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国立新美術館で開かれている「セザンヌーパリとプロヴァンス」展に孫娘を連れて行った(記事はこちら)。
今朝のこの番組のことをメールで知らせておいたところ、「いま観ているよ!」という返事が届いた。 一方、この日曜美術館に画家の山口晃さんが登場されるというので、山口画伯フリークの多い Twitter は昨日から喧しいようである。わたしも、山口画伯の白板を使った独特のトークを何回か聞いていたので、番組内でも面白い話が聞けることを期待していた。 ところが、番組のコメンテーターは山口画伯おひとりではなく、東京大学・三浦篤教授、セザンヌの画を沢山買っておられる長谷川徳七氏、展覧会監修者・ドニ・クターニュ氏が参加され、その他に2人の司会者、さらにナレーションのアナウンサーの合計6人がそれぞれ話されたので、番組としてのまとまりはイマイチだったし、メモも取りにくかった。「船頭多くして、船山に上る」とはこのことなのだろう。 その中では、実際にサント・ヴィクトワール山まで見に行かれて、番組内で#7の画の模写をされた山口画伯の言葉には「目からウロコ」のところがあったので、赤字で記しておく。 「傑作10選」は下記の通りで、#2と#9 以外は今回の展覧会への出品作品だと思う。 ・傑作#1.《りんごとオレンジ》: ナレーション⇒多視点の画。 ![]() ![]() 三浦氏曰く「結果として多視点になっているが、目標はしっかりとした画を描くことだった。」 山口氏曰く「初期の画は下手で、もともとは画の描けない人だった。」 ・傑作#3.《首吊りの家》: ナレーション⇒ピサロなど印象派の影響で、画が明るくなる。 ![]() ![]() 山口氏曰く「緑は中間色で、自然な色ですからね。」 ・傑作#5.《坐る農夫》: 司会者⇒長谷川氏を紹介(笠間日動美術館の訪問記事はこちら)。 ![]() ・傑作#6.《サント・ヴィクトワール山》: ナレーション⇒この山を描いた作品はきわめて多い。 ![]() ![]() 山口氏曰く「セザンヌは樹の奥行を描くことにこだわっているようだ。」 山口氏模写⇒山に進む。 山口氏重要発言「同じ色をたどっていくと、向きが同じであることに気付いた。あらかじめすべての色の置き所を考えてから、色を置いていったのだと思う。」 山口氏模写⇒影になっている山の壁面すべてに対して、小さな線状あるいは面状の「同じ青」を置いていく。 「とら」の感想⇒確かにセザンヌの原画の山の影の部分は山口氏の模写と同様になっている。(目からウロコ!) 山口氏感想「面倒くさいことをやった人ですね。」 司会者質問「セザンヌは、どこにこの同色を置くと決めていったのでしょうか?」 山口氏回答「ある程度思い切って、エイヤーと置いていったのでしょうね。」 ・傑作#8.《サント=ヴィクトワール山》: ナレーション⇒抽象画のようになってきた。 ![]() ![]() 山口氏曰く「目標に完全に到達できなかったことが、かえって後人に良い影響を与えた。」 ・傑作#10.《庭師ヴァリエ》: ナレーション⇒この画を描いてすぐに死んだ。 ![]() ![]() 美術散歩 管理人 とら ![]() 上の孫娘は中学生になり、既にモネ・ルノワール・ゴッホなどは十分に理解している。そこで、今回はセザンヌに挑戦することにした。 ![]() 今回の展覧会は、「セザンヌがパリ周辺の北フランスで印象派の洗礼を受けた後、故郷の南フランスに引き込んで印象派を乗り越える新たな絵画を作り出していた」という従来の考えは正しくなく、実際には20回以上も南フランス⇔北フランスを往復していたという事実に着目したものである。そして、この南北往復がセザンヌの画業にどのような影響を及ぼしたかを詳細に分析することを目的としているであるが、これを小中学生に正確に理解させることは不可能である。 そこで、孫娘たちには、セザンヌは「ピカソに先立つ近代絵画の父」といわれていること、「自然を基本的な形の円筒・球・円錐でとらえようとして、ジックリ観察して構図をきめた」らしいという2点だけを教えて、一緒にどんどん見ていくことにした。幸い展示はテーマ別となっているので、前述の南北間移動を無視して見ていっても問題はなかった。 ↓は、美術館内での二人の孫娘のポーズ。下の孫娘はこの美術館は2回目。ルノワール展に一緒に来た時の前回の記憶は、「Jiji が、庭の芝生に入って写真を撮って、警備員に注意された」だけというから、苦笑! ![]() ちなみに、W=小学校4年生、M=中学校1年生、K=「とら」の娘、T=「とら」の家内、A=「とら」 Ⅰ 初期 ~お気に入りなし Ⅱ-1 風景 北:1882年まで ・20.首吊りの家(K) ![]() ![]() ![]() ・28.サンタンリ村から見たマルセイユ湾(A)-南仏の海と空の青が美しい。印象派的な筆触は、空の斜めの描線や海面の横の描線で明らかだが、建物は堅固な構造物として表現されている。吉野石膏蔵のものだけに、私の「お気に入り」に刷りこまれている。 ![]() ・32.マルヌの川岸(M)-M曰く「人が船に乗っており、水に景色が映っているよ。」 ![]() ![]() ・39.大きな松の木と赤い大地(A)- ![]() ![]() ~お気に入りなし Ⅲ-2 身体 パリ:余暇の情景 ・52.池のほとり(W)- ![]() ~お気に入りなし Ⅳ-1 肖像 親密な人々:家族と友人の肖像 ・65.横たわる少年(W)- ![]() ~お気に入りなし Ⅳ-3 肖像 プロヴァンス:農民、庭師の肖像 ・70.坐る農夫(A)-ゴッホの肖像画みたいだ。 ![]() ![]() ・72.牛乳入れとレモンのある静物(T)-比較的小さな画。Tの「お持ち帰り」希望。 ![]() ![]() ![]() ![]() ・83.りんごとオレンジ(M,W,K,T)ーMからのメールに曰く「セザンヌの絵は、立体感があって、『本当に凄いなぁ~』と、思ったよ~」 ![]() 84.庭園の花瓶(W)-W曰く「左上に人物の像があるよ。」 ![]() ・87.サント=ヴィクトワール山(W,A)-空も山も手前の風景も震えるようなタッチで描かれている。明らかに具象から抽象へ移行している。 ![]() ![]() ショップで、お気に入りのポストカードを一枚ずつ選んだ。父親(Y)のお土産にも一枚購入した。それを机の上に並べて写真を撮った。 ![]() ![]() ![]() 美術散歩 管理人 とら
この《ポーズする女たち》↓はバーンズ・コレクション展で見ている。背景の画《グランド・ジャッド島の日曜日》↓↓はシカゴで見てきた。
![]() ![]() 彼の点描画法が、何人かの批評家の意見とは異なって、室内画それも裸婦像でも有効だということを実証しようとしたものらしい。3人のモデルは向きは違うものの、かなり似ている。西洋美術では「三美神」というテーマはおなじみのものだからそれほど違和感はない。 《グランド・ジャッド島の日曜日》を画中画として登場させ、モデルの脱ぎ捨てた衣服・靴・帽子・靴・パラソルなどと画中画との関係を暗示していることについての見解は以前より百家争鳴の感がある。 1.レジャーと労働の対比 2.着衣と裸体の対比(画中画の猿を持つ女性は売春婦) この二つの画の関係は永遠の話題なのだろう。今回、敢えてこの話題に再挑戦いていたが、ちょっと尻切れトンボだった。 美術散歩 管理人 とら
新国美で開催中のゴッホ展について、章別に展示されているゴッホ作品の割合、すなわち「ゴッホ率」を調べてブログ1に書いておいた。
その延長として、1992年以降にわが国で開催されたゴッホ展の「ゴッホ率」を調べて、ブログ2にアップしてみた。旧知の美術ブロガー「一村雨さん」から、早速にコメントが入り、「ゴッホ油彩率」も面白いのではないか・・・とのことである。 ![]() ・「ゴッホと日本」 1992年、VGM→世田谷美: ゴッホ油彩率 20%、 ゴッホ率 30% ・「ゴッホの時代展」 1993-97、VGM その他→安田火災: ゴッホ油彩率42%、 ゴッホ率 42% Ⅰ.「ゴッホとミレー」 1993: ゴッホ油彩率 40%、 ゴッホ率 40% Ⅱ.「ゴッホと肖像画」 1994: ゴッホ油彩率 43%、 ゴッホ率 43% Ⅲ.「ゴッホと風景画」 1995: ゴッホ油彩率 43%、 ゴッホ率 43% Ⅳ.「ゴッホと静物画」 1996: ゴッホ油彩率 43%、 ゴッホ率 43% Ⅴ.「ゴッホと四季」 1997: ゴッホ油彩率 40%、 ゴッホ率 40% ・「ゴッホ展」 1995年、KMM→横浜美: ゴッホ油彩率 44%、 ゴッホ率 100% ・「ゴッホ展」 1999年、KMM→Bunkamura: ゴッホ油彩率45%、 ゴッホ率100% ・「ゴッホと花」 2003年、VGM その他→損保ジャパン: ゴッホ油彩率26%、 ゴッホ率 26% ・「ゴッホ展」 2005年、KMM・VGM→近美: ゴッホ油彩率 28、 ゴッホ率 35% ・「ゴッホ展」 2010年、KMM・VGM→新美: ゴッホ油彩率 27%、 ゴッホ率 54% Ⅰ. 最初期: ゴッホ油彩率 22%、 ゴッホ率 22% Ⅱ. 初 期: ゴッホ油彩率 4%、 ゴッホ率 46% Ⅲ. ニューネン: ゴッホ油彩率 19%、 ゴッホ率 62% Ⅳ. パ リ: ゴッホ油彩率 29%、 ゴッホ率 39% Ⅴ. アルル: ゴッホ油彩率 43%、 ゴッホ率 61% Ⅵ. 晩 期: ゴッホ油彩率 63%、 ゴッホ率 94% 以上のデータから読み取れることは、下記のようである。 1.今回の展覧会では、第1章を除けば、章が進むに従い「ゴッホ油彩率」が上昇していた。 2.KMMからのゴッホ展では、「ゴッホ率」のみならず、「ゴッホ油彩率」も比較的高く、40%台である。 3.KMM+VGMからのゴッホ展では、「ゴッホ率」は中程度だったが、「ゴッホ油彩率」は低く、 20%台である。 4.VGMからのゴッホ展では、「ゴッホ率」は低いが、一般には「ゴッホ油彩率」も低く、20%台である。 5.安田火災がVGM別館増設に寄与したお礼の「ゴッホの時代展 1993-97」では、「ゴッホ油彩率」=「ゴッホ率」で、例外的に40%台と高かった。 美術散歩 管理人 とら
国立新美術館で開催されているゴッホ展のエントリーで、今回の「ゴッホ率」について触れたところ、ネットで反響があった。そこで、以前のゴッホ展の「ゴッホ率」を調べて、追加記事とする。
わが国でゴッホの作品だけで回顧展を構成するのは無理がある。この画家の作品の価格が高いため、保険料が莫大な額に達するということもその一因であろう。 このため企画者はそれなりの工夫をする。同時代の画家の作品や関連作品を混ぜ込むのである。 そこで、各展覧会における純粋なゴッホ作品数の割合、すなわち「ゴッホ率」を検討してみた。 ゴッホ率(%)=(ゴッホ作品数)/(全展示数)x100 国内で見たゴッホ展をおおむね年代順に並べると、次のようである。今回の展覧会は図録をパスしているので、↓には含まれていない。 ![]() ・「ゴッホとその時代展」 1993-97、VGM その他→安田火災: ゴッホ率 42% (62/146) Ⅰ.「ゴッホとミレー」 1993: ゴッホ率 40% (12/30) Ⅱ.「ゴッホと肖像画」 1994: ゴッホ率 43% (12/28) Ⅲ.「ゴッホと風景画」 1995: ゴッホ率 43% (12/28) Ⅳ.「ゴッホと静物画」 1996: ゴッホ率 43% (13/30) Ⅴ.「ゴッホと四季」 1997: ゴッホ率 40% (12/30) ・「ゴッホ展」 1995年、KMM→横浜美: ゴッホ率 100% (73/73) ・「ゴッホ展」 1999年、KMM→Bunkamura: ゴッホ率 100% (74/74) ・「ゴッホと花」 2003年、VGM その他→損保ジャパン: ゴッホ率 26% (10/39) ・「ゴッホ展」 2005年、KMM・VGM→近美: ゴッホ率 35% (45/127) ・「ゴッホ展」 2010年、KMM・VGM→新美: ゴッホ率 54% (67/123) 以上を通覧すると、クレラー・ミュラー美術館(KMM)からの展覧会のゴッホ率は100%であるのに対し、ヴァン・ゴッホ美術館(VGM)のゴッホ率は一般に低値であり、両美術館から来た展覧会のゴッホ率はその中間に位置することが分かる。 現地を訪れてみればすぐ分かることだが、アムステルダム市内のヴァン・ゴッホ美術館(VGM)は観光客で混み合っているのに、交通の便の悪いクレラー・ミュラー美術館(KMM)は空いている。美術館も採算を重要視する時代である。このことと「ゴッホ率」と密接な関係があるような気がする。 美術散歩 管理人 とら (註) 一村雨さんからのご要望に応え、「ゴッホ油彩率」を調べてみました。 アムステルダムのゴッホ美術館(以下VGM)とオッテルローのクレラー=ミュラー美術館(以下KMM)は1991年に訪れた。かれこれ20年も前のことである。わたしが美術散歩にはまるきっかけとなった美術館であるので、思い入れが深い。わたしのHP「美術散歩」もこのオランダ美術散歩から始まっている(その時の記事は、1.ゴッホ美術館、2.クレラー=ミュラー美術館である)。 その後も日本でゴッホ展が開かれるたびに見に行ってきた。図録がうずたかくなるほどである。 今回は没後120年の回顧展であるが、2つの美術館所蔵の作品が中心なので、おのずと限界がある。わが国でゴッホの作品だけで回顧展を構成するのは無理があるので、企画者はそれなりの工夫をする。同時代の画家の作品や関連作品を混ぜ込むのである。 今回も同じで、ゴッホの作品には番号の周りが黄色にして識別できるようになっている。これを「ゴッホ率」とすると、全体では54%、章別には下記のようである。すなわち今回の展覧会では、最初は軽く流して、最後のほうに余力を残しておいたほうがよい。 第1章 伝統-ファン・ゴッホに対する最初期の影響(ゴッホ率 22%)最初に《自画像》↓が出てくる。1887年のパリ時代のもの。貧乏だったため、厚紙に描かれている。点描が目立つが、顔は伝統的な描きかたである。緑色の目がしっかりと描かれている。 ![]() ![]() 第3章のお気に入りは、1885年の《籠いっぱいのじゃがいも》↓。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 《カフェにて(「ル・タンブラン」のアゴスティーナ・セガトーリ)》もお馴染み。クリックしてみて下さい。VGMのページには、面白いことがいくつか書いてあります。 第5章には、KMMの《じゃがいものある静物》、《糸杉に囲まれた果樹園》、《サント・マリ=ド=ラメールの風景》、《緑の葡萄畑》、《ある男の肖像》、《タマネギの皿のある静物》などの間に、VGMの《アルルの寝室》(ポスター↑参照)、《ゴーギャンの椅子》↓、《種まく人》↓↓、《あおむけの蟹》↓↓↓といった超有名作品が並んでいる。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() おなじみのKMMの《蔦の絡まる幹》、《渓谷の小道》、《夕暮れの松ノ木》、《オリーヴ畑と実を摘む人々》、《草むらの中の幹》、《麦の穂》やVGMの《アイリス》↓にも再会した。ゴッホは何回見ても良い。 ![]() 美術散歩 管理人 とら
第6章:ポン=タヴェン派
ポン=タヴェンに滞在していたゴーギャンは、ベルナールとともに総合主義を打ち立てた。この理論によってポン=タヴェン派と呼ばれる一派が形成され、ナビ派の登場にもつながった。 ・ベルナール《愛の森のマドレーヌ(画家の妹)》↓:涅槃図のような妹の像。 ![]() ・ラコンブ《紫の波》↓:逆巻く波が洞窟に打ち寄せる光景。浮世絵との関連も指摘されているが、驚くべき構図。 ![]() ・セリジエは、1888年秋、ゴーギャンの指導のもと、一枚の風景画、《護符(タリスマン)、愛の森を流れるアヴェン川》↓を仕上げた。抽象絵画のようにも見えるこの小品は、自然の色の束縛から脱した大胆な色彩で描かれた。これを契機に、セリュジエ、ドニ、ボナール、ヴュイヤールらがナビ派を結成した。 ![]() ![]() ![]() ![]() ナビ派のボナールやヴュイヤールらは、身近な室内の情景を好んで描いた。アンティミスムと呼ばれる身近な題材を描いたものだが、象徴主義的な世界観が反映している。その他の象徴主義の作品の集められたこの章は大変面白かった。お気に入り多数。 ・グスターヴ・モロー《オルフェウス》↓:オルフェウスの首と竪琴と拾い上げた女性。細部にわたる描写が凄い。 ![]() ![]() ・ヴュイヤール《ベッドにて》 ・ボナール《親密さ(クロード・テラス夫妻)》、《ベッドでまどろむ女(ものうげな女)》、《男と女》 ・ヴァロットン《夕食、ランプの光》 ・ドニ《ランプの傍らの娘たち》 ・ハンマースホイ《休息》 第9章:アンリ・ルソー 素朴派の代表的な画家で、20世紀の前衛絵画にも大きな影響を与えた。彼の代表的な作品が展示されていて、見ごたえがある。 ・アンリ・ルソー《戦争》↓、《蛇使いの女》↓↓ ![]() ![]() 19世紀末から20世紀初頭にかけては、アール・ヌーボーが席巻した時代でもあった。アーツ・アンド・クラフツ運動は、ナビ派の芸術観にも大きな影響を与え、挿絵、ポスター、舞台芸術など幅広い造形活動にかかわった。味わい深い最終章だった。 ・ヴュイヤール《公園子守、会話、赤い日傘》↓:9点のうちの3点のフレスコ的な装飾。公園の広さが実感される。 ![]() ![]() ・ドニ《若い娘の寝室のためのパネル:『9月の宵』と『10月の宵』》 壁面の色を工夫してあったので、雰囲気はなかなか良かった。パリに行くことを考えれば格安。お勧めの展覧会である。 美術散歩 管理人 とら (参考)その1、その2
第3章:セザンヌとセザンヌ主義
セザンヌは、印象派の画家たちと別れて孤独に制作に励むが、彼が求めたのは、「堅固で永続的な」芸術で、キュビスムや抽象絵画など、後世に多大な影響を及ぼしていく。当時のセザンヌは作品をほとんど発表していなかったが、ゴーギャン、ベルナール、ナビ派などへ影響が広がっていった。 ・セザンヌ《台所のテーブル(篭のある静物)》↓:多視点からの描写。その他のセザンヌのお気に入りは、《セザンヌ夫人》、《サント・ヴィクトワール山》、《水浴の男たち》↓↓、《ドラクロア礼賛》、《ギュスターヴ・ジェフロワ》 ![]() ![]() ・ゴーギャン《扇のある静物》 ・セリジェ《静物、画家のアトリエ》 第4章:トゥールーズ=ロートレック ・ロートレック《女道化師シャ=ユ=カオ》↓、《赤毛の女(化粧)》、《黒いポアの女》が出ていた。後2者は最近、どこかで見たばかり。 ![]() この章が今回の華。二人の見事な作品が一室を占領しており、壮観だった。 ・ゴッホ《自画像》↓、《銅の花器のフリティラリア(オウカンユリ)》↓↓、《星降る夜》↓↓↓、《アルルのゴッホの寝室》 ![]() ![]() ![]() ![]() 美術散歩 管理人 とら (参考)その1、その3
本年最大の展覧会かもしれないということで、初日の午前中に時間を都合して見てきた。
![]() オルセー美術館展は何回も観ている。自分のホームページのサイト内検索をしてみると、96年1月に「Ⅰ.モデルニテ パリの誕生」、99年9月に「Ⅱ.19世紀の夢と現実」、07年1月に、「Ⅲ.19世紀 芸術家たちの楽園」が出てきた。この3展覧会は「オルセー美術館展3部作(トリロジー)」となっている。それらの図録と今回のリストを比較して見ると、Ⅰには8点、Ⅱには10点、Ⅲには13点、合計31点もこの3展覧会で見ていることになる。 他の国内展覧会でもオルセーの所蔵品が展示されることが少なくないので、今回の115点の半分は国内で見ているのだと思う。ただし人間の記憶はあいまいであるし、それが良いのかもしれない。ハッキリと再見の記憶のあるものは懐かしいし、デジャブ的なものもどこか惹かれるところがある。今回はそういった感じでアッサリと会場を見て回った。 全部で10章に分かれているので、記事は小分けとする。 第1章:.1886年―最後の印象派 1886年は最後の印象派展である第8回展が開かれた年で、ポスト印象派世代の登場を告げる作品群が含まれており、一つの分岐点として重要な位置にある。第1章には、印象派の一つの到達点として、数は少ないが、なかなかよい作品が出ていた。お気に入りは下記。 ・ドガ《階段を上がる踊子》↓: 分割写真の合成のような流れがある。 ![]() ![]() ![]() 第2章:スーラと新印象主義 第8回印象派展には、スーラとシニャックも出品している。印象派の筆触分割に感化された二人は独自の点描技法を考案し、1891年にスーラが夭逝した後、シニャックは新印象主義の理論を広く世に普及させた。 ・スーラ《ポール=アン=ベッサンの外港、満潮》↓: 穏やかな風景。画の縁や額も点描。その他のスーラのお気に入りは、《ピヴィ・ド・シャヴァンヌ『貧しき農夫』のある風景》、《青い服の少年農夫(慶賀騎手)》。 ![]() ![]() ・ジョルジュ・レメン《ハイストの浜辺》 美術散歩 管理人 とら (参考)その2、その3
名古屋ボストン美術館の同名展は出展数38点、油彩はボストン4点、ポーラ3点、その他の国内館各1点、合計13点という淋しいもので、目玉の《我々はどこから来たのか 我々は何者なのか 我々はどこへ行くのか》のみが光っていた。
近美のこの展覧会は目玉作品は同じであるが、内容ははるかに充実していた。ゴーギャンだけの個展をみたのは初めてのような気がするほど立派な展覧会となっていた。出品目録には全53点、油彩合計24点が載っているから、名古屋とはまったく異なる規模の展覧会である。章立ても、↓のように明快。 ![]() 1882年の《オスニー村の入口》↓は名古屋でも見たが、ピサロの影響を受けた印象派的な作品。 ![]() 興味をひいたのは、MOMAの《洗濯する女たち》↓。ゴッホの《アルルの跳ね橋》と似たモチーフであるが、構図はかなり違う。左下には二人の頭部だけが大きく描かれている。 ![]() ![]() ![]() ここでは、個人蔵の《パレットを持つ自画像》↓とシュトゥットガルト州立美術館の《エ・ハレ・オエ・ヒア(どこへ行くの?)》↓↓が印象的だった。後者は石膏像《オヴィリ》↓↓↓の基になっているとことだったが・・・。 ![]() ![]() ![]() 第3章 漂泊のさだめ: ここには《我々はどこから来たのか 我々は何者なのか 我々はどこへ行くのか》が展示されているが、その前室の壁面には説明動画があり、実際の展示室の壁には詳しいパネル表示がされていて親切だった。 肝心の《我々はどこから来たのか 我々は何者なのか 我々はどこへ行くのか》↓は、画のスグ前を移動しながら見る列と後から見る列に分かれていて、スムースに見ることができた。 名古屋では画を掛けた壁面が紫色であり、東京では内側が白・外側が黒となっていた。恐らくこのためか、名古屋で見た際には「青」が強調されていたが、東京では人体の「黄」が目立っていた。これには照明の影響があるかもしれないが、名古屋で感じられた「鬱」は東京ではそれほどは感じられなかった。自分としては名古屋の壁面や照明がこの画を描いた際の画家の心情に近いのではないかと思った。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 美術散歩 管理人 とら < 前のページ次のページ >
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