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東京も雪。この寒波で美術散歩は見合わせている。そこで、久しぶりに "Art & Bell" のうちの "Bell" の記事を書くことにした。
![]() ![]() ![]() ![]() 「宋人或得玉,獻諸子罕,子罕弗受」(或る宋の者が玉を得た。役人の子罕 -しかん- に献上しようとしたが、子罕は受けなかった。) 「獻玉者曰,以示玉人,玉人以為寶也,故敢獻之」(献上しようとした者は、”専門家に見てもらったところ宝物だとのこと。そこで敢えて献上することにしたのです”と言う。) 「子罕曰,我以不貪為寶,爾以玉為寶,若以與我,皆喪寶也」(子罕は、”自分は貪欲でないことを宝としている。君は玉を宝と思っている。もし私にその玉を与えたら、二人とも宝を失いますよ”と答えた。) 清廉な役人である。 美術散歩 管理人 とら
1991年6月、甲府に滞在した際、バスで富士山五合目まで行ったときのもの。
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1996年、バスで千畳敷カールに行った時、途中の駒ヶ根・宝積山光前寺で買ったもの。
霊犬早太郎の伝説はつぎのようなものです。 昔むかし、光前寺に早太郎という大変強い山犬が飼われていました。その頃、遠州(静岡県)見付村では、田畑が荒らされないようににと毎年祭りの日に白羽の矢の立てられた家の娘を、いけにえとして神様にささげる人身御供という悲しい慣わしがありました。 ある年、通りかかった旅の坊さまは、神様がそんな悪いことをするはずがない、その正体をみとどけようと、祭りの夜に様子をうかがっていると、大きな怪物が現れ、「信州の早太郎おるまいな、早太郎には知られるな」などと言いながら娘をさらってしまいました。 坊さまは早太郎に助けを求めようとすぐに信州に向い、光前寺の早太郎をさがしだすと借りて急いで見付村へと帰りました。次の祭りの日には、早太郎が娘の身代わりとなって怪物と戦い、それまで村人を苦しめていた怪物(老ヒヒ)を退治しました。 ![]() 現在、光前寺の本堂の横に早太郎のお墓がまつられています。 または弥太郎を借り受けたたびの坊さまは早太郎の供養にと「大般若経」を写経し光前寺に奉納しました。この経本は現在でも光前寺の寺宝として大切に残されています。 「美術散歩」 管理人 とら
新潟にはそれほど何回も行かない。おそらく1992年10月に行った時に買ったものだろう。越の寒梅でも入っているようだ。
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胸で手を合わせている仏は1979年7月30日、高山市・飛騨の里の「杣金」という飛騨民芸のお土産やで購入。
もう一つの微笑みの円空佛は取得月日不明。 ![]() ![]() 微笑みの円空仏については、 ここを参照。 「美術散歩」 管理人 とら ![]() 職場旅行。1988年7月。伊東にて。 むかし、むかし、ひと里離れた山の奥におじいさんとおばあさんが住んでいました。年も迫った大晦日、おじいさんは雪の中をたきぎを売りに町に出かけて行きました。途中、雪で埋もれかけた六つのお地蔵さんを見かけました。雪を払ってやり、こう言いました。 「笠がなくて寒いじゃろう。町で買ってきてやるからな。」 たきぎを売ったわずかなお金で家のものと笠を六つ買いました。帰り道、お地蔵さんの頭に笠をかけてやりました。 おじいさんはおばあさんにこの話をすると、おばあさんはとても喜んでくれました。 「おじいさん、いいことしたね。」そして床に入りました。 その晩のことです。誰かが歌を歌いながら家の方にやってきます。 「親切なおじいさんの家はどこかいな。笠をかけてくれてありがたい。親切なおじいさんの家はどこかいな。笠をかけてくれてありがたい。」 声はだんだんと大きくなって、おじいさんの家の前まで来ました。入り口をあけると米俵が六つ置いてありました。 「美術散歩」 管理人 とら ![]() 1987年10月、金沢にて。 ![]() 1986年7月13日、職場の旅行で伊豆に行った時に小田原「パノラミックすずひろ」で買った土鈴。 かぐや姫を連想される土鈴。竹取の翁と姥のように見えます。 ![]() 1985年8月14日、父の新盆のために帰省した時に買ったもの。鎖が揺れてペガサスの台に当たって音が出る。 入っていた「高岡銅器の栞」によると、加賀百万石前田利長公が遠く桃山時代(1610年頃)風雅閑静の地として 越中高岡城を築城した際に城下興隆繁栄を計る産業政策の一つとして鋳物師を招致し、爾来鋳物技術を伝承して370年、現在は特産として殷賑を極め特に生活様式の変遷により優雅風情を添えるしゅみ工芸品として卓越した技術と意匠は芸術美の豊かさを誇っており室内装飾品として珍賞されております(増岡銅器製作所) 「美術散歩」 管理人 とら < 前のページ次のページ >
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