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ベルギー近代絵画については、最近、初台の東京オペラシティーアートギャラリーで「アントワープ王立美術館コレクション展」を観てきたばかりであるが、今回の展覧会の副題は「ベルギーの美しき村を描いて」である。フランダース地方の「シント・マルテンス・ラーテム村」周辺に、19世紀末から20世紀初頭に集まった芸術家の作品の展覧会である。ラーテム村は古都ゲントから15Km離れたところで、レイエ川周辺に馬や牛が放牧されていたのどかな小村だったらしい。若い芸術家がゲントを離れてラーテム村周辺にコロニーを形成したのは、環境面、利便性ということもその理由だろうが、他の「芸術家村」と同じく経済性ということもその一因だったのだろうか。 第1章 精神的なものを追い求めて 1900年ごろ、純粋で素朴なものを追い求めて都市から移住して来たミンヌと、ラーテム生まれのアベールらを「ラーテム派第一世代」と呼ぶが、これらのアーティストは象徴主義的な作品を発展させていく。こういった象徴的表現は、古くからのフランドルのお得意のような気がする。 1)アルベイン・ヴァン・デン・アベール: 穏やかな風景画が4点でていた。これがラーテム村の原風景なのだろう。お気に入りは《春の緑》↓。潅木、立木、そしてその間の空気までもが淡い黄緑である。ここには空が出てくる余地はない。 ![]() 2)ジョルジュ・ミンヌ: ブロンズ彫刻が会場のあちこちに展示されていたが、これは会場の都合で、本来すべて第1章に属するものだとのこと。ブロンズ彫刻は中型の作品ばかりであるが、その象徴性は素晴らしい。両手を肩に掛けて、うつむく《ひざまずく少年》(→右)、思わず箱の中をのぞきこんでしまう《ミンヌ聖遺物箱を担ぐ少年(大)》、傾いて墓穴に落ちそうになっている聖女たちを鏨で支えている《墓所に立てる三人の聖女》、鹿と人間が溶け合っている《死んだ雌鹿を嘆く男》など、いずれも印象に残る彫刻ばかりだった。絵本・銅版画・素描などの紙作品から彼の象徴性の源を窺い知ることができた。3)ヴァレリウス・ド・サードレール: これは見慣れた画家であり、8点も並んでいてとても楽しめたが、例によって人間が一人も描かれていない。風景画であるが印象派の対極にあるような深みのある作品ばかりである。《冬景色(大)》はピーター・ブリューゲル(父)の《雪中の狩人》から突然人間をすべて消失させてしまった異次元絵画。最近、初台で見た同じ画家の《フランドルの雪景色》でも同じ感想を持ったことを思い出す。《フランダースの農家》↓は、色彩はやや濃厚であるが、アンドリュー・ワイエスの《クリスティーナ》から、突然農家に向かって這っていく女性を蒸発させてしまった画のようにも感じた。これはもちろん私の妄想。 ![]() ![]() ![]() ![]() 第2章 移ろいゆく光を追い求めて 印象主義の画家たちが移り住み、隣村に在住していたクラウスとともに「第二世代」を形成した。ここには印象派・新印象派といったフランス絵画がもろに影響している。 1)エミール・クラウス: 戸外の強い光のきらめきを描き出すリュミニスム(光機主義)は、モネの印象派から導き出された彩色法を堅実な素描の上に融合させる手技。世田谷の「ゲント美術館展」、府中の「ベルギー近代の美」展や西美の「ベルギー王立美術館展」以来、私のお好みとなっているベルギー印象派画家である。クラウスの作品が展示してある部屋は今回も輝いていた。《雪》、《運河沿いの楡の木》、《ピクニック風景》、《フランダース地方の収穫》、《秋》、《野の少女たち》、《刈草干し》、《レイエ川沿いを歩く田舎の娘》、《夏の夕暮れ》、《レイエ川の水のみ場》、《画家の家》の11点。どの一つをとっても駄作はない。 チラシのヴィジュアルになっている《刈草干し》↓がベスト・オブ・ベスト。ただしチラシの色校正が不十分で、実物ははるかに迫力がある。《ピクニック風景》↓↓の川の手前は田舎の人びと、対岸は都会の人々と分別描写されているが、画家としては社会性を意味したものではないとのこと。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 7)フリッツ・ヴァン・デンベルグ: 穏やかな画が4点。ただし、《庭の少女》の顔はムンクの《叫び》のよう。単純な印象派からの転進の徴なのだろうか。 8)コンスタン・ペルメーク: 第3章にも出てくる画家だが、《レイエ川》、《家》、《雪》といったおとなしい画を描いていた時代もあったのである。 第3章 新たな造形を追い求めて 「第三世代」を形成したのは、かって印象主義の手法で制作していた「第二世代」の画家たち。かれらは第一次世界大戦の疎開先で、表現主義やキュビスムなどの新しい美術の流れに触れ、帰国後は以前とはまったく異なる様式の作品を制作した。しかし考えてみれば、この手の風変わりな作品は、むしろ古いフランドル美術の遺伝子を受け継いでいるベルギー近代画家たちの自然な帰結であったのかもしれない。 1)コンスタン・ペルメーク: 《家畜小屋》や《農家》などはまるで別人の作。この時代のペルメークの作品は初台で5点も見ているから、こちらとしては免疫がある。 2)フリッツ・ヴァン・デン・ベルグ: 変身してしまったフリッツ・ヴァン・デン・ベルグの作品が8点も出ていた。《妄想》はムンクのようだし、《日曜日の午後》↓も変わっている。初台で見たこの時代のフリッツ・ヴァン・デン・ベルグの作品2点は、シュルレアリスムの章に分類されていた。なお弟のレオン・ド・スメットは戦後も印象派絵画を描いていたとのことである。 ![]() ![]() ![]() 美術散歩 管理人 とら
by cardiacsurgery
| 2010-09-05 14:51
| 国外アート
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