扇の横縞が良く出ている。 9.小碓皇子: ≪賊巣の月≫は、女装して熊襲の王、川上梟師に近づき、油断を見澄まして殺してしまう小碓皇子(後のヤマトタケル)。 10.曹操: ≪南屏山昇月 曹操≫は、赤壁の戦を前にして、長江に浮かぶ船上で詩を詠む曹操。 11. 源経基: ≪貞観殿月≫は、宮中で天皇を襲おうとした暴れ鹿を射止める源経基。彼は弓馬に優れた武士だったが、歌人でもあった。 12. 九紋龍: ≪四家村月夜 九紋龍≫は、不正を働く役人のいる村で捕まえた泥棒を放してやり、自分がその村を去っていく侠客。水滸伝に登場する九紋龍史進。身体に9つの龍の入墨をしている。 13.嵯峨野: ≪嵯峨野の月≫は、平家物語に登場する小督と高倉天皇との悲恋物語。天皇の妃、建礼門院徳子の父清盛は、天皇の愛人小督局を憎んだ。これに気づいた小督は嵯峨野に身を隠した。高倉天皇に小督の探索を命じられた源仲国は、嵐山の亀山で、仲秋の名月の夜に得意の笛を吹いたところ、聞き 覚えのある「想夫憐」の琴の音が聞こえた。 「峰の嵐か松風か、たずぬる人の 琴の音か、おぼつかなくは思えども、駒を早めて行くほどに、片折戸したる内に琴をぞひき澄まされたる」。仲国はこうして小督を見つけ、都へ帰ることを勧める。 14.嫦娥: ≪嫦娥奔月≫は、西王母が弓の達人の?(げい)に不死の仙薬を与えたところ、その妻の嫦娥がその薬を持って天に逃げた。嫦娥はヒキガエルとなり、月を食べるため、月に満ち欠けができるともいう。 15.平清経: 平清経は、笛の名手として知られている。≪舵楼の月 平清経≫は、壇ノ浦の戦いの前夜、人生のはかなさ、戦争の空しさを知って、船上で横笛を奏したのち、入水した。遠方に戦船が見える。 16.祇園: ≪祇園まち≫は、大石力弥が四拾七士の名簿を一力茶屋にこもっている父、大石内蔵助に渡す。 17.有子: ≪有子≫は、平安時代の内侍という厳島の巫女の一人。ここを訪れた徳大寺実定の寵愛を受けた有子が、報われぬ恋に悲観して入水する前に詠んだ歌。「はかなしや 波の下にも入りぬべし つきの都の人や 見るとて」。月と次を掛けているのか。襟の空摺が美しく、雲母も見える。 18.廓: ≪廓の月≫は、吉原の情景。3月に満開の桜が仲の町に植えられる。禿と一緒に夜桜を見る花魁。 19.稲村ケ崎: ≪稲むらか崎の明ほのゝ月≫は新田義貞が潮の引くことを神に祈って稲村ガ崎から名刀を投げた小学校唱歌「「鎌倉」にも出てくる有名な場面。会場でこの歌を口ずさんだら、喝采をうけた。♪七里ガ浜の 磯づたい 稲村ヶ崎 名将の 剣投ぜし 古戦場 ♪ 20.火事: ≪烟中月≫は、火災の煙の中に満月が見える。二人の纏持ち火消しが主役。 21.信玄: ≪きよみかた空にも関のあるならば 月をとゞめて三保の松原 信玄≫は、三保の松原から富士山を望む武田信玄。美術館の人が、真っ赤な陣羽織をライトで照らすと、美しい模様が浮かび上がった。 22.夕顔: ≪源氏夕顔≫は、源氏の恋人。夕顔はライバルの六条の御息所の霊に取り付かれて殺される。その夕顔の幽霊が「夕顔」の花の上に現れている。幻想的な画である。夕顔の花の空摺が美しい。 23.謙信: ≪霜満軍営秋気清 数行過雁月三更 謙信≫は、上杉謙信の姿。七尾の戦の勝利を確信した夜、月に飛ぶ雁を見ながらこのような漢詩を吟じた。 24.厳島: ≪いつくしまの月 室遊女≫は、瀬戸内海の室の町の遊女を乗せた船が、厳島神社の鳥居をくぐっていく。平清盛の船が遊女の乗った船のそばを通りかかったところ、遊女が素晴らしい和歌を吟じたという。 25.秀吉: ≪しつか嶽月 秀吉≫は、賤ヶ岳の戦いの豊臣秀吉。相手は柴田勝家。秀吉軍は丘陵地帯を含む52kmをわずか7時間で移動した。この絵は有名な「美濃返し」の合図のほら貝か。 26.高砂: ≪いてしほの月≫は、高砂の翁とおうな。手をかざして空を見上げる翁の仕草が、月の存在を示している。 27.南海: ≪南海月≫は、南の海の岬で瞑想している観音菩薩。光背の摺りが見事である。 28.卒塔婆: ≪卒塔婆の月≫は、美貌も名誉も富も失った老いたる小野小町が墓標に腰掛けて月光に照らしだされている。「極楽の内ならばこそ悪からめ、そとは何かはくるしかるべき」との歌がある。 29.悟道 : ≪悟道の月≫は、七福神の一人の布袋和尚の姿。彼は、中国唐代に実在した山僧。月を指さす布袋は、「指でなく月を見よ。指は枝葉末節、月は大局」と説いている。 30.釣狐: ≪吼?(こんかい)≫とは狐の鳴声。魔力を持つ狐が老僧に化けて猟師の老僧の甥を訪れ、狐を撃たないように説得した。帰途でだんだんと狐の姿に戻っていく。 31.受桂子 ≪梵僧月夜≫は、釈迦の弟子が月に生えている桂樹の種を受けているところ。この種は、不老不死の力と自由に身体を見えなくする力を与えてくれる。 32.道真: 《月輝如晴雪梅花似照星可憐金鏡転庭上玉房香 菅原道真≫は、11歳にして道真が吟じた漢詩「月夜に梅花を見る」。 33.赤壁: ≪赤壁月≫は、宋の蘇東坡が月明に乗じて舟遊びして、三国の英雄曹操や周瑜の風流を偲び、自分がはかない流人の身の上であることを嘆き、無限な生命の前では古人も我も何等選ぶところが無い、儚いものであり、萬物同一であることを悟り、明月と江上の清風とを楽しみ憂いを忘れたと言う感慨を述べた。赤壁の賦の一場面。 34.月夜釜: ≪月夜釜 小鮒の源吾 鳴矢伴蔵≫は、石川五右衛門の手下の二人の盗賊が盗もうとした釜が予想外に大きくて困っているところ。「月夜に釜を抜かれる」という諺が下敷きとなっている。 35.読書: ≪読書の月 子路≫は、孔子の弟子。米を背中に背負って両親のもとへ届けにいくところ。その間も読書に励む中国版「二宮金次郎」。 36.伊賀局: ≪吉野山夜半月 伊賀局≫は、月蝕の夜、吉野山の宮廷の庭に現れた藤原基任の亡霊に臆することなく対応し、弔いをすることを約束をして退散させた。基任は、後醍醐天皇の寵妃に命をかけて仕えたのに、葬式さえしてもらえなかったことが不満だったのである。布目摺で衣紋が良く出ている。 37.公任: ≪しらしらとしらけたる夜の月かけに 雪かきわけて梅の花折る 公任≫は、宮中の庭に出た藤原公任が詠った和歌。明け方の月に照らされた梅の枝を運んでいる。雪の中の足跡が目立つ。 38.弁慶: ≪大物海上月≫は、頼朝の追手を逃れて大物湾にこきだした義経らの船は平家の恨みの嵐に襲われたが、弁慶の祈りにより嵐が収まり、難破を免れた。 39.赤染衛門: ≪やすらはで寝なましものを 小夜ふけて かたふく迄の月を見しかな≫は、平安時代の女性歌人「赤染衛門」。恋人を待たないで寝てしまえばよかったのに・・・という歌。衣紋の布目摺が美しい。 40.破窗月: ≪破窗月≫は、何年も坐って瞑想にふける禅の創始者達磨大師。崩れた壁の穴から満月が差し込む。 41.定家: ≪住吉の名月 定家≫は、住吉神社で夜の祈りをしていた藤原定家が眠ってしまった折、夢に住吉明神が現れた。明神は、定家の歌道についての迷いを晴らしてくれたとのこと。 42. 盆の月: ≪盆の月≫は、盆踊りの情景。顔は満月の光に照らされている。 43.姥捨: ≪姥捨月≫は、能楽にも取り入れられている貧しい日本の因習。いつごろまで続いたのだろうか。 44.経信: ≪から衣うつ声きけば月きよみまだねぬ人を空にしるかな 経信≫は、遠くで布をたたく音を聞いた経信が和歌を詠んだ。すると、天に巨大な鬼が現れ、李白の漢詩を吟じたが、念仏を唱えると消えていった。 45.金時: ≪金時山の月≫は、足柄山での兎と猿の相撲を見ている金太郎、後の坂田金時。 46. 仲麻呂 ≪あまのはらふりさけみれば 春日なる三笠の山に出でし月かも 安倍仲麻呂≫は遣唐使に随行した仲麻呂が、唐の役人となったが、目の前の月を見ながら、奈良の月を思い出しているでいる情景。 47.寶蔵院 ≪つきの発明 寶蔵院≫は、宝蔵院流槍術の創始者、胤榮の物語。池に写る月を見て、三日月型の刃を持った槍を考案した。 48. 原の月: ≪原野月 保昌≫は、笛の名手 藤原保昌を殺害せんとした盗賊 袴垂保輔が、笛の音に聞きほれて刀を抜けなかった話。 49.深見自休: ≪名月や 来て見よかしの ひたい際 深見自休≫は、元武士の男伊達。いわばヤクザのはしり。ど派手な衣装を着て月夜の色町を散歩。結構な俳句を詠んだりしている。 50.五条橋: ≪ 五条橋の月≫は、弁慶と戦う義経。ピンクの衣服の布目摺が美しい。 51.芭蕉: ≪三日月の頃より待し今宵哉 翁≫は、芭蕉が二人の農夫に俳句をせがまれ、「三日月の」と始めると、農夫が「満月なのに・・・」と笑いだした。芭蕉が「の頃より待ちし今宵かな」と続けると、農夫たちは恐れ入った。 52.林下美人: ≪月明林下美人図≫は、梅の樹の下に佇む隋代の美人。これは梅の精の羅浮仙。 53.王昌齢: ≪西宮夜静百花香 欲捲珠簾春恨長 斜抱雲和深見月 朧々樹色隠照陽 王昌齢≫は、官女が弾いていた楽器から手を離し、振り向いて、侍女に簾を上げさせ、月を愛でようとしている様を描いている。王昌齢の古歌の趣だが、官女は漢の成帝の寵愛を失った班倢伃とのこと。 54.玉渕斎: ≪忍丘月 玉渕斎≫は、花びらと樹に掛かった着物を吹き飛ばそうとする怪しい風から身を守ろうとする若侍。場所は上野の近く。正面摺が見どころ。 55.物狂: ≪月のものくるい 文ひろけ≫は、豊臣秀吉の侍女の「お千代」。恋人の死の報に接し、悲しみのあまり、気がふれてしまう。彼からもらった恋文を拡げたり巻いたりしながら街中をうろつき、最後に自殺してしまう。 56.平八郎: ≪雪浮の暁月 小林平八郎≫は、浅野が吉良に切りかかった際、小林平八郎は自宅で寝ていた。彼は女中に扮し、主君を守るために駆けつけるが、多勢によって殺される。 57.高師直: ≪垣間見の月≫は、忠臣蔵の有名な場面。塩谷判官の妻「かほよ」に横恋慕して覗き見をしている高師直。 58. 孫悟空: ≪玉兎 孫悟空≫は、王様の娘に化けた月の妖精の正体が孫悟空によってあかされ 月の神の一喝によって兎に戻って月に逃げ帰るところ。 59.砧: ≪砧≫は、都に行って帰らぬ夫を偲んで、中国の故事に倣って砧を打つ妻。それを慰める侍女の夕霧。上村松園の≪砧≫のテーマである。 60:夕顔棚: ≪たのしみは夕顔たなのゆう涼 男はててら女はふたのして≫は、「楽しみは夕顔棚の夕涼 男はててら(襦袢)女はふたの(二布=腰巻)して」という心暖まる風景。女は乳飲み子を抱いている。久隅守景の国宝の画が思い出される。 61.熊坂 ≪朧月夜 熊坂≫は、熊坂長範を演じる役者絵。その名を聞くだけで泣く子も黙ったと云われ人々に恐れられた長範。謡曲「熊坂」や「義経記」に見られるように、京都の鞍馬山から平泉へ向かう途中の源義経によって、美濃赤坂で討たれた。 62.孤家: ≪孤家月≫は、浅茅が原の一軒家に泊めた客に石を落として殺していた親娘。浅草観音が人の姿で泊まった際、娘が身代わりになる。 63.辰の助: ≪桜さくすみたの川に 水木辰之助≫は、女形の水木辰之助が隅田川辺の桜の下で歌を詠んだ。 64.狼: ≪ むさしのゝ月≫は池に自分の姿を映しておめかしする武蔵野の雌狐。 65.暁月: 《しはゐまちの暁月》。 若い女が、朝の芝居町の道を急いでいる。朝空に蝙蝠が舞っている。襟の空摺が美しい。 66.辻君: 《田毎ある中にもつらき辻君のかほさらしなや園の月かげ 一とせ》。 大晦日の晩に360人の客を相手にしたため「一とせ・おしゅん」と呼ばれている夜鷹が、「秋の月が、田圃の照り返しのように、厚化粧し、茣蓙を抱えた下級娼婦たちの顔を照らさぬように」と詠んだ。 67.北山月: 《豊原統秋 北山月》。 後白河天皇に仕えていた笙相伝の楽人「豊原統秋」は、京都の北山で2匹の狼に遭遇したが、笛の音を聞かせて、難を逃れた。 68:音羽山: 《音羽山 月 田村明神》。 能のシーン。三人の旅の僧が、京都の清水寺を訪れた際に、散った桜の花を掃いている男に会った。これは寺の裏山に住む戦の神「田村明神」、征夷大将軍であった坂上田村麻呂の霊とのこと。 69.高倉月: 《高倉月 長谷部 信連》。 平家追悼計画が発覚した「以仁王」が、女装して御所(高倉院)を落ち延びんとしている。以仁王の忠臣「長谷部信連」は一人踏みとどまり、捕えられて拷問されたが、以仁王の行方を明かさなかった。 70. 世尊寺: 《世尊寺の月 少将義孝》。藤原義孝は、幼少より学問に優れ、詩歌の才能もあったが、彼の兄の嫉妬を避けるため、仏門に入ったが、兄弟二人とも疱瘡のため、同じ日に死んだ。義孝は京都郊外の世尊寺の庭で物思いに耽っている。 71.命婦: 《五節の命婦》 は、琴を弾く尼。彼女の家は落ちぶれているが、琴寝の音の美しさは訪れた公達の涙をさそう。 72.淮水: 《淮水月 伍子胥》 中国の将軍、伍子胥は、淮水の漁夫が教えた父の敵の墓を暴いて、その死体を鞭打った。 73.鳶巣山: 《鳶巣山 暁月 戸田半平重之》。徳川家康の家臣「戸田半平重之」は長篠の戦いで、鳶巣山にこもる敵軍を攻め、他の武将が夜討のため旗指物を控える中、銀のしゃれこうべの旗指物を立てて、一番槍となった。鎧の正面摺がみごとである。 74.玄以: 《常にこそ曇りもいとへ今宵そとおもうは月の光なりけり 玄以》は、豊臣秀吉の家臣で、丹波亀山城主「前田玄以」は、寺の縁側で横になりながら、「いつもは曇天は嫌いなのだが、今宵は月光のありがたさを教えてくれる」との歌を詠んだ。御簾の陰に満月が輝いている。 75.幸盛: 《信仰の三日月 幸盛》。尼子十勇士の一人、山中鹿之助の兜は半月を頂いている。みごとである。 76.堅田: 《堅田浦の月 斉藤内蔵介》。明智光秀の武将、斉藤は山崎合戦に負けた後、堅田へ落ちて、息子と共に乳母の家に隠れるが、すぐに発見されて処刑された。 77.足柄山: 《足柄山月 義光》。源義光は笙の達人であった。戦場に赴く際、足柄山で足を止め、亡くなった彼の笙の師匠の息子に師匠から授かった秘曲を伝授した。 78.師長: 《宮路山の月 師長》。保元の乱の後、藤原師長は一時四国に流された。その秋、彼は宮路山を訪れ、琵琶を弾く。その音にあわせ、宮路山の水神が美女となって現れ、歌を歌ったという。 79.千代能: 《千代能かいたゝく桶の底ぬけて みつたまらねは月もやとらす》。鎌倉時代の尼僧、千代能の故事。千代能が水を汲んだ桶の底が抜け、月が映らなくなってしまった。心のわだかまりが解けたということ。 80.秀次: 《おもひきや 雲ゐの秋のそらならて 竹あむ窓の月を見んとは 秀次》。豊臣秀次が秀吉の不興をかって高野山に送られ、自決させられる。その際、秀次が「雲のかからぬ秋空の月を、このように竹格子の窓から見ようとは」と嘆いた。 81.児島高徳: 《雨中月 児島高徳》。後醍醐天皇が流された時、農民に変装してその行列に付いて行った臣下の児島高徳。ある雨の夜、桜の幹に漢詩を彫って、天皇がこれを読んで力づけられることを願った。彼の願いは天に通じた。有名な文部省唱歌はこちら。 82.小野篁: 《孝子の月 小野篁》。歌人、書家として有名な小野篁は朝廷で高い地位を得たにもかかわらず、自分の両親を訪れて、薪を集めるといった粗野な作業を続けた。. 83.儀太夫: 《弓取りの数に入るさの身となれは おしまさりけり夏夜月 明石儀太夫》。明智光秀の家臣、明石儀太夫は尼崎の戦いの敗戦の責任をとって自決したが、そのときに詠んだ辞世の句。"武士となったからには、夏の月を見ることのできる命を惜しむわけには行かない。” 84.虫の音: 《かしかまし 野もせにすたく虫の音よ 我たになかく ものをこそおもへ》。薩摩守、平忠度は歌詠みであった。秋の月夜に、女性の館に忍んで行った際に詠んだ歌。”野の虫はうるさく鳴いているが、わたしは音も立てずに貴女のことを思い続けている。” 85.横笛: 《法輪寺の月 横笛》。建礼門院の雑仕女、横笛を愛人としてしまった時頼は、嵯峨の法輪寺に出家した。横笛はその寺を訪れて、時頼に戻るように頼むが、時頼は断った。横笛の悲しむさまが見事に表現されている。 86. 花山寺: 《花山寺の月》。若い花山天皇は、夜間、護衛に連れられて花山寺に逃げ込んだ。宮廷の謀略により、在位わずか2年で退位せざるをえなかったのである。 87.調布: 《調布 里の月》。調布は武蔵の玉川べりの村の名。有名な歌人が、月の光をあびながら、村人が川岸で砧を打つ音を詠んでいる。 88. 蝉丸: 《月の四の緒 蝉丸》。琵琶の調弦を行っているのは、10世紀の盲目の歌人「蝉丸」。高貴な生まれの蝉丸は、早く宮廷を去って、京都に近い逢坂の関で、独りで暮らした。「四の緒」とは枇杷の異名。 89.月の桂: 《つきのかつら》。漢の呉剛は、道教の術を習熟したが、この力を乱用した。その罰として、彼は月の桂の樹を永久に伐ることとなった。この樹は、彼が伐るたびに、すくに生えてくるのであった。。 90.鵺 : 《鵺》。源頼政は、歌人で武士。ある月の夜、鵺と呼ばれる怪物が天皇を襲おうとした。頼政は矢を射てこれをしとめた。これの褒美の剣を受け取る時に、立派な返歌を詠んだ。文武両道の達人。 91.小栗栖: 《山城小栗栖月》 明智光秀は山崎の戦いで秀吉軍に破れて、戦場を離脱して郷里に向った際、小栗栖の近くで、百姓の一群に待ち伏せられ、竹槍で刺し殺された。 92.心観月: 《心観月 手友梅》 手友梅は盲目の武将。勘で敵を見分け、戦場を生き延びてきた。彼は「暗きよりくらき道にも迷はじな心の月の曇りなければ」と書いた短冊を指物としていた。 93.斥候: 《月下の斥候 斉藤利三》 春日局の父で、明智光秀の重臣であった斎藤利三は、本能寺の変の後、山崎の戦の前に円明寺川の対岸を偵察している。 94雨後: 《雨後の山月 時致》 曽我五郎時致と彼の兄の十郎祐成は、富士の裾野の頼朝の狩場で、父の仇討ちに向う。雨の夜のこととされているが、ここでは三日月とホトトギスが描かれている。 95.稲葉山: 《稲葉山の月》 木下藤吉郎(後の豊臣秀吉)は稲葉山城攻めに際し、長良川沿いから金華山を登り、城の背後へ廻り一番乗りをなしとげた。、味方への合図に竹の先に瓢箪をつけて振ったという、秀吉の馬標「千成びょうたん」発祥の場所でもある。 96. 鶏鳴山: 《鶏鳴山の月 子房》 子房とは漢の劉邦の懐刀である張良の字。楚の項羽との決戦の前夜、張良は敵陣を見渡す山に登り、楚の国の曲を笛を奏でたこれによって、項羽軍に望郷の念が沸き起こった。「四面楚歌」の故事。 97.山木館: 《山木館の月 景兼》 加藤景兼は源頼朝の家臣。頼朝が、韮山にあった伊豆目代、山木 判官、平兼高の館を急襲した際、加藤景兼は自分の兜を 囮 として、平兼高に斬りつけさせた。 98.竹生島: 《竹生島月 経正》 平経正は竹生島の弁天神社を訪れ、琵琶を奏でた。その音色があまりにも美しかったので、弁才天が白い龍となって現れたという。経正は、まもなく戦死することを予感していたのかもしれない。 99.朱雀門: 《朱雀門の月 博雅三位》 源博雅公家で管弦の名手で、博雅三位とも呼ばれる。ある晩、朱雀門で不思議な外国人、実は朱雀門の鬼と出会い、二人で笛の合奏をした。 100. 猿楽月 《猿楽月》 毎年春に京都からの使節を供応するために、江戸城では能が舞われた。この際には、金持ちの町人も招待されたが、夜明け前の開門と同時に、彼らは席をとるために、もらった傘を持って、なだれ込んだ。この版画では、武士がこの騒ぎを冷ややかに見ている。 美術散歩 管理人 とら
by cardiacsurgery
| 2009-06-03 10:06
| 浮世絵
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