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ワシントンDCの「ナショナル・ギャラリー・オブ・アート」には米国留学中に訪れたことがあるが、何せ今から40年も前のこと。レオナルドの《ジネヴラ・デ・ベンチ》の肖像の裏面も見られるようになっていたのを覚えている程度である。
帰国後、1983年にパイオニアから出たLD「世界の美術館Ⅰーナショナル・ギャラリー・オブ・アート」↓を買い込んでこの美術館の静止画像1645点を今でも楽しんでいる。 ![]() ![]() 第1章は、コロー、バルビゾン派、クールベ、ブーダン、ファンタン=ラトゥールの他、マネはおなじみの《鉄道》(↑ポスター参照)などを含めた5点、バジールは明るい《エギュ=モルトの城壁》↓など3点が出ていた。29歳で戦死したバジールの作品はまだまだのようだったが、もう少し長生きしたらさぞ素晴らしい画を描いたのではあるまいか。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 美術散歩 管理人 とら
クリスマス寒波のため今年の見納めは早くなり、ベストテンもアップしてしまった。
ところが、今日の大晦日はミューズの微笑みー絶好の美術散歩日和。 そこで横美に行くことにした。 「ドガ展」 はパスすることにしていたので、HPの記事は家内が書いてしまっている。 美術館に入ると、大晦日にかかわらず大変な人出。ドガの評判が良いのか、正月準備の邪魔になっている粗大ゴミ的人間が多いのか不詳であるが、とにかく驚いた。 ![]() モーパッサンの『メゾン・テリエ』挿絵は娼婦と客がモロに登場する不潔な画。 一方、ボストン美蔵のメアリー・カサットとその姉の《美術館訪問》はとても良い画だった。女嫌いのドガがカサットを弟子にとったのは、よほどのことだったのだろう。 競馬の画で、一番気になったのは《障害競馬ー落馬した騎手》↓。こういう画を描くところもドガの不思議なところ。 ![]() ![]() ![]() ヒューストン美蔵の《風景》は男の岩と女の土盛りの対比。陰陽思想があるわけもないので、ドガの変態的な象徴表現だと思わざるをえない。 写真や彫刻には面白いものが多かった。彫刻はあちこちで見たことがあるが、大部分は画家の死後に発見された150点に達する蝋の彫刻のうち74点をブロンズにしたものらしい。生前に発表されたただ一点の《14歳の踊り子》↓はすばらしい佳品。何回も周りを回って観た。 ![]() 1.日本の洋画ー横浜開港から昭和初期まで 五姓田義松の板に描かれた油彩《鶏》、義松の妹である渡辺幽香《幼児図》(以前に見た)、河野 通勢《自画像などが良かった。 2.夏から秋へー日本美術院の画家たちを中心に 下村観山《闍維》: 日本美術院第一回展で最高賞を受賞した作品。「闍維」とは僧を荼毘に付すこと。ここでは釈迦の遺体を納めた金の棺を、菩薩や釈迦の弟子たちが見守っている。画面右端から2人目の僧は観山の自画像。同じ画家の《ラファエロ作「椅子の聖母」(模写)》も良かったがマリアがちょっと怖い感じ。 今村 紫紅《伊達政宗》↓: キリスト教の熱心だったと政宗が豊臣秀吉から一揆煽動の疑いをかけられ、身の潔白を主張したという伝承に基づいている。政宗の背後にそびえる太い柱と梁は十字架の一部。 ![]() 3.ブランクーシとセザンヌのある部屋 コンスタンティン・ブランクーシ《空間の鳥》とそれを購入したエドワード・スタイケンの写真《アトリエのブランクーシ、パリ》が面白い。スタイケンがアメリカに《空間の鳥》を輸入しようとした時、美術品とは税関で認定されず、関税をかけられた。これに対して訴訟を起こして、結局美術品と認定されて勝訴となったという説明がついていた。 4.ダリとシュルレアリスムの部屋 この部屋の作品は見慣れたものが多い。今回は、マン・レイの《標的》、《贈り物》、《不滅のオブジェ》を楽しんだ。 5.フランスの近代写真ー都市風景とポートレイト イッポリット・バヤール、アンリ・ヴィクトール・ルニョー、シャルル・マルヴィルの風景写真。 ナダールの《ジョルジュ・サンド》、《ギュスターヴ・ドレ》、《ナダール》、《カミーユ・コロー》、《ウジェーヌ・ドラクロワ》などのポートレイト。 ロベール・ドマシーやブラッサイのヌード、ウジェーヌ・アジェの風景写真、ジャック=アンリ・ラルティーグの風俗写真、アンドレ・ケルテスの《ピート・モンドリアン》などのポートレイト。 アンリ・カルティエ=ブレッソンの有名写真《サン=ラザール駅裏、パリ》↓、《ジョルジュ・ルオー》、《ピエール・ボナール》、《ジョリオ=キューリー夫妻》、《アンリ・マティス》など。 ![]() 美術散歩 管理人 とら 追 記: 大晦日の同じころ、2人の孫がその母親と一緒にこの展覧会を見ていたことが、正月になって判明。孫2人はバレーをやっているので感激したとのこと。横美で親子三代の邂逅とはならなかったが、これはまさしくニヤミス。
妻カミーユが死に、元後援者オシュデも死亡した後、モネがオシュデの妻であったアリスとその子供6人を連れてジベルニーに移ったのは1883年。最初はそこに定住する積りはなく、モネに惹かれてジベルニーにやってきた大勢の外国の画家とのつきあいもなかったようであるが、アメリカ人を中心とする画家のコロニーがジベルニーにできていった。
![]() 第1章 周辺の風景: 自然主義と印象主義が混在したような風景画。お気に入りは、写実のメトカーフ Willard Leroy Metcalf 《百合の池》、アメリカ印象派の魁のセオドア・ロビンソン Theredore Robinson 《冬景色》↓、セオドア・ウェンデル Theodore Wendel の《花咲く野原、ジベルニー》↓↓、ペリー提督の甥の嫁のリーラ・キャボット・ペリーLilla Cabot Perry 《秋の午後》↓↓↓。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ブランシュ・オシュデ=モネは、結婚していたモネの長男ジャンの死後、モネの許に帰ってきていたが、モネの死後に描いた《ジベルニーの庭、バラの小道》はモネの遺伝子が乗り移ったような傑作だった。 ![]() ![]() 美術散歩 管理人 とら
ストラスブールはアルザス地方の中心都市。現在はフランスに属しているが、いわば歴史に翻弄された街で、しばしばドイツ領となっている。
その中に10もの美術館・博物館があるが、今回はそのうち古典美術館と近現代美術館に収蔵されている風景画が展示されている。↓は初日先着100名限定のポストカードということで有難く頂戴したが、よく見ると、何のことはない、この展覧会の案内葉書にすぎない。しかもチラシと同じ画像。特製クリアファイルを頂けた時代は、「古き良き時代」になってしまった。 ![]() 「近現代美術館」の内部もこのサイトで分かる。 ストラスブール美術館のコレクションがまとまったかたちで紹介されるのは、日本で初めだとのことだが、古典的な名画もぜひ見たいものだ。 章立ては、対象に従った単純なもの。 1.窓からの風景―風景の原点: 「窓と風景画」という企画者の視点には新鮮さを感じた。15世紀に、窓によって切り取られた屋外の風景が絵画の中に取り込まれるようになり、19世紀になって、窓の存在が作品に広がりと奥行きを与えるようになったとのことである。 ・モーリス・ドニ《内なる光》: 妻マルトと娘が描かれた穏やかな室内画であるが、「その穏やかさと青空とが呼応している」との説明はちょっと無理筋かな。 ・リュク・ヒューベル《後ろを向いてたたずむ女性、窓の前》: 「観客がこの女性の位置に立って窓外を見ることになる」という説明には納得。 ・モーリス・マリノ《室内・縫い物をするエレーヌ》: 野獣派マリノの色彩の鮮やかさが目立ち、窓との関連まで考える余裕はなかった。 2.人物のいる風景―主役は自然か人間か: 17-18世紀の風景画、19世紀のロマン派絵画、バルビゾン派の画、ピカソの画などを並べて、それぞれにおける自然と人間の果たす役割を考えさせている。 ・ギュスターヴ・ブリオン《女性とバラの木》↓: バラの木の世話をしている平穏な女性の姿。ここでは自然と人間が調和しており、どちらかが主役とはいいにくい。とにかく綺麗な画でした。 ![]() ・テオフィル・シュレール《1814年の戦いの逸話》: 敵に向かって発砲するアルザスの女はたくましい。主役はあくまで人間。 ・ヴァロットン《水辺で眠る裸婦》: 左手に裸婦が大きく描かれ、男たちの乗るボートは右奥に小さく描かれている。眠れる女性の夢なのだろうか。主役は女性、脇役が男性と風景。 ・リーバーマン《アムステルダムの孤児院の庭》: この印象派の画では、人間は環境の一部に取り込まれている。 ・ルイ=フィリップス・カム《刈入れ》: 大きく描かれた3人の農夫が主役で、背景の小さな虹はあくまで点景。 ・モーリス・マリノ《庭の女性》: キャプションには「ゴーギャン風」となっていたが、この画はどう見ても「マティス風」の色彩の画。どちらが主役でも良いでしょう。 この辺で、久しぶりに初日派の「えりりさん」に遭遇した。ということで、ここからは人間たちが主役となってしまい、脇役となった画たちを一緒に見て回った。 3.都市の風景―都市という自然: 都市の風景画も古くから描かれてきた。絵葉書のような役割を果たした景観画は18世紀に盛んに描かれた。しかし18世紀末に始まった産業革命は、都市の様子を徐々に変貌させ、印象派の画家たちにも新たな題材を与えた。20世紀になると、都市や建築物は、キュビスムの画家たちの格好の材料となった。 ・コロー《オルレアン、窓から眺めたサント=パテルヌの鐘楼》: 若い時代のコローの「セザンヌ風」で、堅牢な作品。小さな猫が書き込まれているのがご愛嬌。 ・ピエール=アントワーヌ・ドマシー《ルーブルとポンヌフの眺め》とユベール・ロベールの《風景》は並んで展示されていたが、どう見ても絵葉書代用の景観画。この両画家がライバルだったというから、滑稽な気がする。 ・テオフィル・シュレール《アルザスのオーベルゼーバハの日曜の午後》: 民族衣装が面白い。 ・アンリ・マルタン《雪化粧のパリ》: 得意の点描。 ・ヴラマンク 《都市の風景》: 単純な立体・制限した色彩というセザンヌを意識した表現でパリ郊外の住宅が描かれている。 4.水辺の風景―崇高なイメージから安らぎへ: 副題の意味は、画の対象としての水の役割が17世紀オランダ海景画、19世紀ロマン派の感情を移入した海景画から、水そのものよりも水面に反射する光に関心を示した印象派への流れを辿ろうとしたということ。 ・印象派の先駆けとなるブーダンの《海景》: ノルマンディーの海岸に立って描いている姿が目に浮かぶ。 ・メスダッハ《海景》: この画がなかなか良かった。画家はロマン主義的写実主義ともいえる作風のオランダ「ハーグ派」の一人であるが、経済的にゆとりのある画家の作品には余裕がある。同時代の貧しいオランダ画家ゴッホと対比するまでもないことだが。 ・コロー《ヴィル・ダヴレーの池》↓: 画家お気に入りのモチーフ。独特の銀灰色の世界が描き出されている。赤のアクセントを持つ人物が添えられる。よく知られていることだが、コローは池や川に取材してはいるが、作品の完成はアトリエで行っていたのである。 ![]() ・お気に入りのマルケの《ルアーブルの桟橋》と新印象派シニャックの《アンティーブ、夕暮れ》↓が出ていた。アンティーブといえば、現在ボストン美術館展で展示されているモネの作品が有名であるが、今回はこのシニャックの他に、後述のフランセの作品も出ていた。この地中海を望む南仏の港は人気スポットだったらしい。ここでは午後8時を過ぎてもまだ明るく、夕暮れの光が風景を薔薇色に染めるとのこと。 ![]() ・アンリ・ジュベールの《ヴュー=フェレットの羊の群れ》: アルザス地方の広大な田園風景。1883年の作であるが、産業革命の影響はまだ地方には及んでいないのだろう。 ・コローの画がここに2点出ていた。《モルヴァン地方の風景》と《朝の香り》。いずれにも赤の小さなアクセントが認められる。後者は円形画で、「朝の挨拶」の曲が聞こえてきそう。許されるなら「お持ち帰り希望」。 ・シスレー《家のある風景》(チラシ↑に部分画像): シスレーは空を広く描き、水辺の作品が多いと思っていたが、これは丘陵地の風景画。曲線を描く坂道が動きを生み、木立の半円形の輪郭線とあいまって家に視線を集めている。得意の空の描写はここでも健在。 ・クロード・モネ《ひなげしの咲く麦畑》↓: これが今回の目玉作品なのだろう。一日の時間帯を変えて描いた5点の連作の一つ。ジヴェルニーでは雑草とされていたひなげしもこのように描かれると見事なお花畑。それに加えて、空のピンクがなんともいえず美しい。 ![]() ・アントワーヌ・シャントルイユ《太陽が朝露を飲み干す》: コローの弟子。縦長の大作で、鹿も描きこまれている。 ・ナタリア・ゴンチャローヴァ《家禽のいる庭先》: ロシアのネオプリミティズム画家。この画家の作品は青春のロシア・アヴァンギャルド展で見ている。その時も「えりりさん」とお会いしたような気がする。その時の記事はこちら。 6.木のある風景―風景にとって特別な存在: 木は風景画にアクセントを加え、奥行きを強調するとともに画を分割する役割を果たしているが、樹に精神が宿るという考えは日本人だけのものではないようだ。 ・テオドール・ルソー《木の幹の習作》: 伐採された木の幹を克明に写生している。この画家の茶褐色は懐かしい森の樹の色彩である。 ・フランソワ=ルイ・フランセ《アンティーブの眺め》↓: 南仏の港町を丘の上から眺めた風景だが、主役は明らかに樹。高台に立つ巨木の姿は雄雄しい。「この樹なんの樹・・・」という歌が耳に聞こえてくる気がする。遠景のアンティーブ港はモネの画とそっくり。コローに師事したこともあるというフランセがどういう心境でこの画を描いたか知りたいところである。 ![]() ![]() 美術散歩 管理人 とら
丸の内に新しい美術館が誕生した。「三菱一号館」は、1894年ジョサイア・コンドルによって設計された洋風事務所建築であるが、老朽化のため1968年に解体されていたものである。これが、今回、以前の設計に沿って同じ場所に美術館として再生した。↓は丸ビル内に掛けられた大きなポスターである。
![]() ![]() ![]() Ⅰ.スペイン趣味とレアリスム:1850-60年代 マネは若い頃からベラスケスやムリーリョなどのスペイン美術に興味を持っていた。今回展示されている《ローラ・ド・ヴァランス》↓はその1例で、舞台のそでに立つ派手な衣裳の踊り子が描かれている。黒・赤・緑はマネ特有の色としてその後も大きな影響をたもっていくようである。 ![]() ![]() ![]() ![]() 有名な《エミール・ゾラ》↓が来ていた。この画にはジャポニスムの影響が見られ、花鳥画の屏風や力士絵が描き込まれている。スペインの影響は、黒い色彩のほかに、ベラスケスのバッカスの複製版画として取り込まれており、マネ自身との関わりはオランピアの写真とMANETという青い冊子で表されている。 ![]() ここでは断然ベルト・モリゾの肖像が光っている。1873年の《横たわるベルト・モリゾの肖像》↓と1872年の《すみれの花束をつけたベルト・モリゾ》↓↓。両者ともに黒服で、胸元の緑(前者)や菫色(後者)が目立っている。また両者ともに大きな眼をじっとこちらに向けてくる。モリゾがマネの弟のウジェーヌと結婚したのは1874年12月であり、その少し前のモリゾがマネに向ける眼差しにはえもいわれぬ雰囲気が感じられる。 ![]() ![]() 2階に降りると第Ⅲ章となる。ここではマネ以外の作品も沢山出ているが、マネの作品の色調が全体として明るくなってきていることに気付く。印象派の後輩からの影響ではなかろうか。例えば《ラティユ親父の店》↓では、戸外の明るい光の中に女性を口説く男とそれを眺める給仕が描かれている。男の黒い蝶ネクタイがなければ印象派絵画といってよいかもしれない。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 建物も展覧会も素晴らしかった。是非お勧めしたい美術館であり、展覧会である。 2年後に東京駅のステーションギャラリーが完成すれば、丸の内に2つの赤レンガ美術館ができることになる。そうなれば一番最初にあげたポスターのように丸の内に新しい文化が育つことになる。 美術散歩 管理人 とら
今回のルノアール展のチラシやHPを見ると、何回か観た画が多いのでパスしようと思っていた。ところが昨日の日曜日はポカポカ陽気。思わず孫に電話して一緒に観にいくことになった。長女の下の子、小学校1年生のWちゃんがつき合ってくれた。
![]() その部屋で一番良かった画はどれ?などと聞きながら、飽きないように結構なスピードで見ていく。子供の肖像画が一番好きで、風景画は嫌い。なるほどルノワールの風景画は上手とはいえないという意見にはわたしも賛成である。裸体画の部屋では好きな画は皆無。 ショップは大混雑。子供連れでは絵はがきを選ぶこともできないので、10枚800円のセット絵はがきを買った。 見おわってオープン・カフェでランチ。テーブルの上にこのセットの絵はがきを広げて、自分の分とお姉さんへのお土産を選択。 ![]() ![]() ![]() ![]() エスカレーターやシースルー・エレベーターを使って館内ツアーの後、まぶしいばかりの春の陽光を浴びながら外から美術館を見て、地下鉄の駅に向った。良い一日だった。 ![]() ![]() ![]() 美術散歩 管理人 とら 英文の展覧会名は The Macchiaioli - Itarian Masters of Realism であるが、日本語の題名には「イタリアの印象派」という紛らわしいキャッチコピーが付けられている。イタリアは15~17世紀にはルネサンス・マニエリスム・バロックと世界の美術界をリードしており、20世紀には未来派・形而上絵画などの新しい息吹をもたらしたが、その間の18~19世紀には影を潜めていた。 そのイタリアが国家統一を図る時期にフィレンツェ周辺に集まったリアリズム画家の集団がマッキアイオーリあるいはマッキア派と呼ばれている。マッキアとは斑点であるが、印象派がこれを色彩の表現法として採用しているのに対し、マッキア派ではこれを光の表現法としているようである。すなわち色のブロック毎に明暗を捉えていくのである。 日本では珍しい展覧会なので出かけてみた。 リアリスム絵画の対象としては、風景、戦争、家庭、肖像が並んでいたが、全体を通してみると強い光と影のコントラストの強い画が多かった。これには、トスカーナという光に満ちた草原や海と、バルビゾンのようなやや暗い森との差であるような気がした。 展覧会自体は、時代順に ①カフェ・ミケランジェロのマッキアイオーリ、②マッキア(斑点)とリアリズム、③光の画家たち、④1870年以後のマッキアイオーリ、⑤トスカーナの自然主義者たち に分類され、展示されていたが、その分類はあまりシャープではなく、美術史の研究者の発表会としては良いが、一般の鑑賞者には分かりにくいものであった。 むしろここではこの芸術活動に関わった主要画家の遍歴を追った展覧会にしたほうが良かったと思う。 そういう意味で4人の画家の作品を中心に「おきにいり記事」を書くことにする。合計63点の展示作品のうち、ファットーリ13点、シニョリーニ10点、レーガ8点、アッパーティ7点と、この4人だけで合計38点と60%を占めていた。 1.ジョヴァンニ・ファットーリ(1835-1908): カフェ・ミケランジェロの常連となったのは1850年と早い。最初は古典的な画を描いている。↓はその一つ、《自画像》。1867年の《荷車をひく白い牛》にはマッキアと明暗が、1872年の《歩哨》↓↓にはマッキアを通り越した極端な明暗法を見ることができる。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ポストカードもないので、重い図録を買う羽目になったが、その内容がまた難解である。 結局のところ、マッキア派に属する多くの画家にそれぞれ個性があり、これをひとくくりにすることには限界があったのだろう。同様な不消化感は、「印象派展」と名付けられた展覧会を見たときにも感じることである。 美術散歩 管理人 とら
オックスフォード大学アシュモリアン美術館は、イギリス最古の美術館だが、現在リフォーム中ということで、「印象派の巨匠ピサロの家族と仲間たち」という副題の展覧会が開かれている。
ピサロ家3代の展覧会は、1998年に伊勢丹美術館で見ているし、ピサロ自体の画が印象派的にせよ、新印象派的にせよあまり・・・なので、今回はパスしようかな!と思っていたのだが、はろろどさんのブログでクールベの《石割りの少年》が来ていると知って観にいってきた。 1996年にハヤカワ文庫で出版されたフィリップ・フックの「灰の中の名画 THE STONEBREAKERS」↓はお気に入りの小説である。その主人公は、クールベの名画《石割り人夫》。ドレスデン絵画館に展示されていたこの名画は、1945年2月のイギリス空軍の爆撃による火災で焼失したとされているが、実際には今もどこかに存在しているのではないかという美術ファンの希望が、この小説の下敷きになっているのである。 ![]() ![]() 第1章は、「ピサロと風景画」。お気に入りは《モンフーコーの農場 雪の効果》↓。庭の扉を開けて、藁を持った農夫が入っていく。その後を山羊?のような動物がついていく。辺りは一面雪景色だが、とても落ち着いた色彩にまとめ上げられていた。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 息子のリュシアン・ピサロの作品が沢山でていた。父親に似た新印象派のものである。お気に入りは「妖精》↓など7点ぐらい。母親の肖像画も落ち着いた色合いの好作品。リュシアンの弟のフェリックス・ピサロやリュシアンの娘のオロヴィタ・ピサロの作品も数点ずつ出ていたがあまり感心しなかった。 ![]() 美術散歩 管理人 とら HP
ピエール=オーギュスト・ルノワールは大分前に卒業と思っていた。しかし息子の映画監督ジャン・ルノワールについては、実像も映画も知らない。
ということでジャンを見に行ったのだが、ジャンが「オヤジの画業を追いかけることが自分の人生だった」と云っていたことを知って、気持ちを入れ替えた。 これはジャンの立場に立って親父への憧憬を見ていかなければならない! 1.ジャンの陶器: 派手な彩色の陶板・陶器が5点出ていた。父親も若い頃陶器の絵付けをしていたので、息子を陶器製作に誘導したのだろう。しかしジャンは弟のクロードにこれを譲り、自分は映画の道に進む。 2.映画監督ジャン: 父親が死んだ翌年、父親の最後のモデルだったアンドレ=マドレーヌ・ユシュランと結婚。 この妻(女優カトリーヌ・ヘスリングと名乗る)のみならず兄ピエール、息子アランを映画に出演させている。自分自身も映画出演したことがある。 3.映画『牝犬』: ここに登場する日曜画家は父親の若いときをイメージしているのだろう。会場で、映画が映されている側に展示されているのはバジールの《ピエール=オーギュスト・ルノワール》。椅子の上に膝を立てて坐っている若いオヤジの肖像である。『アトリエでのピエール=オーギュスト・ルノワール』という記録フィルムも出ていた。 4.映画『ゲームの規則』: ジャン自身が狩りの姿で猟銃を持って出演している。会場では、側に有名な《狩姿のジャン》↓が掛けてある。映画と同じ猟銃を持ったジャンが仔犬とともに描かれている。ジャンはこの画を生涯手元に置いたという。 ![]() 6.映画『小間使の日記』: お屋敷の息子を愛の願いがかなうという樹の側に誘う小間使。肺病の息子はそれに乗らない。会場では、側に《後姿で横たわる裸婦》と《バラを飾るガブリエル》が飾られている。ガブリエルはそんなに悪い女でなかったはずだが・・・。 7.映画『黄金の馬車』: イタリアの仮面劇団の女優。黒いベールに黒い扇といったスペイン風の服装で闘牛場に現れ、闘牛士にネックレスを投げる。Bunkamuraには《闘牛士姿のアンブロワーズ・ヴォラール》と《スペインのギター弾き》↓が並んで展示されている。 ![]() (場面1) ロワン河の舟遊び。若い男女。女がヤメようかと思った瞬間に、別な船に乗っていた母親から声を掛けられ、気持ちを変えて鶯のいる土地に上陸する。画はセーヌ河の舟遊びを描いた《風景、ブージヴァル》。 (場面2) 有名なオルセーの《ぶらんこ》(↓左)の女性に対して、映画(↓右)では、若い娘とオバアサンがぶらんこに乗っている。ここに若い神父たちが通りかかる。説明には「セーヌ河畔での出会いと失意」と書いてある。これが出会いのシーンなのかもしれない。 ![]() 10.映画『草の上の朝食』: マネの画と同じ名前の映画。 (場面1) 教授が見ている中、湖に裸で泳ぐ若い女性。水に反射する光がとても美しい。有名な《陽光の中の裸婦、試作、裸婦・光の効果》(↓左)を意識した映画である。女性の髪が同じ。泳いでいる裸婦がちょっとだけ正面を見るが、その時の姿は父親の画と張り合っているようだ。光の効果は息子の映画(↓右)の勝ち。 ![]() 11.映画『河』: インドが舞台で、アメリカ人青年大尉と英国人少女2人・インド混血娘との間に繰り広げられる思春期の物語。インド混血娘がバナナの葉を持っている。これに対する父親の画は《バナナ畑》。アルジェリアで描かれたものとのこと。 12.『女優ナナ』: 次の配役を狙って伯爵をベッドに誘う貧乏な女優。ハイヒールの踵が半分取れている。黒白の映像である。これに対する画は黒白の《アルフレッド・ダラス夫人》。 13.『恋多き女』: イングリット・バーグマン演ずる公爵未亡人。これは美人!!! 1900年の革命記念日の大騒ぎ。伊達男メル・ファーラーと踊り狂うバーグマン↓。これに対する画は《田舎のダンス》↓↓なので大分落ちる。 ![]() ![]() 以上、息子の映画12本、14場面のさわりを見ながら、父親の画を楽しんだ。粋な趣向の展覧会だった。サワリとはいえ、映画を観るのであるからゆっくり時間をとって出かけたほうが良い。 美術散歩 管理人 とら HP
これは山形美術館に寄託されている吉野石膏コレクションの展覧会である。いわゆるコーポレートコレクションで、他の展覧会に出品されたいくつかの作品は既に観ているが、このようにまとまった形で鑑賞するのは初めてである。12日間という短い展示期間なので、フィラデルフィア美術館展を見た後、上野‐神田‐三越前と移動して、この展覧会を見た。
![]() こちらの展覧会にはリストがない。図録を買ってもらおうという百貨店商法なのかもしれないが、これはマズイ!そこで図録が置いてある椅子に腰掛けて簡易リストを作成してみたので、それにしたがって感想を書いていく。 Ⅰ.印象派以前 ■ コロー:2点、似たような銀灰色の作品。 ■ ミレー:2点、いずれも見たことのあるような懐かしい作品。 ■ クールベ:《ジョーの肖像、美しいアイルランド女性》・・・ジョーはホイッスラーの愛人。彼の《白のシンフォニー No1 白衣の少女》のモデルである。クールベが描いたジョーとホイッスラーの描いたジョーはその対極にあるような感じがする。その後ジョーはクールベの愛人となり、プティ・バレにある《眠り》のモデルを務め、さらにオルセーにある《世界の起源》のモデルもジョーらしいとの説明があった。 ■ ブーダン:《アヴィル近くのソンム川》・・・雲間の太陽からの光が川に差し込む画で、晴れた海岸の画を見慣れているので、ちょっと暗い気がする。 Ⅱ.印象派とその後継者たち ■ ピサロ:5点、そのうち《モンフーコーの冬(雪景色)》が良かった。《キューガオデンの大温室前》も面白い。 ■ ドガ:《踊り子たち、ピンクと緑》・・・とても美しい色のスナップショット。 ■ シスレー:3点。 ■ セザンヌ:《サン=タンリ村から見たマルセイユ》・・・セザンヌの青は素晴らしい。 ![]() ■ ルノワール:8点。お気に入りは、《庭で犬を膝に抱いている少女》。 ![]() ![]() ■ ゴッホ:《雪原で薪を集める人々》・・・1884年の作品。画中の4人の人物など暗い画題のものだが、雪の明るさに救われている。地平線に沈んで行く真赤な太陽。これにもゴッホ特有な派手な光線はない。 ■ ボナール:1点 Ⅲ.20世紀の多彩な表現者たち■ アンリ・ルソー:《工場のある町》 ■ マティス:2点、このうち《白と緑のストライプを着た読書する女性》はなかなかよい。 ■ ルオー:3点。この中では、《バラの髪飾りの女》。フィラデルフィア美術館でも似たような画があった。あるいは混線しているかも。 ■ マルケ:2点ともに例のくすんだ所がなく、気持ちが良い明るい画である。題は《ロルボアーズの風景》と《コンフラン・サント・オノリールの船》。 ■ ブラマンク:5点中花が2点、風景が3点。ちょっと苦手な画家だが、《川辺の舟》には文句がつけられない。 ■ ピカソ:2点あったが、両者ともきれいな画である。《マリー・テレーズの肖像》が美しいのは当然として、ドラ・マールを描いた《帽子をかぶった婦人》も良かった。いつもひどく変形された顔として描かれていたドラ・マールの実像を見た。ピカソの心の中で捻じ曲がった虚像は嫌いだ。 ■ ドンゲン:《坐る少年》・・・存在感のある画。 ■ ミロ:1917年作の《シウラナ村》はミロの初期の作品。これは美術史の上では貴重な画であるが特に好きにはなれない。 ■ ブラック:1点。 ■ カンディンスキー2点。《ゆるやかな変奏曲》はなかなか。 ![]() Ⅳ.エコール・ド・パリ ■ ユトリロ:2点。 ■ シャガール:14点もあり、今回の白眉である。お気に入り多数。《夢》、《逆さの世界のヴァイオリン弾き》、《バラ色の肘掛け椅子》、《天使と恋人たち》、《サンド・シャペル》などなど。 ■ キスリング:《背中を向けた裸婦》はアングル的でこの会場ではちょっと異質。 ■ ビュッフェ:1点 吉野石膏コレクションは全体に柔らかな作品が多く、一種の統一感があった。いかにも一人の日本人が選んで購入した作品群である。フィラデルフィア美術館展にはいくつかの名品が含まれていたが、吉野石膏コレクションにはこれに負けない作品も少なくなかった。 美術散歩 管理人 とら HP < 前のページ次のページ >
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