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Takさんのお世話で標記の展覧会のブロガー内覧会に参加した。ブリヂストン美術館でこのような会が開かれるのは初めてとのことであるが、素晴らしい企画だったと思う。島田館長以下、沢山の館員の方が遅くまでブロガーたちにつき合っていただき、ブロガーが美術館関係者とface-to-faceで話をすることができたことが一番良かったと思う。両者にとって実り多い時間だったのではなかろうか。
まず講義室で、今回の展覧会の目的や構成についてのプレゼンテーションを受けた。ブリヂストン財団の東京と久留米の二つの美術館のスターが勢ぞろいし、テーマ別に展示したとのこと。 以下、会場の見て歩き。【自画像】の部屋では、マネ、セザンヌ、藤島武二、青木繁、坂本繁二郎、中村彝、小出楢重、古賀春江などおなじみの顔が勢ぞろい。マイベストは青木繁だが、会場でアンケートをとったら面白いのではなかろうか。 【肖像画】の部屋は、【ヌード】の部屋と一緒。どうしても後者の方に目が行ってしまうのは凡人の常。とくに、和田英作の《チューリップ》と岡田三郎助の《水浴の前》のコーナーは見事↓。 ![]() 【モデル】の部屋は、コロー、黒田清輝、藤島武二、マティス、坂本繁二郎の名作の競演。 【レジャー】の部屋では、いくつか初見の作品があった。とくに興味をそそられたのは、ロートレックの《サーカスの舞台裏》↓。観客のいない場所での馬と道化師たちの親密な世界をこのようにヴィヴィッドに描くのは、ロートレックの真骨頂だろう。 ![]() ここで、お目当ての【新収蔵作品室】に入る。まずは、カイユボットの《ピアノを弾く若い男》↓。 ![]() そこで、Wikipediaを検索すると、マルモンテル(Marmontel, Antoine François 1816~1898)はパリ音楽院教授として鍵盤楽器を担当。有能で想像力豊かな教師として名を揚げた。多くの門弟のうち、特筆すべき存在として、ジョルジュ・ビゼーやクロード・ドビュッシーがいる。作曲家としては、夜想曲やロマンスなどの小品に加えて、200以上の教育作品を残したとのこと。したがって、カイユボットの弟が弾いているのは、こういった曲の一つだったのだろう。 カイユボット(1848年8月19日 - 1894年2月21日)は印象派のスポンサーとして有名であるが、彼自身の画も素晴らしい。あまり長生きしなかったこともあって、彼の全作品数はそれほど多くないようである。彼が遺した作品を国に寄贈しようとしたが、当時それほど有名でなかった印象派の作品を受け取ることに時間がかかったことも有名な話である。 私自身印象深かったのは、シカゴ美術館のギャラリー正面に、カイユボットの《パリの通り、雨》が、ドーンと飾られていたことである(その時のHP記事はこちら)。今回、ブリヂストン美術館が入手された《ピアノを弾く若い男》も超有名で、Wikipediaにも画像が載っている。この作品を、いち早く見られて本当に良かった。是非早めにご覧になることをお勧めする。 もう一つの新収蔵作品は、岡鹿之助の《セーヌ河畔》である。そういえば、ブリヂストン美術館で、この画家の回顧展がしばらく前にありましたね(記事はこちら)。今回の作品は、一見すると、アンリ・ルソーの素朴画のようである。見る側も無心に受け止めることができる好作品である。ちょうどこの画の前で、旧知のブロガーの女性2名に遭遇して、一緒に観賞した↓。もちろん、ちょっとおしゃべりもした。 ![]() ![]() 【川】の部屋の出口の隅に、佐伯祐三の《テラスの広告》が淋しそうにしていたので、思わず写真を撮った↓。テーマの【川】とは無関係なのに、なぜここに展示されていたのであろう。佐伯祐三がここでも異邦人のように扱われていたとは思いたくないが・・・。 ![]() 自宅に帰って、1991年2月刊行の「ブリヂストン美術館 名作選」(↓左;これを1991年9月22日に買った時には7000円の大金をはたいた)と2004年4月刊行の「読む石橋美術館」(↓右)を引っ張り出して、今回の出品リストと比較してみた。 ![]() 一方、【現代美術】室の14点は、いずれも上記のカタログには載っていなかった。差し当たり、美術館のDBにリンクさせていただくが(96, 97, 98, 99, 100, 101, 102, 103, 104, 105, 106, 107, 108, 109)、これは美術館の都合で、いつでもリンク切れになる。今回の展覧会にあわせて図録も作られたようなので、機会があれば見てみたい。 島田紀夫館長と親しくお話をすることができた。 ブロガーと美術館の関係についての考え方について、非常に前向きな意見交換ができたように思う。自分がこの美術館に孫と一緒に「マティスの時代」を見に来たこと(記事はこちら)などもお話したが、子供の重要性については意見が完全に一致した。 このような機会を設けていただいた島田館長をはじめとする美術館関係者ならびにモデレーターのTakさんに厚くお礼を申し上げる。 なお、会場内での撮影は、美術館の許可を得たものです。 美術散歩 管理人 とら
春分の日。昨日から府中に行こうか上野に行こうか迷っていたが、朝になってやっと上野に決めた。今日は「ボストン美術館 日本の至宝展」の初日である。開館前から大勢の人が待っている。500~1000人といったところだろうか。
![]() ![]() 平成館から本館に移って、18室の【黒田清輝-作品に見る「憩い」の情景】を見たが、これがなかなか良かった。出展リストはこちら。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 美術散歩 管理人 とら
東日本大震災から1周年。近美に行く途中の国立劇場付近にはお巡りさんがいっぱい。心臓手術から間もない天皇陛下が出席される追悼式の会場だから当然の警備である。
ポロック展を見終わってから近美の所蔵作品展を見て回った。近美ではこの1年の間、所蔵作品展において「特集 東北を思う」シリーズを継続して行っているが、これも5月までの今期で終了とのことである。 今期の「特集 東北を思う」は、1970年代以降の作品を展示している2階が中心とのことでだったが、4階や3階にも東北関連の作品が沢山出ていた。以下、今回注目した作品を列挙する。 4F: ・今村紫紅《絵巻物模写 伴大納言絵巻(其一)》 ・尾竹国観《油断》 ・川端龍子《慈悲光礼讃(朝・夕)》 ・辻永《椿と仔山羊》: 「渋谷ユートピア」展で覚えた辻永のヤギがここにいたのだ。 ![]() ![]() 織田一磨、川瀬巴水、古賀春江、小山良修、林武、向井潤吉、安井曽太郎らのダリアの花が一堂に会している。その中の第2位は川瀬巴水↓、第1位は向井淳吉↓↓。 ![]() ![]() ・川瀬巴水《旅みやげ 第一集》 ・前田青邨《石棺》 ・棟方志功《二菩薩釈迦十大弟子》 ・海老原喜之助《殉教者》:エビハラ・ブルーの画家のその後の作品。沢山の矢が刺さった殉教者はもちろん聖セバスティアヌス。熊本市の小峯墓地には忠霊塔を「殉教者(サン・セバスチャン)」のブロンズ・レリーフが残っているようだ。 ![]() ![]() 小磯良平《ビルマ独立式典図》には、大東亜戦争を正当化する意図が隠されているようだ。1943年8月1日の独立式典の意義については、こちらを参照されたい。アウンサンスーチーさんのお父さんのアウン・サンのビルマ独立時における活躍やミャンマーの人々の日本人に対する感情については、日本人は記憶にとどめておかねばならない。その意味で、この小磯の画は歴史的な価値があると思う。 ![]() 今年、東京国立近代美術館は創立60年を迎えるという。この絶好の機会に、東京国立近代美術館が「米国からの永久貸与」として、所蔵しながら、数点ずつしか展示してこなかった「戦争画」を一括展示する「戦争画展」を開催していただきたいと思う。 東日本大震災の記憶ですら風化しつつある。まして第二次世界大戦を記憶にとどめる世代の数は年々減少している。あの戦争の悲劇の記憶をこれ以上風化させないためには、この戦争画の一括公開がもっともよい手段となる。この際、現在のような「消極的隠蔽」を停止するだけの理性が必要であり、それは歴史に対する責任でもある。 ・ピカソ《ラ・ガループの海水浴場》:複雑な構成と美しいマリンブルー。本日の特別展のポロックはピカソを乗り越えることを最大の目標としていたらしいが、これではとても無理である。 ![]() 「特集 東北を思う」では、米国同時多発テロ事件後のNYでの相反する感情を描いた大岩オスカールの《ガーデニング(マンハッタン)》、再生のシンボルの桜を描いた児玉靖枝の《ambient light ― sakura》、嘆き哀しむ人々の表情をスローモーションで捉えたビル・ヴィオラのヴィデオ・インスタレーション《追憶の五重奏(The Quintet of Remembrance)》、瞽女(ごぜ)らしき女性を描いた斎藤真一の《おみかの悲しみ》(参照:斉藤真一《星になったごぜ》)が目立っていた。 ★「原弘と東京国立近代美術館 デザインワークを通して見えてくるもの」展 ポスターや装幀などのデザインワークにこれほどの作品を残した方がおられたのをはじめて知った。本当に「継続は力なり」である。 美術館の出口で時計を見ると、ちょうど14時46分だった。一人でしばらく黙祷した。 美術散歩 管理人 とら
2012年1月31日の横浜美術館コレクション展(愛称:ヨココレ)も盛り沢山。いくつかメモを残しておく。
1.横浜開港から昭和までの洋画 チャールズ・ワーグマン《室内》・《御茶漬屋》・《舟遊び》・《日傘の女》・《座る婦人》、その弟子の五姓田義松《細川護成像》や高橋由一《愛宕山より品川沖を望む》、義松の妹の渡辺幽香《幼児図》・《銅・石版画集『大日本風俗漫画』》、彼女の夫の渡辺文三郎《松島内雄島より二児島》ら日本の洋画黎明期の代表的な画家の作品は何回見ても良い。 その後の洋画家としては、岸田劉生《椿君之像》、有島生馬《女学生》・《背筋の女》、河野通勢《崖》・《自画像》、岡鹿之助《橋》など多数が出展されていたが、今回のマイベストは、長谷川潔の油彩画《修道院の古塔(ラグラス)》↓。これは1929年の作。彼の黒い銅版画{以前の記事はこちら)と違い、どこまでも明るい。 ![]() 2.タゴール生誕150周年「タゴールと三溪ゆかりの日本画家たち」 2011年は、アジア初のノーベル賞受賞者(文学賞)で、インドの詩聖と称されるタゴール(Rabindranath Tagore、1861-1941)の生誕150年。 1902年にインドを訪れた岡倉天心との出会いをきっかけに、タゴールは生涯に5度日本を訪れている。初来日の際は、三溪園に2か月半逗留した。 ![]() ![]() ・荒井寛方《一遍上人》、《稚児文殊》・《観世音菩薩》《どんど焼》、《魚籃観音》↓ ![]() ・鏑木清方《春宵怨》 ・下村観山《辻説法》↓、《闍維》、《小倉山》、《弱法師》↓↓、《雪松》、《四季草花図(小下絵)、三溪園所蔵品》 ![]() ![]() ・平櫛田中《岡倉天心胸像》 見おわって、カフェでお茶。家内はキャラメルラッテ、とらはココア。ケーキが「ちょうど売り切れ!」ということで、家内のご機嫌が急に斜めに・・・。 美術散歩 管理人 とら
最近の新聞にはやたらと広告が多い。今日の朝日新聞朝刊のPACHINCOの広告には、美人たちの写真とともに漢詩が二編載せられていた。
![]() ![]() ![]() 江碧鳥逾白 江(こう)は碧(みど)りにして、鳥は逾(いよい)よ白く 山青花欲然 山は青くして、花は然(も)えんと欲す 今春看又過 今(こ)の春も看(ま)のあたりに又過ぐ 何日是帰年 何の日か是れ帰る年ぞ 老婆心ながら、前半部に関する「新唐詩選」の説明を紹介しておく。 (第1句) ・江=揚子江の本流であってもよい、支流であってもよい、西南中国の大きな川の大きな川は、みな江という言葉で呼ばれる。 ・碧=碧玉のようなふかみどり。ふかみどりの水面のひろがりを、日本の川のはばで想像してはいけない。瀬戸内海の諸海峡くらいのはばで考えるとよい。中国は大国である。自然の規模が日本とちがう。 (第2句) ・青=さみどり。「碧」が沈静な青さであるのに対して、「青」はいきおいのある青さ。 ・然=燃 「新唐詩選」には野暮な和訳はないが、H.A.Gilesの英訳(↓)が引用されていた(Chinese Literature,p.153)。 White gleam the gulls across the darkling tide, On the green hills the red flower seem to burn; Alas! I see another spring has died・・・・・・ When will it come – the day of my return! 新聞広告の第二の漢詩は明代の高啓(1336 - 1374)の「尋胡隠君」である。この詩も高校の教科書にあったので、声を出して読むことができた。 渡水復渡水 水を渡り また水を渡り 看花還看花 花をみ また花を看る 春風江上路 春風江上の路 不覺到君家 覚えず君が家に到る この詩は、「いくつもの川を渡り、あちこちの花を見ながら、春風そよぐ水辺の道を歩いていくと、気付かぬうちに隠棲中の胡君の家に着いてしまった」という意味などで分かりやすい。 高啓のこの詩の第2句に「看」という字が繰り返し出てくるが、この字は前述の杜甫の詩の第3句にも出てくる。これについて、吉川幸次郎は「新唐詩選」のなかで、次のように解説している。 ところで注意すべきは「看」の字である。自然の推移に敏感である人間は、反射的にそれに抵抗して推移をおしとどめたく思う。それは徂(ゆ)く春を惜しむという風流の心からばかりではない。すくなくとも杜甫の場合は、そうではない。季節の変化によって示される自然の推移、それとおなじ時間の上にのって、おのれの生命も推移していく。かくおのれの生命をも巻き込みつつ推移していく世界の推移、それを少しでもおしとどめようとする意欲、それは、風景に対する熟視となって現れる。しかしながら、それはむなしき熟視であって、じっとみつめる杜甫の目の前を、自然は冷淡に音もなく推移してゆき、春ははや半ばをすぎんとする。「今春看又過」の「看」の字には、そういう感情がこもっているのである。 高啓の詩の中の「看」にもそういう意味が含まれているのではなかろうか。 話は変わるが、自宅の前の蝋梅が満開である。これは20年以上前に、園芸店で買ってきて自分で植えたものであるが、なかなか立派な花をつけず、「いつになったらしっかり咲くの!」とからかわれてきた。それが今年は、突然、沢山の花をつけ、咲きにおっているのである。今日は東京でも雪。花からは冷たそうな水滴が・・・。それにもめげつ健気に咲いているこの蝋梅の花や蕾をしっかりと「看」た。 ![]() 蛇足ながら、「年年歳歳花相以 歳歳年年人不同」の出てくる劉廷芝の「代悲白頭翁(白頭を悲しむ翁に代わる)」については困っていることがある。大分前のことだが、何を血迷ったか、この詩(↓)を毛筆で書いて嫁に行っている娘に渡したことがある。娘の方は、これも何を血迷ったか、額装して家の中に掛けているのである。マズイ!!! 何せ娘の義父は長年書道をたしなんでおられ、見事な字を書かれるのだ。いまさら「返せ」ともいえないし・・・。 洛陽城東桃李花 洛陽城東桃李(とうり)の花 飛来飛去落誰家 飛び来たり飛び去って誰(た)が家にか落つ 洛陽女児惜顔色 洛陽の女児顔色を惜しむ 行逢落花長嘆息 ゆくゆく落花に逢うて長く嘆息す 今年花落顔色改 今年花落ちて顔色改まり 明年花開復誰在 明年花開いてまた誰かある 巳見松柏摧為薪 巳(すで)に見る松柏くだけて薪となるを 更聞桑田変成海 更に聞く桑田変じて海となるを 古人無復洛城東 古人また洛城の東に無し 今人還対落花風 今人還(かえ)って対す落花の風 年年歳歳花相似 年年歳歳花あい似たり 歳歳年年人不同 歳歳年年人同じからず 寄言全盛紅顔子 言を寄す全盛の紅顔子 應憐半死白頭翁 憐れむべし半死の白頭の翁 此翁白頭真可憐 この翁白頭真に憐れむべし 伊昔紅顔美少年 これ昔紅顔の美少年 公子王孫芳樹下 公子王孫芳樹の下(もと) 清歌妙舞落花前 清歌妙舞落花の前 光禄池台開錦繍 光禄池台錦繍を開き 将軍楼閣画神仙 将軍の楼閣神仙を画(えが)く 一朝臥病無相識 一朝病に臥せば相識る無し 三春行樂在誰邊 三春の行樂 誰が邊(へん)にか在る 宛轉蛾眉能幾時 宛轉たる蛾眉の能く幾時ぞ 須臾鶴髪亂如絲 須臾にして鶴髪亂れて絲の如し 但看古來歌舞地 但看る古來 歌舞の地 惟有黄昏鳥雀悲 惟(ただ)黄昏鳥雀の 悲しむ有り 美術散歩 管理人 とら 、
1月1日
・午前中の年始: 孫娘1名、息子1名 客間の今年の屏風は、狩野即誉の《琴棋書画図》↓。右から2扇目に見られる「龍」は三本爪。即誉は加賀藩の御用絵師だったのだから、当然と言えば当然。 ![]() ヨセフ・シュトラウス「ポルカ:燃える恋」の際に見られたバレーが圧巻。舞台はベルベール宮殿のクリムト《抱擁》↓の前。 ![]() ヨハン・シュトラウス「ワルツ:人生を楽しめ」では、アカデミック絵画の間、ヨハン・シュトラウス「美しく青きドナウ」では古典美術の間。これらのバレーも良かった。 ルンピーの「コペンハーゲンの機関車」のシュシュという音を出す楽器らしくない楽器や指揮者がピーと鳴らす笛、ヨセフ・シュトラウス「鍛冶屋のポルカ」での少年合唱団と指揮者の金鎚、エドワルト・シュトラウスの「カドリューユ:カルメン」のビゼーからの引用など面白い趣向もエンジョイした。 1月2日 ・朝TVーNHKBSプレミアム「若冲ミラクルワールド決定版ー驚異の光の絵師」 若冲の金色には、金が使われていない。画の表面に白、裏彩色に黄土、さらにその奥に黒という三層構造で「金色」が表現されているものであることが明らかにされた。水平面の色彩混合の印象派と異なり、矢状面の色彩混合。現在のレイヤー構造に相当する時代を超えたテクニックだったのだ。 ![]() この笑顔はアートだ。 ![]() 《着衣のマハ》がメイン。版画が多くて疲れる。詳報は後日。 ![]() 目玉の神品は大行列なのでパスして、他のものを見た。それでも大変。この詳報も後日。 ![]() 東大寺大仏殿の四天王のデジタル再生ー醍醐寺の「大仏殿図」で位置、金剛峯寺の「四天王像」=「大仏殿四天王の雛形」で形、海住山寺の「四天王像」↓で色彩を知って、塑像を作って3Dデータ計測、塑像を平面上に展開してデジタルで色つけ、人間を入れて大きさが分かるように再現CGを作成。 ![]() 《東都三ッ股の図》のスカイツリーのようなタワーは、井戸掘りの櫓。国芳の童子画や北斎の富嶽三十六景にも出てくるが、明らかに高さを誇張して見るものの視線を引き付けている。この櫓もスカイツリーも三本足なのは三ッ股辺りの土地の形のせいだけなのだろうか。昼、東博からもスカイツリーが見えていた。 ![]() ・昼食 長男夫妻と孫娘2名+長女夫妻と孫娘1名+とら夫妻=合計9名。賑やかだった。 美術散歩 管理人 とら ・ ![]() 【年頭所感】 昨年は思い出したくないようなひどい年でした。「女性は未来に生き、男性は過去に生きる」という言葉を読んだことがありますが、男性である私も、今年は「過去を忘れて、少なくとも現在に生きる」ことをモットーとしたいと思います。 ビッグバンで生れた宇宙の中のわれわれの太陽にも寿命があり、いずれはブラックホールとなっていきます。時間は一方向性で、すべては有限です。日本人の平均寿命は3万日ですが、私の場合、すでに2万7千日を使っています。残された一日一日を大切に生きていきたいと思います。 美術散歩 管理人 とら
2004年に始めた「美術展ベストテン」も今回で8年目となりました。いつもは展覧会名と観覧年月だけのシンプルなものでしたが、今回は記事のなかからちょっとしたコメントを拾ってコピペしておきました。東日本大震災の影響を受けて中止された展覧会や自分の都合で見逃した展覧会もありましたが、それでもベストテンを選ぶのに十分な数の展覧会があり、結構迷って決めました。
![]() この展覧会は待ち望んでいたものであるが、東日本大震災によって博物館の空調設備に障害が発生し、開催日が1月以上も延びてしまった。(中略)なかなか面白かった。そのうち大混雑になるだろう。 2.ジョセフ・クーデルカ プラハ1968 @東京都写真美術館 11.5 今回の展覧会は、「プラハの春」を終わらせた1968年8月のソ連軍を中心とするワルシャワ条約機構軍のプラハ侵攻の際に、兵士に抵抗した市民の姿を残した写真展である。(中略)感動的な写真が会場にあふれていた。 3.写楽 @東京国立博物館 11.5 自分としては写楽の第一期の作品はすべてを見てきたが、第二期以降の作品は系統的には見てこなかったので、今回はそれを整理する良い機会だった。もう一つの楽しみは上質な保存状態の海外からの作品に出合うことだったが、この点も満足することができた。 4.モダン・アート、アメリカン @国立新美術館 11.12 フィリップス・コレクション。以前に、ルノワールら印象派をはじめとする西欧絵画の大規模なコレクション展を見ているが、今回はダンカン夫妻が収集した同時代のアメリカ人画家の作品の展覧会。肩の力を抜いて、サラリと見られた。 5.運慶ー中世密教と鎌倉幕府 @神奈川県立金沢文庫 11.1 「日本のミケランジェロー運慶」の個展が開かれるとはまさに奇跡。数少ない運慶の仏像6躯が一堂に会している。さらに運慶作品の制作背景を示す資料が展観され、中世密教と鎌倉幕府の関係が示されている。(中略)これは素晴らしい展覧会。絶対のお勧めである。 6.アルプスの画家 セガンティーニ-光と山-@損保ジャパン東郷青児美術館 11.11 東日本大震災により東京開催が延期されていたこの展覧会は大好きなセガンティーニの国内33年ぶりの回顧展。(中略)本年のベストテンに必ず入る展覧会であることは疑いがない。 7.ワシントン・ナショナル・ギャラリー展 @国立新美術館 11.6 夏休み中は小中学生の入場料は無料とのこと。さぞかし混むことでしょう。セザンヌの素晴らしい作品が印象的だった。 8.フェルメール《地理学者》とオランダ・フランドル絵画展 (①、②)@BUNKAMURA 11.3 フランクフルトのフェルメール《地理学者》が、11年ぶりに日本にやってきた。シュテーデル美術館が工事中のためとのこと。(中略)アールト・ファン・デル・ネールの夜景が綺麗だった。 9.マリー=アントワネットの画家 ヴィジェ・ルブラン展 @三菱一号館美術館 11.3 最も美しい肖像画を描いた女性画家の作品を沢山見られる機会がやってきた。この画家は家内の一番のお気に入り。展覧会のサブタイトルは「華麗なる宮廷を描いた女性画家たち」である。(中略)とにかく「ベルばら」世代には見逃せない展覧会といえるだろう。 10. 磯江毅=グスタボ・イソエ @練馬区立美術館 11.7 展覧会のサブタイトルは「マドリード・リアリズムの異才」。高校卒業後、単身スペインに渡り、油彩によるスーパーリアリズム絵画を追求した。(中略)印象深い回顧展だった。お勧めします。 参考: 2004-2011年の「美術展ベストテン」 美術散歩 管理人 とら
京都旅行中にひどい風邪をひき、その後体調不良が続いたので、得意の「美術散歩」は休業中。次第に回復していますが、ご心配の向きもあろうかと、一筆啓上。
宇治平等院の表参道でお茶の看板を見ていると、お店の女性から声をかけられた。私の見ていた看板は、煎茶・番茶・焙じ茶のものではなく、抹茶のもの。 濃茶・薄茶にいくつもの名前がついていて、値段が大分違っている。家内が自宅で茶道を教えているので、お土産にどうかなと思って見ていたのである。 これだけ値段が違うと、素人の私にはどうしようもない。「電話で家内に訊いてみます」といってその場を離れようとしたが、「冷たい焙じ茶をどうぞ」と言われ、思わず手が出てしまった。私はカフェインが苦手なので、自宅では毎日ほうじ茶、仕事場では毎日ハーブティーなので、ほうじ茶の味にはうるさいほうかもしれない。 ![]() 平等院を一回りして、有名な藤棚の傍の椅子に座って家内に電話した。抹茶の値段を言って、「どれにしようかな?」との相談である。先ほどの茶店のパンフレットをいただいていたのだが、茶店の名前を言うのを忘れていた。家内曰く「結構お高いのね。でも良いものなのでしょう。」 そこで先ほどの茶店を再訪。「これこれの濃茶を30グラム詰めてください」というと、「わざわざ電話してくれはったのですか」と歓迎され、店内で冷たい緑茶をごちそうになった。カフェインの副作用が出ないかちょっと心配したが、大丈夫、味も香りも抜群だった。 帰京して家内にこのお土産を渡すと、私が買ってきた「お茶のかんばやし」は超有名店で、「なぜ電話でそういわなかったの!」とのお言葉。 ![]() ![]() 美術散歩 管理人 とら
本日、日曜日まで京都に滞在していたが、帰途「宇治」に寄ってきた。昨日の京都新聞によると、「暗夜の奇祭」は今年も分裂開催で大混雑が予想されるとのこと。
![]() ![]() その後、参道に戻って有名な「上林」で濃茶を土産に買って、縣神社に向かった。 ![]() ![]() ![]() ![]() この奇祭のwikiの記事を下記に引用する。 宇治の平等院の南門から100mくらいのところにある県(あがた)神社の祭礼で、6月5日の深夜、明かりのない暗闇の中で、梵天(ぼんてん)渡御と呼ばれる儀式があり、町内の男集が、梵天と呼ばれる神輿を担ぐ。この神輿の通過する間は、家々も明かりを落として、それを迎えるため「暗闇の奇祭」と呼ばれている。県神社の祭神は、木花開耶姫(このはなさくやひめ)で、安産、出産の守り神といわれる。6月5日の午後10時頃まで、夜店も出る。(追 記)一夜明けた京都新聞の記事と画像はこちら。 美術散歩 管理人 とら < 前のページ次のページ >
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