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(その一)より続く。
6.白隠(1685-1768)駿河: かわら版=「ノイローゼ克服法」 白隠が禅病(ノイローゼ)に陥ったとき、白幽仙人が教えてくれた「内観の法」(腹式呼吸法)と「軟酥の法」(瞑想法)。ユーモラスな禅画を得意とする臨済宗中興の祖なのであるから、「畸人」というより「宗教家」。永青文庫の「白隠とその弟子たち」展や「妙心寺展」で大分見たので、今更という気がしないでもないが、見ると結構楽しんでしまう。 《出山釈迦図》は黒バックで迫力のある禅画。 人に代わって願掛けをして歩く《すたすた坊主図》、サボっている観音に注意している《蓮池観音図》、文字通り《目一つ達磨図》、からっぽの袋から寿を撒こうとしている《寿布袋図》などはユーモラスで、白隠の独壇場。 一番面白かったのは《大黒天鼠画賛》↓。大黒天の左右に小槌を持った鼠と卒塔婆を持った鼠が左右に、机の上には鼠の僧侶、床の上には神主の鼠にお願いをする鼠の家族とお供えを運ぶ鼠。まるで漫画である。 ![]() かわら版の画とは、久居候の食客になっていたのに画を描き始めない蕭白に家老が催促すると、大量の高価な絵具をすり鉢に入れ、棕櫚筆で一気に金屏風に一本のカーブを描き、勢いあまって家老の顔にも塗って去っていったという話のある画。乾いたところをみると、7色の虹となっていたとのこと。 対決展で、《群仙図屏風》や《唐獅子図壁貼付》など代表作をみているが、以前から模写は知られていたが、新たに原本が出てきた《群童遊戯図屏風》を見ると、今更のようにこれは只者ではないという感を持つ。 この《群童遊戯図屏風》は九博蔵の6曲2双の銀屏風。しっかりとした色彩で、ほほえましい情景が描かれている。しかし一人ひとりの子供の眼を見ると、内斜視ぎみで気持ちが悪い。 右隻↓は、右から牛、闘鶏で遊ぶ子供たち、相撲をとっている子供たち、それを見物している子供たち、空にはツバメが舞っている。 ![]() ![]() ① 中国の童子を描いて子孫繁栄の願いを託した「唐子遊び」の和風アレンジとする説8.祇園井特(1755-没年不詳)京: かわら版=「宣長ついに絵師の写貌を許す」 本居宣長は「画家が自分の筆の勢いを見せるため、似ていないし、いやしくなる」といって肖像画を描かせなかった。どういうわけか井特に享和元年9月初めに肖像画を描かせたが、その72歳像が完成したのは、宣長が9月29日に死んでからのことであった。 京都府立総合資料館から4点出ている。《手あぶり美人図》↓は首のない年増芸妓の肉筆浮世絵。笹紅が目立つ。目と目の距離が離れている。黒紋付には5羽の蝶。裾模様には牡鹿・雌鹿、帯には蝶・尾長鳥。手あぶりも精緻に描かれている。しかし京都ではこういったデロリとした女性を好むのだろうか。 ![]() 東博で最近見た《京美人夏化粧図》や《婦女と幽霊図》も似た印象だが、これらをもって「美人画」とはいいにくい。こういったデロリ美人はマイタイプとはいいにくい。 今回出ていた《虎御前と曽我十郎図屏風》は、出光美術館の「肉筆浮世絵のすべて」(後期)で見ているが、ギョッとしたという記事が残っている。三井記念美術館の「NIPPONの夏」で見た祇園井特の《納涼美人図》は、鉄漿が毒々しく嫌い」という記事が残っている。 ![]() 9.中村芳中(生年不詳―1819)大坂: かわら版=「《光琳画譜》と名はつけたけれど」享和2年(1802)、江戸の近江屋ついで金華堂から《光琳画譜》を出版したが、中身は光琳模様を単純化し、丸っこくした「芳中画」ばかり。そのため文化12年(1815)に、酒井抱一が《光琳百図》を出版した。 中村芳中はいろいろな「琳派展」に顔を出してくるが、それには上記の理由があったらしい。千葉市美術館の《白梅図》は何度も見ているし、その他のものもあまりピリッと来ない。「畸人」よりも「常人」のファクターが多いのではなかろうか。 《老松立鶴図》(←)では、「松に枝がないこと、鶴の尻」が大きいことが面白い」といった意味の説明がキャプションにあった。《登城図》(→)は、行列を真後ろから見た新鮮な構図で、青い月代が並んでいるところが愉快である。 10.絵金(1812-1876)土佐: かわら版=「河田小龍に絵を教えた」 土佐の絵描き「河田小龍」は11歳年上の絵師金蔵(絵金)の画風を慕って、芝居絵屏風(もっとも小龍のものはかたい人物像)を描いた。襖の両面に絵金と小龍が描いた画ものこっているという。この「河田小龍」は、現在のNHK大河ドラマ「龍馬伝」に登場する。ジョン万次郎の取調べを行い、龍馬に外国の事情や海防の重要性を説き聞かせた人物である。 絵金は高知生れ。江戸で狩野派を学び、帰国後、土佐藩家老桐間家の御用絵師となったが、狩野探幽の贋作を描いたという疑いによりその身分を剥奪された。その後は、もっぱら町絵師として活動し、土佐の夏祭りのために、芝居絵屏風を数多く描いた。 現在は赤岡町の絵金蔵に23点が保存され、赤岡町の夏祭りの宵には、絵金の屏風を辻に並べ、蝋燭の灯火で芝居絵を堪能することができる。今回の4枚はすべて赤岡町から来たものである。 いずれも、泥絵具の強烈な色彩によって、芝居の情念、色気、血しぶきを描き出している。これぞまことの「超畸人」。 今回の出展作にうち、播州細川家の皿屋敷騒動のお菊を責める家老兄弟を描いた《播州皿屋敷鉄山下屋敷》、お尋ね者の白井権八が雲助を切り払うところに現れた幡随院長兵衛という見せ所を描いた《浮世柄比翼稲妻鈴ヶ森》は有名な話。 《伊達競阿国戯場累》↓はちょっと話が込み入っている。高尾太夫を殺した絹川谷蔵はその妹の累と結婚しているが、高尾太夫の怨霊が累についてしだいに累の容貌が醜くなっていく。累が鏡を見せられて初めてそのことに気づき、逆上して谷蔵の主人の許婚の姫に食ってかかっている。 ![]() ![]() 美術散歩 管理人 とら
by cardiacsurgery
| 2010-09-16 21:44
| 江戸絵画(浮世絵以外)
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