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今回のナビゲーターはアートディレクターの森本千絵さん。途中で、旧知の国学院大学・池上英洋准教授も登場。
ローマのサンティニャツィオ教会(聖イグナチオ教会)には、大勢の人物が空中に浮かんで見える天井画《聖イグナティウス・デ・ロヨラの栄光》↓がある。これは天井に描かれた精巧な「大だまし絵」で、どこからが建物で、どこからが絵か分からない。17世紀後半の画家アンドレア・ポッツォによるバロック芸術の最高傑作で、「世界初の3D」ともいわれる作品である。 ![]() ![]() ここで、美術史家ルーカ・バルトロッティ氏が登場し、「スパーダ宮」の廊下↓における「視覚のトリック」を説明された。奥行きが20mくらいに見えるのだが、実際には8.8mしかない。入り口から奥に進むにつれ、柱が短くなっているためだという。こういう目を楽しませるのがバロックの特徴とのことである。 ![]() ここで、天井画《聖イグナティウス・デ・ロヨラの栄光》の話にもどる。 第1は「消える天井の謎」である。 ローマ・ラ・サピネンツァ大学図書館には、この画を描いたアンドレア・ポッツォの図面が残っている。建物の平面図・立面図の他に、この画の説明図もしっかりと描かれている。立面図では、実際の建物の上に、架空の建物が乗っているように見えるのだということが説明された。 番組では、石川武さんによって、CGで再現されたが、すぐには納得できなかった。 次に、フィレンツェのガリレオ博物館のフィリッポ・カメロータ副館長を訪ね、ポッツォが遠近法を使っていたこと、さらに平面以外のところに絵を描く方法を習得していたことが紹介された。 第二は、「描き方の謎」である。ここで池上英洋先生が登場。アンドレア・ポッツォの文章の中に「格子」という言葉と「糸」という言葉があることから、描き方の謎を解いている。 すなわち、アンドレア・ポッツォは下絵を描いて、これを2000~3000の格子で分割し、その格子枠を天井に張り付け、次に格子の内部の絵を描いていった。 格子を天井に張り付けるには、番組では格子の影を頼りにしていったのだが、当時はこのような強い光源がないので、長い糸を使って天井に格子を写し取ったのである。 「まさに驚嘆すべき人で、どのぐらいの労力を使ったか分からない」というのが池上先生の感想だった。 ここで、話はアンドレア・ポッツォ(1642-1709年)その人に移る。北イタリアのトレント生れ。10歳でイエズス会の寮に入る。1670年には陰影を伴う《受胎告知》を描いている。 彼の描いたモンドヴィの教会の祭壇画《聖フランシスコ・ザビエル》は立体的に見えるが、これは実際には平板に描かれたものである。またローマ・聖イグナチオ教会のポッツオの廊下では、天井の梁が飛び出して見えてくる。 ポッツォはこのように「曲線の魔術師であり、ポッツオ自身の信仰心が驚きとともに人々に信仰を届けた」というのが上述のガリレオ博物館副館長の言葉だった。 さて第三は「3Dのように飛び出す謎」である。ここでは慶応大学の小木哲朗先生の説明があった。 建物の柱が画の柱と一続きになっており、「視線の誘導」が生じ、建物の柱の先においても脳内の画像(人物など)は建物の柱の延長線上に生じるが、実際の画像はカマボコの凹面に描かれているので、下から見上げると、描かれた人物が落ちてくるように感じるのだということである。納得! さらに、ローマ国立絵画館の美術史家のミケーレ・ディ・モンティ氏は、ポッツォの子の天井画の彩色下絵を紹介し、赤や青といった鮮やかな色は近くに見え、ぼかした色は遠くに見えるという効果もこの画で使われていると説明された。確かに四大陸の女性は鮮やかな色彩で落ちてきそうなのに対して、中央のボカシの入ったキリストは遠くに見える。 ここで、ナビゲーターの森本さんが「光の方向」という新たな観点を見つけた。上述の彩色下絵によると、東からの光にあわせて明暗がつけられていた。「東方からの光」というのは宗教的な象徴でもある。森本さんは、朝9時に再訪し、このことを確認した。確かに柱や人物に朝の光が当たっているのである。森本さんは、「かってないドラマの舞台を見る場所に招かれたようだった」とまとめられた。 大変良い番組だった。固有名詞はメモ書きなので、あるいは間違いがあるかもしれない。指摘していただければ訂正します。 美術散歩 管理人 とら
今年はチョット寒すぎる。こうなると「美術散歩」変じて「美術番組鑑賞」となる。BUNKAMURAの「フェルメールからのラブレター展」は行ってきたが(記事はこちら)、銀座でのフェルメール原寸大デジタル画像展への自分の足がフリーズしている。
というわけで、昨晩の「美の巨人たち」のメモ。 ![]() フェルメールはオランダ黄金期を代表する巨匠だが、資料が少なく、自画像もない。また、現存する作品も30数枚だけ。 ここで「フェルメール愛好会」の副会長と名乗る若者が登場。さらに、「芸術家・写真家・デザイナー・センター銀座」には作品37点の原寸大画像が展示されているというPR。 フェルメールの手紙をモチーフとした作品は多く、6点もある。「フェルメール愛好会副会長」に対する第1の質問: 手紙をモチーフとした作品が多いのはなぜか? フェルメールは、1632年、デルフトで生まれ、亡くなるまで同じ街で過ごし、風俗画を描いた。その日常の中で新たに見つけたモチーフが手紙だった。 17世紀、オランダは7つの海を制覇。世界的な金融、商業の中心地として発展した。その中で近代的な郵便制度が生まれた。手紙の文例集(季節の挨拶文・支払い猶予願い・交際相手への断り文・結婚相手を決めるときの文など)まで販売されていた。ここで《手紙を書く女》のまっすぐな視線、《手紙を書く女と召使い》の封蝋と投げ捨てた手紙と今回の《手紙を読む青衣の女》が相手からの手紙を引き寄せて熱心に読みふける姿が紹介された。 フェルメール愛好会副会長に対する第2の質問:女性が読んでいる手紙の内容は? フェルメールは、画の中にそのヒントをちりばめている。ブランカート博士は、①背景の17世紀北オランダ地図に注目し、愛する人が遠くにいることを表している。②椅子が2脚あり、1脚が閉じられていることから、愛しい人の不在を表していると解説した。 机の上の首飾りはお出かけの準備中だったととを表しているが、女性はそれをそっちのけにして、手紙に読みふけっている。その内容は「嬉しい知らせ」なのだろう。 第3の質問:この女性の服の鮮やかな青の意味は? 女性が着ている服の青は「ラピスラズリ」を原料とした顔料ウルトラマリン・ブルーで、金と同じくらい高価なもの。国立アムステルダム美術館長のローキン氏は「フェルメールには貿易で富を得た顧客がいて、高価なブルーもふんだんに使えた」と話していた。 実際に、手紙をテーマとした6枚の画のうちラピスラズリが使われているのはこの《手紙を読む青衣の女》1枚だけである。フェルメールはこの女性にある人物を重ねあわせていた。 この女性に、目を奪われたのはゴッホだった。ゴッホはこの女性について「とても美しい身重のオランダ婦人」と書き残している。 ローキン氏は、この女性はフェルメールの妻カタリーナとも考えられていると話す。彼女は14人もの子供を身ごもっていた。すなわち、大概妊娠していたともいえる。 フェルメールが妻を青で包んだのは、ラピスラズリが古代より幸福をもたらすといわれていた。フェルメールは我が子を宿した妻、やがて生まれてくる我が子の幸福を願っていた。この静かな画には、愛する家族への想いと祈りが込められている。 そうなるとこの画の高価なラピスラズリのスポンサーあるいは最初の所有者は誰だったのだろうか。今回の放送のように、家族のための画だったとすれば、フェルメールは自分の妻に贈っていたとしてもおかしくないのだが、どうもそういう証拠はないようだ。 BUNKAMURAの展覧会図録には、この画は1663-64年頃に描かれたものであるが、1712年のアムステルダムのPieter van der Lip sale に出ていたらしいということが記載されているのみで、家族が所蔵していたという示唆はない。 一方、「フェルメール展ー光の天才とデルフトの巨匠たち」展のカタログに載っているピ-ター・サットン氏の論説「フェルメールとデルフト・スタイル」を参照すると、《手紙を書く女と召使》の場合には、画家没年の翌年の1676年に画家の寡婦カタリーナが所蔵していたが、パン屋のヘンドリック・ファン・バイテンに600ギルダーという莫大なパン代の借金にあてるために、引き渡されたという。 さらに、この論説では「《絵画芸術》はカタリーナが死にもの狂いで債権者から守ろうとしたが、無駄だった」と書いているが、《手紙を読む青衣の女》の行方については記載がない。 そうなると《手紙を読む青衣の女》は、ローキン氏のいう「貿易で富を得た顧客」の手に渡っていたのではないかという気がしてくる。 もちろんこれによってモデルが妻であるという仮説が否定されるものではないが、この画については、まだまだ研究すべき余地があると思われる。 美術散歩 管理人 とら
今回の展覧会にはフェルメールは3点。↓左から、
・《手紙を書く女と召使い》 1670年頃 @アイルランド・ナショナル・ギャラリー、ダブリン ・《手紙を読む青衣の女》 1663-64年頃 @アムステルダム国立美術館 ・《手紙を書く女》 1665年頃 @ワシントン・ナショナル・ギャラリー ![]() 今回の展覧会は、17世紀オランダ風俗画家の作品なかで、コミュニケーョンをテーマにしたものを集めたものである。外国人がキュレータらしく、フェルメール以外の展示作品には個人蔵のものが多く、ほとんどが初見のものだった。 上記のフェルメール3点を含め合計41点が、4章に分けて展示されていた。作品数が少ないが、これぐらいの方がそれぞれの画を集中して見ることができる。以下にお気に入りを列挙する。 1.人々のやりとりーしぐさ、視線、表情 ・テル・ボルフ《音楽の仲間》個人蔵: ヴィオラ・ダ・ブラッチャを弾く男と歌いながらヴァージナルを弾く女との合奏。家庭内音楽会。モデルも画家の弟と妹。 ・テル・ボルフ《眠る女とワインを飲む女》個人蔵: 若いハンサムな兵士が飲み過ぎて寝てしまい、欲求不満の女性がワインをぐっと空ける。 ・デ・ホーホ《トリック・トラック遊び》アイルランド: 居酒屋で賭けゲームをしている2人の兵士とスコアを付けている女。17世紀オランダでは居酒屋と娼館を区別することは難しいそうだから、この女は多分・・・。 ・ウェイク《宿屋の室内》オランダ文化遺産庁: 赤ん坊連れの夫婦がくつろいでいる宿屋に犬を連れた狩人が入ってきたところ、きたない宿屋ですね。 ・ヤン・ステーン《生徒にお仕置きをする教師》アイルランド :書き殴りの作品を教師に提出して手を木のヘラでたたかれている少年。それを見ている少女たち。 ![]() 2.家族の絆、家族の空間 ・ヤン・ステーン《アントニウスとクレオパトラの宴》個人蔵: クレオパトラが高価な真珠の耳飾りを酢に溶かして飲んでしまった。虚栄は美徳ではないという教訓画だそうだが、巧い歴史画のようだ。 ・デ・ホーホ《中庭にいる女と子供》ワシントン: この画家はこのような中庭の画を少なくとも12点は描いているとのこと。その中でもこの画は良い。 ![]() ・ヤン・ステーン《老人が歌えば若者が笛を吹く》フィラデルフィア: 家族の幸せなパーティ。「若い者は年寄の真似をする」という諺が下敷きになっているとのこと。大笑いしているステーン自身が描きこまれている。 3.手紙を通したコミュニケーション ・フェルメール 上記三点 ・ファン・ミーリス1世《手紙を書く女》アムステルダム: ヤポンス・ロックを身に着けた女性が羽ペンで手紙を書いている。置かれたリュートは愛のシンボル。犬は忠実・献身の象徴。 ![]() ・オホテルフェルト《ラブレター》メトロポリタン: 髪をとかしてもらいながら手紙を読む女性。ここにも犬が・・・。 4.職業上の、あるいは学術的コミュニケーション ・ボル《本を持つ男》個人蔵: レンブラント顔負けの優美な表現の髪や服。 ・ヤン・リーフェンス《机に向かう簿記係》個人蔵: 素晴らしいレンブラント光線。ヒゲや手の静脈は絶品。 ![]() ・ダウ《執筆を妨げられた学者》個人蔵: 学者のキットした顔。そこに当るレンブラント光線。机のうえには沢山の品々。見ているだけで楽しい。 ・ダウ《羽ペンを削る学者》個人蔵: 面白いジイサンの学者。ずり落ちそうな金縁の老眼鏡を鼻にかけて、羽を削っている、こうやって羽ペンを作ったのだ。 美術散歩 管理人 とら
バロックの巨匠カラバッジオは、巧みなキアスクーロ表現と破天荒な生涯で有名である。その作品の数は限られており、フェルメール同様、世界を旅してカラバッジオ巡礼を試みる美術愛好家も少なくない。
2011年12月23日からBUNKAMURAで開かれる「フェルメールからのラブレター展」で、フェルメールの《手紙を書く女と召使い》が出展されるが、これは1690年頃の作品で、現在 アイルランド国立美術館に収蔵されているものである。 時を同じくして、昨日2011年12月9日にBS朝日で放送されたBBS「よみがえった名画の謎~天才画家カラバッジオが描くキリスト」に登場したカラバッジオの《キリストの捕縛》も現在はアイルランド国立美術館に所蔵されているものである。 フェルメール巡礼にせよ、カラバッジオ巡礼にせよ、ダブリンは遠くて、なかなか行きにくい場所である。そのようなダブリンに存在している名画2点の話題が揃って登場してきているのだから日本もまだまだ捨てたものではない。 さて、カラバッジオがローマ時代に描いた《キリストの捕縛》は、200年間、行方不明となっていたのであるが、この作品が1990年にダブリンで発見され、幻の名画として一躍有名になった。今回のTV番組はその発見の物語を解説したもので、きわめて興味深いものだった。 ![]() この作品はカラヴァッジョが描いた宗教画のなかでも、もっとも優れた作品といわれている。主題は「ユダの接吻」である。ユダがローマ兵に「自分が接吻する者こそ、キリスト!」と告げ、ユダの接吻を機にローマ兵がキリストを逮捕する瞬間である。キリストの左には福音者の聖ヨハネ、右にはユダ、ローマ兵が続き、一番右の頭が露わになっている人物はカラヴァッジョ自身である。暗い背景の中、いくつかの光源によって登場人物の表情がきわだたされている。 この画の注文主は、イタリア貴族チリアコ・マッティCiriaco Matteiであるが、1614年の彼の死後、息子のジョヴァンニ・マッティが相続し、1623年のジョヴァンニの遺言では甥のパオロ・マッティに遺贈されている。以前にはこの画は有名だったらしく、沢山の複製画が作られている。 パオロには息子がいなかったため、6枚の画がマッティ家から売りにだされた。しかし、その目録では、この画はオランダ人画家ホントホルストの《キリストの捕縛》になってしまっていた。 1802年に、イタリア旅行に出かけたスコットランド貴族のニスベットWilliam Hamilton Nisbetがマッティ家からこの画をホントホルストの作品として購入し、1920年代までニスベット家の邸宅の食堂に飾られていた。 1921年に、コンスタンスMary Georgina Constance Nisbet Hamilton Ogilvyが亡くなり、ニスベット家直系が絶えた際、スコットランド国立美術館に寄付される可能性もあったのだが、結局この美術館は引き取らなかった。残念なことをしたものだ。 結局、この画はホントホルストの作品としてオークションにかけられ、画廊経営者ジョン・ケンプ・リチャードソンが落札した。 一方、1920年、アイルランドの警官リリア・ウィルソンが恨みを買って殺されるという事件が起こった。妻の小児科医マリーが、夫の追悼のため教会にステンドグラスを寄贈しようとしたが、当時有名なステンドグラス職人がたまたまスコットランドに出かけていたので、マリーはスコットランドに行き、そこでこの《キリストの捕縛》に遭遇した。マリーはこれを購入して、ダブリンに持ち帰り、1930年に、イエズス会修道院に寄贈した。 その後、この画はずっとイエズス会の修道院の宿舎の食堂に飾られていた。この頃にはこの作品はホントホルスト自身の作品ではなく、その複製と認識されていた。 1990年、たまたまこの画の修復依頼を受けたアイルランド国立美術館の絵画修復士セルジオ・ベネデッティSergio Benedettiは、その直感で、本当の作者がカラバッジオであると考えた。 この作品がカラバッジオの真作であることを証明するため、ロンドンのナショナルギャラリーに持ち込まれた。そこで最新の技術を駆使し、カラバッジオの特徴と照合するために絵の具や筆使いを科学的に徹底して調べあげた。その結果は、これはカラバッジオの真作であることが確認された。 その後、この画はアイルランド国立美術館に無料で貸し出され、展示されている。一度実物を拝見したいものである。 参考 ・よみがえった名画の謎~天才画家カラバッジオが描くキリスト ・Caravaggio's Taking of Christ by FrancescaCappelletti ・Mythomorph: Beyond the Lost Caravaggio 美術散歩 管理人 とら
残念ながらブタペストの美術散歩は未経験であるが、国内でブタペスト美術館やハンガリー・ナショナル・ギャラリーの作品は相当に見ており、HPやブログに記事も書いている。
1.19世紀ヨーロッパ・ハンガリー絵画展: Bunkamura 2.ヨーロッパ風景画の流れ:ハンガリーブタペスト美術館展: 横浜そごう美術館 3.ブタペスト美術館所蔵ルネサンスの絵画: 東武美術館 4.The ハプスブルク: 国立新美術館 8月31日のBS朝日「世界の名画―美の殿堂」で「ブタペスト国立西洋美術館&ハンガリー国立美術館」を観たが、大部分は以前に見たものだった。 しかし驚いたのはブタペストにウィーンとそっくりの8歳の《王女マルガリータ》が存在していたことである。 マドリードの王女マルガリータの3歳・5歳・8歳ごろのお見合い絵画がベラスケスによって描かれ、フィアンセのいるウィーンに送られていることはよく知られた事実であり、それぞれ「ばら色の」、「白色の」、「青色の」↓服装をまとった素晴らしい作品である。 ![]() ![]() 後者は、ベラスケスの娘婿のマーソ(Juan Bautista Martinez Del Mazo)が描いたものとのことであるが、青い作品がベラスケスの死の前年であったことを考えると、緑の作品はそのバックアップだったのだろうか。 この辺の詳しい説明はなかったが、この番組は9月28日(水)9:00に再放送の予定となっているので興味のある方はどーぞ。 なお9歳の「紅色の服装をまとった王女マルガリータ」↓は確実に妹婿マーソによるものとされ、現在プラド美術館で見ることができる。 ![]() 美術散歩 管理人 とら
今回のような地震・津波・原発破損という大災害が起ると、世の中全体が暗くなり、自分の行動も控えめになる。しかしそれでは日本経済が先細りになってしまう。大分暖かくなってきたので、家内と一緒に上野に出かけた。
![]() ![]() ![]() ![]() 今回の展覧会は、①黒い版画、②淡い色の紙、③明暗法(キアロスクーロ)、④版製作(ステート)の4部構成。 総じていえばレンブラントの画面の明暗法の探求過程を明らかにするという意欲的なもの。サブタイトルの「天才が極めた明暗表現」はこのことの直接的な表現である。 説明の文章が難解だったが、重ねられた版(ステート)や用いられた紙の選択を通じて、レンブラントの光と闇の表現に関する努力の跡を直接目にすることができた。 展示リストは、画家名、作品名、製作年、所蔵先だけという単純なもので、不親切の極みである。 版画・素描・油彩の区別すらなく、ましてエングレーヴィング・ドライポイント・エッチング・アクアチントといった製作法、紙の種類、ステートなどについてはまったく触れられていない。 特に、第4部の《3本の十字架》(合計4ステート)は、ルーヴル(ヴェラム)、大英博物館、アムステルダム国立美術館(和紙)、レンブラントハイスの4箇所、《エッケ・ホモ》(合計8ステート)は大英博物館(和紙)、メトロポリタン美術館(和紙)、ボイマンス(ヴェラム)、アムステルダム国立美術館、レンブラントハイスの5箇所から来ているのに、同じ作者名・同じ題名・同じ製作年を並べ、異なるのは所蔵館名だけという鈍感な展示リストは噴飯物である。 (註:今回の展示のヴェラム版《3本の十字架》↓は、ルーブル蔵のもので、アムスからは和紙版が出ています。) ![]() ![]() ![]() ![]() 油彩画では、ルーヴルから来た美しい《ヘンドリッキェ・ストッフェルス》↓。これが高級娼婦というのは本当なのだろうか。 ![]() ![]() ![]() 特に、前者については《羽根付き帽子をかぶる自画像》、《羊飼いへのお告げ》(ポスター↑中央)、《ユダヤの花嫁》、《3本の木》、《エジプト逃避》、《オンファル》(ポスター↑左)、《ヤン・アセレイン》、《ヤン・シックス》↓、《病人たちを癒すキリスト》、《イタリア風景の中の聖ヒエロニムス》(ポスター↑右)、《パンケーキを焼く女》、《レンブラントの母》、《サスキアを伴う自画像》、《モデルを描く芸術家》、《松明に照らされる十字架降下》や上述の《3本の十字架》、《エッケ・ホモ》との再見を楽しんだ。 ![]() ステートによってこんなに白黒の色調が異なるということは今回のように並べて展示してもらうとよく分かる。刷りの差は紙の差にも関係があるのだろうが、色調の違いは明瞭である。 17世紀当時、和紙を使用した版が好まれたとのことであるが、淡い茶色が基調の紙に残っている白黒のコントラストが非常に強く、それでいて全体の感じは柔らかである。しかし暗い部分における詳細が見えにくいという感じは否めない。 一方、西洋紙を使用されたものでは、暗い部分でもモチーフの詳細を読み取ることができるが、明暗の差が少ないため平板に感じられ、芸術性はやや劣る。オートミール紙は濃淡については両者の中間のようだが、なんとなくざらついて見える。ヴェラムを使ったものではこのようなザラツキ感はなかった。 レンブラント没後の「後刷り」も出ていたが、日本の浮世絵の「後摺り」との違いが興味深かった。これについては、作者と版元の違いなど考えてみることは多いのだろう。 美術散歩 管理人 とら
以下、展覧会の章立てにしたがって、お気に入りメモを残しておく。小品が多いので双眼鏡は必須。フェルメール《地理学者》については別記。
歴史画と寓意画 ・ルーラント・サーフェレイ《音楽で動物を魅了するオルフェウス》: 多くの動物の中に、オルフェウスを探すような小品。 ・ヤン・ブリューゲル(子)《楽園でのエヴァの創造》: アダムの右肋骨からエヴァが誕生する瞬間をえがいた珍しい作品。創世記における天地創造6日目のエピソード。ゼウスの頭の周囲の金粉が美しい。 ![]() ・ルーベンスとヤン・ブックホルスト《竪琴を弾くダヴィテ王》: ルーベンスは人物の顔を描いただけ。竪琴を引く姿は後から追加したもの。 ![]() この画は2002年、京博の「大レンブラント展」で見ている。その時にシュテーデルから来ていた《目を潰されるサムソン》は今回は来ていないが、これはロンドンのナショナルギャラリーでも見たのでマアよしとする。 ![]() ・バルトロメウス・ブレーンベルフ《聖ラウレンティウスの殉教》: 火焙りにされる聖ラウレンティウスの姿。西洋画は怖い。 肖像画 ・コルネリス・ド・フォス《画家の娘》: 無邪気。 ・フェルナント・ボル《若き男の肖像》: 滑らかなタッチ。 ・レンブラント《マールトヘン・ファン・ビルダーベークの肖像》: フードや襟が美しく描かれている。これも2002年、京都で見た。 ・ヨハネス・フェルスブロンク《椅子に坐る女性の肖像》: お気に入り。 ・フランス・ハルス《男の肖像》・《女の肖像》: 男性の顔には迫力。 ・バーレント・ファブリティウス《自画像》: 有名なカーレルの弟。憎めない顔つき。 ・ニコラース・マース《黒い服の女性の肖像》: お気に入り。 風俗画と室内画 ・フェルメール《地理学者》: 今回の目玉作品。別記事とした。 ・ヘラルド・テル・ボルヒ《ワイングラスを持つ婦人》: 手紙を読みながら一人酒。 ![]() ![]() ・アドリアーン・ブラウエル《背中の手術》・《苦い飲み物》: 前者では双眼鏡でメスまで見える細密描写。後者では、男の顔つきが素晴らしい。 静物画 ・ヤン・ブリューゲル(父)の工房《ガラスの花瓶に生けた花》: 美しい花。 ![]() ・ヤーコブ・フォッペンス・ファン・エス》調理台の上の魚》: 幅広い画面に魚が一杯。広告だろうか。 ・ヤン・ドヘーム《果物・パイ・杯のある静物》: 典型的な静物画。 ・ヤン・ウェーニックス《死んだ野兎と鳥のある静物》: 手前が強調された広重流の画。 地誌と風景画 ・ヤン・ブリューゲル《人物のいる森の風景》: 双眼鏡が必要。 ・ルーカス・ファン・ファルケンボルヒ《凍ったスヘルデ川とアントワープの景観》: 向うには船、手前には氷の上で遊ぶ人々。その間で落ちないか心配になる。 ![]() ・アールベルト・カイプ《牧草地の羊の群れ》: 金色の色彩が加わった美しい画。イタリアの影響とのこと。 ・アラールト・ファン・エーフェルディンゲン《滝のある風景》: 得意のスカンジナビアの滝。 ・ヤーコブ・ファン・ロイスダール《滝のある風景と接近する嵐》・《雪を被った木々のある冬の風景》・《滝のあるノルウェーの風景》・《街灯のあるハールレムの冬》・《2羽の白鳥のいる森の湖》: この有名画家の作品が5点も出ていた。 ![]() ![]() ・ヘンドリク・ファン・フリート《デルフト旧教会の内部》: 犬や子どもが遊んでいる。以前にこの中での宴会に参加したことを思い出した。 ・アールト・ファン・デル・ネール《漁船のある夜の運河》・《月明かりに照らされた船のある川》: 夜景が綺麗ですね。 ![]() 美術散歩 管理人 とら 追 記: シュテーデル美術館では、現在「14世紀~21世紀所蔵絵画年代展」が開かれている。こちらも見たいものです。
フランクフルトのフェルメール《地理学者》が、11年ぶりに日本にやってきた。シュテーデル美術館が工事中のためとのこと。前回は2000年、大阪市立美術館で、《聖プラクセデス》、《青いターバンの少女》、《リュートを調弦する女》、《天秤を持つ女》とともに展示された「フェルルメールとその時代展」だから、今回は「東京初上陸」。
![]() 収納棚の上の地球儀(A)、窓の中柱には天体の仰角測定用の直角器らしきもの(B)も見えている。 ![]() ![]() ![]() ![]() 確かにアムステルダム国立美術館にあるヤン・フェルコリエ(1650-1693)の《レーヴェンフックの肖像 1693年》の机には地球儀(A)が置かれており、手にはディヴァイダー(B)を持っている。 ![]() ![]() 展覧会のその他の作品についは続報に書くこととする。 美術散歩 管理人 とら
ルーブル美術館展は何回も見ているが、今回は「17世紀ヨーロッパ絵画」というククリである。この世紀はバロック絵画。伊:カラッチ・カラヴァッジョ、西:ベラスケス、フランドル:ルーベンス・ダイク、蘭:レンブラント・フェルメール・ハルス・ロイスダール、仏:プッサン・ロランといったところがすぐに思い浮かぶが、地理的な範囲が広すぎて散漫な展覧会となる懸念もあると考えていた。
![]() ![]() しかし、日頃ブログなどでお世話になっているmerionさんがこの展覧会の初日にオフ会を開かれることを知って、これに参加することにした。 早めに西美に着いてみると、「古典主義時代の変革ー新しい「黄金の世紀」のために」という講演会があることを知った。先着145名で、12時から入場券配布とのことなので、諦め気味にインフォメーション・デスクで尋ねたら、13時30分なのにまだ75番目の入場券を手に入れることができた。早めに出された立派なフライヤーにこの講演会のお知らせが載っていなかったせいなのだろう。ラッキー! 講演会までの30分を利用して、1階の展示(第Ⅰ章と第Ⅱ章)を早足で見てみた。初日なのに結構混んでいるが、観られないほどということはない。ただ小さな画が少なくないので、持参した双眼鏡が大活躍。 チラシ↑のフェルメール《レースを編む女》とレンブラント《縁なし帽を被り、金の鎖を付けた自画像》以外にも、笑いの画家ハルスの《リュートを持つ道化師》↓などお気に入りが沢山ある。 ![]() ![]() ![]() スライドで出ている演題名は、Les Revolution de l'age classique - un nouveau Siecle dor? ・はじめに: 展示はあえて年代順や国別にせず、今回の展覧会へのアプローチを中心に考えて構成した。17世紀は「黄金の世紀」といわれるが、これはこの時期に芸術や科学が頂点に達したこと、すなわち欧州文化が完成したことを意味しているが、さらにこの時期には国王すなわち王制の勝利によってある種の均衡が生れている。 今回展示されている有名作品としては、プッサンの《川から救われるモーゼ》、ベラスケスの《王女マルガリータ》、ルーベンスが消えていく雲の上の愛の幻影を描いた《ユノに欺かれるイクシオン》↓、ダイクが描いたイギリスに亡命中の《プファルツ選定侯の息子たち》などがあげられる。 ![]() まず最初に出てきたのは、日本人Kiyoshi Ito教授(1915-2008)の写真↓である。彼は確率計算の祖といわれる数学者であるが、現在における科学の独立性の象徴としてスライドにされたようである。 ![]() ・第Ⅰ部 「黄金の世紀」とその陰の領域: 17世紀のヨーロッパの地図を見ると、ドイツという国はなく、イタリアも小国に分かれている。すなわちヨーロッパは細分化されている。 ![]() ベイクヘルデの《アムステルダム新市庁舎のあるダム広場》は、経済の飛躍的増大を印象付けており、ボスハールトの《風景の見える石のアーチの中に置かれた花束》↓は、詩情豊な画であるが、お金持ち相手の画で、チューリップ・バブルのメタファーとなっている。 ![]() ![]() ![]() ![]() しかしながら画を売るためには、このような現実の影の部分もフィルターをかけて描かれていることに注意しなければならない。ビリャビセンシオの《ムール貝を食べる少年たち》も不快な感じを与えないように配慮され、オスターデの《窓辺の酒飲み》もピエロのように描いて、市場に受け入れられるようにしている。このように、実際の貧富の格差は17世紀絵画でははっきりとは分からないのである。 ・第Ⅱ部 旅行と「科学革命」: ヨーロッパの外への進出は、侵略という形で進められた。ルーベンスの《トロイアを逃れる人々を導くアイアネス》は、ギリシャ神話をもとにしており、トロイアの火事から、船で逃れようとしている人々を描いている。この画はローマで制作されたもので、地中海的な作品である。しかし、デ・ウィッテの世界地図↓をみると、ヨーロッパを中心に描かず、これから征服すべきところが沢山残っていることを示している。 ![]() エキゾチズムという観点からは、オランダ人ポストの《ブラジル、パライーバ川沿いの住居》は、初めて新大陸が描かれた絵画であり、エーフェルディンゲンの《山岳地帯の川、スカンジナヴィアの景観》は、山のない国で育ったこの画家のスウェーデンという比較的近い地域に対するエキゾチズム的感情が底辺にあると捉えることができる。 作品自体が旅をする例としては、ベラスケスの《王女マルガリータの肖像》↓が挙げられる。これはフランス宮廷からスペインに注文されたものである。 ![]() ![]() 一方、バクハイセンの《アムステルダム港》は、国家権力が支配した港を描いており、ロランが描いた情感豊なな港の景色の対極をなすものである。 コールテの《5つの貝殻》は、南洋から持ち帰った貝殻を写実的に描いており、フランドルのピーテル・ブールの描いた《一瘤ラクダの習作》も珍しい動物であるが、実際、動物園ができたのはルイ14世の時代だったのである。 モーラの《弓を持つ東方の戦士(バルバリア海賊)》↓は、オスマン帝国の兵士であるが、この時代に「千夜一夜物語」や「コーラン」の翻訳がなされており、言語学的にもヨーロッパの多様性が確立されつつあった。 ![]() ![]() フォッスの《プロセルピーナの掠奪》では、友人がひきとめようとしているにもかかわらず、戦車に乗せられたプロセルピーナが地球の割れ目に連れ去られようとしている。 ドロストの《パテシバ》には紙が描かれているが、BC1000年には紙がないので、ほんとうは粘土板に楔形文字とするべきところである。したがって、これは聖書の物語を解釈して描いたものである。ヨルダーンスの《4人の福音書記者》↓には、マタイ・マルlコ・ルカ・ヨハネが覗きこんでいる本が描かれているが、これもその時代には存在していないものである。 ![]() ![]() ライスダールの《嵐》には、大航海に必要だった海洋地理学とこの世における人類の位置づけを意識させる精神性の二面を有している。 ヤン・ブリューゲルの《火》は錬金術を描いているが、ニュートンが錬金術師であったことを考えると、科学と知識の分割法が現在のものとは違うことに注意しなければならない。 「現在、二つの文化は対話していない」というのは、イギリス人物理学者兼小説家であるスライド↓のPercy Lord Charles Percy Snow(1905-1980)の言葉である。17世紀においては、芸術と科学という二つの文化は対立していなかった。この展覧会では、芸術と科学の対話を描いた作品を積極的に選んで展示したのである。 ![]() 第Ⅲ章のお気に入りとしては、キリストの指が透けて見えるジョルジュ・ド・ラトゥールの《大工ヨセフ》↓、そしてカルロ・ドルチの《受胎告知 天使》と《受胎告知 聖母》↓↓は外せない。 ![]() ![]() グェルチーノの《ペテロの涙》↓がオオトリとなっていた。 ![]() 美術散歩 管理人 とら ![]() 今回は、前回使えなかったAR(拡張現実、オーギュメンテッド・リアリティ)を使用できたので、以下にそれに沿ったご案内を・・・。 まずスタート地点に立つ。大きくて、ひどく重い携帯端末を首に掛ける。この前面にはレンズが付いていて、背面の画面でその画像を見ることができる。この端末は電磁波を感知し、説明を骨導イヤフォーンで伝えるという従来からの機能も兼ね備えている。 ![]() 1.展示室での絵画鑑賞: 正面にファン・ホーホストラーテン《部屋履き》が一枚、淋しそうに掛っている。この画は、1993年に横浜美術館で開かれた「ルーヴル美術館200年展」で初めて観た。その後パリでも見たので、今回は3回目。これは、オランダの黄金時代である1650年代または1660年代初めに、ドルトレヒトにおいて制作した風俗画である。この画には、人物が一人も描かれていない。しかし何となく人のいる気配がする。一体どういう情景なのかが気になる。 いくつもの部屋が描かれている。一番手前は左手の大きな戸を開いて入った空間。床は赤と黒の菱形模様。次の間とのあいだの壁には、大きな布が掛っており、長い箒が立てかけられている。壁の下部にはデルフトタイルの装飾。光は右手から差してきている。 次の空間の床は赤い長方形。楕円形の藁のマットの上には、サンダルのようなものが乱暴に脱ぎ捨ててある。ここには強い光が右手から射してくる。 奥の部屋の入口の扉は室内に向かって開かれており、鍵束のなかの一本の鍵がこの扉に差したままになっている。床は黒と白の菱形。向こうの壁がやけに明るい。そこには画中画、椅子、鏡。黄色のテーブルクロスをかけたテーブルにはローソクをのせた燭台と本が置かれている。本の向こうの黒いものは何だろうか。 画中画にこの画のテーマが隠されているようである。後ろを向いた女性は銀色のドレスを身に付け、女中が待機している。その向こうには赤い天蓋つきのベッド。天蓋の一部は開いているが、その中の様子は分からない。ベッドの手前には同じ色の椅子があるが、その上には何も載っていない。 このようなベッドのある画としては、先日のフェルメール展に出ていたデ・ヴィッテの《ヴァージナルを弾く女のいる室内》が思い出された。その画では天蓋付きベッドの中に男性の姿が描かれていた。 ![]() 展示室を出て、ガイド・バーコード②および③に導かれて、シアターに入った。 そこでは17世紀オランダの政治情勢、経済状態、宗教の問題、当時の絵画、風俗画の説明などが大画面の高解像度の映像で示されていた。しかし内容はきわめて初歩的であり、多くの人にとってはまったくの時間の無駄である。ハードが良くてもソフトがダメなら失格。 3.絵の中に入る: この部屋に入るのに、ガイド・バーコードのお世話になったような気がしない。さだめし見逃していたのだろう。 ここでは、自分が前に出て画面に近づくと、画面が変化して、その位置から室内を見たようになり、後ろに戻ると画も戻ってくる。そして面白いのは、両脇にあるはずの、空間の存在を窓などで具体的に示してくる。観客の立つ位置が電磁的に認識され、それによって何段階かに変換した画像を見せるようになっているのだろう。 4.画家の技術を体験する: ガイド・バーコード④にしたがって、ディスプレイ付きの机の前に腰をかけた。ここは、画家の技術の一部を体感できるとても面白い場所である。実際には、光と影、空間構成、視線の動きなどについて、タッチパネルを操作しながら詳しい説明を聞くことができる。途中で、カメラを操作して撮影するようになっていたが、これは自由な画面の撮影ではなく、あらかじめ設定されている画像のどれを選択するかという情報を磁気カードに落とし込んでいくだけのもののようであった。カメラ・マークが付いていたが、これは操作する者が実際に写真撮影しているという錯覚を起こさせるためのものなのだろう。 わたしの落とした画像は3枚。遠近法の消失線↓。 ![]() ![]() 光と影の説明図↓ ![]() ![]() 視線の動きの図↓ ![]() ![]() この作品は、フランス美術館修復研究所で赤外線、紫外線、X線といった光学的調査を受けている。それによって、鍵や奥の部屋のタイルが描かれた絵の具の層の下に、構図を描いた筆の跡があること、作品のサイズが変えられていたこと、一時期、カンヴァスが折り曲げられていたことが判明したとのことである。この作品が少女や犬などの加筆がなされたことは以前から知られていたが、所々、他の部分に比べてニスがくすんでいることから、描き加えられた要素が取り除かれたことが確認されたということであった。 5.作品の意味を考える: 今度はガイド・バーコード⑤に従ってというよりは、そのすぐそばにある小部屋に入った。ここでは、小さな画面から画中に描かれたものを選んで、その意味の説明を大きな画面と端末の音声で受けるのである。 鍵は、「忠節」の擬人の持物であり、構図の中心の鍵は、道徳的観念に関連付けられている。 部屋履きは女性用の木靴で、脱ぎ捨てられた靴は、女性が家事を投げ出して、たわいのない事や、あまり道徳的とはいえない行為に気を取られていることを暗示している。 本は、書名も内容も不明とのこと。 鏡は、豊かな中流階層の室内を装飾する品物であるが、画中の鏡は空間や遠近法、さらには視覚効果を表現する役割も担っているとの説明だったが良く分からなかった。 箒は、家庭の清潔さを象徴し、理想化された、女性の徳という観念と結びついているが、この画では箒は部屋の陰になったところに打ち棄てられている。 消えたろうそくは、虚栄の象徴で、空虚あるいは不道徳な行為を戒めたもの。 画中画は、テル・ボルフの作品の改作であるカスパル・ネッチェルの絵を再現しているものとのことである。テル・ボルフの《父の訓戒》↓は、タイトルとは違って、左から売春婦、遣り手女、客を描いており、売春婦の後姿はホーホストラーテンの画中画の女とソックリであり、人物の後には天蓋付きの赤いベッドも見える。端末の説明では「恋愛の暗示、男女の愛の語らい、あるいは売春の仲介人の登場するシーンなどを意味している」とのことであるが、これが売春の仲介の場面であることは明らかである。 ![]() 6.上塗り修正:この作品には、犬を、次には少女を、最後にはデ・ホーホの署名や制作年まで描き加えられたとのこと。少女、制作年、そしてデ・ホーホのイニシャルは19世紀末に消され、犬は、1932-33年にこの作品がルーヴルのコレクションに加えられた際に消されたという説明だった。 7.画家と出会う: ガイド・バーコード⑥に従って、最後の小部屋へ。そこには、ホーホストラーテンの遠近箱、騙し画、著書の実物と観客が操作できるディスプレイが並んでいた。後で聞くと、ガイド・バーコードは9ヶ所に設置されていたとのことである。観客がどの程度発見するかをテストするため、あらかじめ教えておかないとのことらしい。無断でモルモットにされているようである。 この小部屋を出ると、端末が電磁波に反応したらしく、自然に「画家と出会う」の大きな画面の前の椅子に座ることになる。2時間もたっているので坐ってもよい頃である。 ホーホストラーテンはドルトレヒト生れ。父親は金銀細工師で画家。父親から絵の手ほどきを受けた後、15歳頃にアムステルダムのレンブラントの下で修行を受けた。当時の兄弟弟子にはファブリティウスやボルがいた。数年後ドルトレヒトへ戻ったが、その後ウィーンの宮廷画家となった。いったんドルトレヒトへ戻ったが、その後ロンドンの宮廷画家になった。 晩年、彼は絵画理論に関する大著、「絵画芸術の高等画派入門」をまとめ、遠近法、作画法、空間の表現法について詳述した。だまし絵や遠近箱の制作、物の配置や形の描写、物の周りにただよう空気感などに関する綿密な研究を通じて、彼自身がレンブラントを超えた新しい芸術の創始者となったのである。 美術散歩 管理人 とら < 前のページ次のページ >
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