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1996年10月16日、京都滞在時にもとめた勇楽の手作りの土鈴。
落柿舎は、松尾芭蕉の門人で蕉門十哲のの一人である俳人、向井去来の草庵です。 元禄4年(1691年)には芭蕉がこの草庵に滞在し、『嵯峨日記』を記したといわれています。 今の庵は京都の俳人、井上重厚が再建したものです。 当時、去来が庵にいることを知らせるためにしていたように、今でも土間の壁には蓑と笠が掛けられています。庵には投句箱があり、優秀な作品は俳句誌「落柿舎」に掲載されるとのことです。 また、落柿舎から北100mほどの路傍には「去来」とだけ彫られた向井去来 の墓があります。のどかな田園風景にしっくりとなじむ、わら葺の建物です。 ![]() 柿の由来についてはつぎのように書かれています。 嵯峨にひとつの古家あり柿の木十本侍る 市人の来たりて価一貫文に立ち木ながらもとむといふ 其の夜雨風にことことことと落ちけり 商人来たりて我むかう髪の頃よりかくなむ落ちるかきのきをみずきのうの価かゑてんやと佗ぶ そのものの望みにまかせれば商人よろこび帰りぬ それより友どちの本へ文などおくりけるにも落柿舎とは書きならはしぬ 柿ぬしや木すえは近き嵐山 落柿舎 去来 「美術散歩」 管理人 とら
京都、美都屋(351-2085)でもとめたもの。取得日不明。
![]() 達磨大師は嵩山少林寺に入り、毎日、坐禅修行をしていた。 少林寺に入ってから9年後、4人の弟子に法を伝授したとされている。 ちなみに少林寺は河南省にあり、少林寺の裏手には、大師が修行をしていたという洞窟が残っているそうだ。 縁起物のダルマの置物には手足がないが、ひたすらに坐禅に打ち込む達磨大師が、長期間動かなかったため「廃用性萎縮」に陥ったのだという説もある。9年間も座禅をしていると、アクビもでますね。 「美術散歩」 管理人 とら ![]() 1989年神戸にて。
1984年4月14日、息子が修学旅行で買ってきてくれたもの。三笠山麓の「白銀屋」にて。
![]() ![]() ![]() 左は、1983年4月、京都の「人形の静岳」で購入した平安の土鈴 右は、1984年、 大阪で買った花模様の京人形土鈴 1990年7月6日、東大寺に久し振りに奈良大仏を観にいったときに買ったもの。顔面のテリがなんともいえません。 説明書には、次のように書いてあります。 ーーーーーーーーーーーーーーーーー 仁王像は、南大門の左右に安置されている金剛力士のことで、金剛の知恵が煩悩を打ち砕くようにとの願いが込められております。 すなわち金剛力士は、仏の理を守護する知恵の働きを現すもので、この土鈴は、「外敵や病気等の悪霊を防ぐ」意味から玄関先「下駄箱の上」勝手口等において頂ければ、幸せがもたらされるでしょう。 ーーーーーーーーーーーーーーーーー この土鈴は、東大寺だけで販売しているものだそうです。 「美術散歩」 管理人 とら < 前のページ次のページ >
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