|
最新のコメント
最新のトラックバック
カテゴリ
全体
国外アート ルネサンス バロック 印象派 印象派後期 現代アート(国外) 現代アート(国内) 国内アート 江戸絵画(浮世絵以外) 戦争画 アート一般 浮世絵 東洋アート 講演会 仏像 書籍 音楽 映画 北海道の鈴 東北の鈴 関東の鈴 中部の鈴 関西の鈴 中四国の鈴 九州の鈴 ヨーロッパのベル アジアのベル アメリカのベル オーストラリアのベル 未分類 以前の記事
お気に入りブログ
外部リンク
ファン
|
![]() 室町時代に創建された増上寺は、芝に移転後、関東における浄土宗の拠点となり、徳川将軍家の菩提寺となって隆盛を極めた。 以下は、目についた展示品のメモ。 ・増上寺の《扁額》(模造)は、さすがの迫力。 ・広重の浮世絵は、この増上寺をテーマにしたものが多いことを再確認。 ・重文の《法然上人伝》↓は今回のメダマ。鎌倉~室町時代の絵巻物の迫力にしばし圧倒された。 ![]() ・両者の間にあった《法然上人像》は、いかにも包容力のありそうな容貌。 ・秀吉や家康の書状が出ており、この寺と政治の中枢との関係がみてとれる。 ・《黒本尊阿弥陀如来立像御前仏 阿弥陀如来如来》は顔は黒くなっているが、身体には金が残っており、背丈は中程度ながら、大層立派なホトケサマである。 ・家康や秀忠の《浄土宗諸法度》ならびに知恩院満誉の《関東浄土宗法度》から、幕府の厳しい宗教管理体制が分かる。 ・《東京芝三縁山増上寺境内全図》や《台徳院御霊屋絵図》などは、貴重な文化財。 ・徳川家宣の墨跡《君が代は》は上手。 ・特別出品の《四天王像立像》4躯は、1714年制作のもの。なくなっていた持物は最近付けたとのこと。お見事。 ・《紺紙金泥浄土三部経》は、千姫が父・秀忠の霊廟に供えたもの。千姫自身の書ではないが、女性の繊細な字は心を打つ。 ・《崇源院霊廟定書》は、お江の葬儀の際に役人に出された細かい注意書き。こんな注意が必要だったとは、今も昔も同じ。 ・《伝崇源院所用阿弥陀如来立像》は、蓮の蕾の扉の奥に立っておられるミニ仏。単眼鏡でしっかり見たが、顔と手の金が剥げており、お江の方が撫でておられたのかな・・・と思ったりした。 ・《龍文格天井板》はゴージャス。三本爪である。 ![]() ・《将軍御施餓鬼用散華》も美しい。 ![]() 美術散歩 管理人 とら
5月27日(日)は、開館20周年記念特別展「日本橋-描かれたランドマークの400年」の初日であり3月末から開かれていた企画展「芝増上寺-秀忠とお江の寺」の最終日でもある。快晴の日曜日、両展を同日に見てきた。
![]() 第1章 都市・江戸の橋 棒手振(ぼてふり)が目立つおなじみの広重《東海道五十三次之内 日本橋朝之景》が早々と登場。 二代広重の《江戸名所一覧双六》を見ると、江戸の町の水路の様子が俯瞰できる。日本橋の位置もしっかりと確認できる。 別室に、今回のお目当ての《隅田川風物図巻》↓が堂々と広げられている。初め、この部屋があることに気付かず、最後まで行って、あわてて戻ってきた次第である。そんな迂闊ものは私だけだと思うが、特別な案内がないので要注意。 これは今回初めて全画面を広げて見せてくれているのだが、全長10mに及ぶ絵巻は素晴らしい。いわゆる「かげからくり絵」である。絵の一部を切り抜いて、そこにセロファンを当ててあり、後ろからの光でその部分が浮かび上がる仕掛けの絵である。絵巻の裏側には場所の名前が書かれているとのことである。紙芝居のように見せたのだろうか。 何分か経つと、部屋が暗くなり、絵の中の窓の部分が明るくなる。うまい仕掛けである。両国橋付近の舟から打ち上げられる花火はこの絵のハイライト。 ![]() 第2章 日本橋を描く-江戸城、富士山、魚河岸と- 「高札場」が描かれているところは、橋の南側、「魚河岸」が描かれているのは北側である。こういったことは、当時は常識だったのだろうが、現在は美術館や博物館で勉強する。 明治維新後には、「高札場」が描かれることが多くなったが、江戸時代には、「魚河岸、富士山、江戸城」いうトリオが定番になっていたようである。 ![]() 駿河町の越後屋(現在の三越)、尾張町の恵比須屋(現在の銀座五丁目)などはいくつも登場する。 第3章 文明開化と日本橋 明治3年に人力車が登場し、筆者不詳の《日本橋鳥瞰図》には、「御免人力車」の札が高札場に掛っている。歌川芳虎の《東京日本橋風景》には自転車も描かれている↓。 ![]() 第4章 石で造られた日本橋 明治44年に石造りの橋となり、渡り初めの絵なども描かれている。大正時代の土屋伝《日本橋繁華之光景》は石造りの日本橋や路面電車を正確に描いているが、相変わらず富士山も入っている↓。 ![]() 気楽に見ることのできる展覧会だが、すべて館蔵品だとのことである。準備が大変だったことと思う。 会場から出たところに、山口晃画伯の木版画《新東京名所 東海道中 日本橋改》が掛かっていた。残念ながら撮影禁止ということで、画像はこちらで見てもらうしかないが、上段に木製のアーチ型の太鼓橋、中段に自動車の走る高速道路橋、下段に平坦な石造りの橋の三段重ねの日本橋である。 得意の時代超越画。【山愚痴】のハンコもなかなか面白い。パネルには、遠慮して色数を少なくしたところ、もう少し増やしても良いとのことで、少し増やしたということが書いてあったが、遠慮することはないと思う。この後、もう二点作るとのことだが、今回の天ぼかしだけでなく、空摺、雲英摺などなど版画屋さんを困らせて立派な平成浮世絵を仕上げてほしいと思う。 美術散歩 管理人 とら
アイルランドのダブリンは、フェルメール巡礼を続けている人には聖地だろうが、日本からはなかなか行きにくい場所。TVで街の美術館や有名観光地を周ったような気分になった。以下は、そのメモ。
Ⅰ. アイルランド国立美術館 1853年にアイルランド産業博覧会を開催した鉄道王ウィリアム・ダーガンの尽力によって、1864年に開館した美術館。有名な作品が多く、海外からの来館者も少なくない。常設展の入場は無料とは素晴らしい。 番組で紹介された画は10点(↓)。 ![]() 1.イタリア絵画 ・フラ・アンジェリコ《聖人コスマスと聖ダミアヌスの殉教》: 炎は処刑人たちの方に向かい、聖人たちは助かっている。 ・ティツィアーノ《エッケ・ホモ》: キリストは、既にいばらの冠をつけている。 ・カラヴァッジョ《キリストの捕縛》: この画の再発見の物語は、このブログの「よみがえった名画の謎~天才画家カラバッジオが描くキリスト @BBS地球伝説ーBS朝日」(こちら)に書いている。 2.オランダ・フランドル絵画 ・レンブラント《エジプトへの逃避の途中の休息》: レンブラント光線が素晴らしい。 ・フェルメール《手紙を読む女》: フェルメール巡礼者の目標の絵画。幸い来日した際に、見ることができた(こちらとこちら)。 3.スペイン絵画 ・スルバラン《無原罪の御宿り》: 沢山の天使の顔が可愛いですね。 ・ベラスケス《エマオの台所の女中と夕食》: 有名な初期の厨房画。 4.フランス絵画 ・モネ《アルジャントイユの船着き場とボート》: 印象派の真骨頂。 ・ゴッホ《パリの屋根》: パリに来て、明るい画を描くようになっていますね。 5.アイルランド絵画 ・イェイツ《リフィ川の水浴》: アイルランドを代表する画家の作品。 Ⅱ. 聖パトリック大聖堂 アイルランドは、複雑な国の歴史とともに、カトリック・国教会派・プロテスタントの問題を抱えてきているが、ここは国教会派の大聖堂で、聖パトリックはアイルランドの守護聖人。 ガリバー旅行記の作者であるジョナサン・スイフトは、1713年から1745年までこの大聖堂の首席司祭であった。 Ⅲ. 国立装飾美術・歴史博物館 6日間で鎮圧された1916年のイースターの蜂起や1919-21年の独立戦争の実際をここで知ることができる ↓のアイルランド国旗は、1916年のイースター蜂起の際に中央郵便局 の上に「Irish Republic」と書かれた緑の旗と共に掲げられ、三色旗が国旗として認識されるようになった。緑はケルトの伝統を、オレンジはウィリアム3世(オレンジ公ウィリアム)の支持者たちを、白はその両者の平和を表している。 ![]() 1916年のイースター蜂起の際に、中央郵便局が蜂起軍の司令部となった。英軍の攻撃によって建物はく損傷し、独立後数年経つまで修復は行われなかったとのこと。 ![]() ![]() ギネス・ビールにことを知りたい方の聖地。 Ⅶ. トリニティ・カレッジ図書館 ここに保管されている「ケルズの書」は680ページの福音書装飾写本。 ![]() ![]() 鉄道王ウィリアム・ダーガンが晩年を過ごしたブレイの名所。 美術散歩 管理人 とら
現在、ボストンから東博に来ている曽我蕭白の《雲龍図》はインパクトが強い作品なので、TVでも何回か紹介されているし、自分でも2度見に行ってきた(第1回、第2回)。
最近、またまた良いTV番組があったので、忘れないうちにメモを残しておく。 1.墨の濃さが異常に強く、漆黒ともいうべき濃さであることについて: 日本画家・中野嘉之画伯 ・すって使う「松煙墨」よりもはるかに濃い。提灯などの文字に使う「削り墨」である。 ・蕭白は、この龍の目の周囲にこの削り墨を幾重にも塗って、メダマを浮き上がらせている。背景にも、この濃い黒を使っている。 ![]() ・龍の顔の向きや空気の流れなど、構図が似ている! ・京都の画家であった蕭白が見ている可能性が大。蕭白の《雲龍図》はこの画に触発されたのだろう。 3.「狩野光信《蟠龍図天井画》@相国寺」との比較: 狩野博之同志社大学教授+ARATA(井浦新)さん ・大きさは3mと大きく、蕭白の画と同サイズ。迫力があるが、蕭白と構図は違い、威圧感のある霊獣として描いている。蕭白の龍のナサケナイ滑稽な顔とはまったく違う。蕭白の龍は、巨大でありながら、人間を圧倒しない。蕭白には、権威を笠にきた高僧の使いを追い返してしまうという気概があったが、蕭白の雲龍図はそのような彼の気概を写している。 4.現代の《雲龍図》制作: DOPPELのお二人 ・本気でフザケテイルという態度と自分のセンスを大切にするという蕭白へのオマージュとして制作。 5.グラフィックアーチストの感想とCM制作: タカタノリユキさん ・現実とは全く違うインパクトを感じる。ぶっ飛んでいる。非日常の世界に連れて行ってくれる。 ・アウトラインで形を明確にしてキャラクターを作っている。 ・雲龍図のマンガ的要素をモチーフとしたCMを作ってみた。 6.蕭白《雲龍図》を、当時のロウソクの灯りで見ると・・・: ・眼の周囲が落ち込み、メダマが出てくる。鼻や胴体も同じ。すなわち、立体感が出てくる。 ・異空間へ誘う幻想的効果によって、龍が別世界に連れて行ってくれる。 7.蕭白の描法について: 日本画家・中野嘉之画伯 ・排筆(はいひつ、18本の毛筆を連ねたもの)を使ったかすれた線によってスピード感を出している。爪の後方および前方に描かれている大気は、その濃淡によって切り裂かれている。 ![]() ![]() 8.蕭白の他の「龍図」について: 狩野博之同志社大学教授+ARATA(井浦新)さん ・滋賀県のお寺にあるものを含めて3点の《龍図》の掛軸の紹介。細かいウロコ、細い線、丸い眼、下がった眉、威厳のない顔の龍たちだった。 美術散歩 管理人 とら
シダネルはかなり前から知っている画家である。その穏やかな点描風の画は、なんとなく和むものでありながら、実際には、ちらとは見つつ彼の画の前を通り過ぎていた。10年間も続いている自分のHP「美術散歩」で「シダネル」を検索しても、出てくるのは2件だけだった(こちらとこちら)。
今回、この画家の回顧展が国内を巡回している。この展覧会には副題が二つ付いている。一つは「薔薇と光の画家」、もう一つは「フランス ジェルブロワの風」である。 ![]() ということで、新宿に行ってきた。この画家の展覧会を見るのに新宿駅前の喧騒を行き帰りするのはふさわしくない感じがして、別ルートで往復した。 渋谷駅南口から、京王バスの新宿駅西口行きのバスを使うと、損保ジャパンビルの目の前で降りることができる。バスは、NHKの脇から北参道を通り、甲州街道を突き抜けて、新宿公園の先で右折して、ビル街に入っていく。電車と違い、バスの乗客はみな穏やか。 閑話休題、展覧会は次のように9章に細分されており、それに従って観ていくと、自然にシダネルの全貌がつかめるようになっていた。 1.自画像 2.エタブル 3.人物像 4.オワーズ県の小さな町々 5.取材旅行 6.ブルターニュ地方 7.ジェブロワ 8.食卓 9.ヴェルサイユ この展覧会では、地図で画家の足跡を詳細に辿れるようになっていて、シダネルが激しく動いたことは分かった。 大雑把にいうと、シダネルはインド洋のモーリシャス島生まれだが、10歳で北フランス・ダンケルクに戻っている。18歳で、パリに行き カバネルのアカデミズム絵画を学び、さらに国立美術学校にも通ったが、これらになじめず、1885年(23歳)には北フランスの漁村エタブルに移った。 ここでシダネルは自然主義や印象主義のように、自然の光を描くことを学んでいったようだ。↓は、1889年の作品だが、ミレーの絵を彷彿とさせる。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() マルセル・プルーストが「失われた時をもとめて」の中で、フェルメールの《デルフトの眺望》に言及していることは有名だが、Wikiによると、シダネルについては、皮肉を込めて次ぎのように紹介しているとのこと。 Marcel Proust's mention of Le Sidaner's work in his novel In Search of Lost Time confirms its later reputation. In Sodom and Gomorrah, the narrator mentions that an eminent barrister from Paris had devoted his income to collecting the paintings of the "highly distinguished" but "not great" Le Sidaner. 画家にとっては、偉大といわれなくても名声があれば、それで十分だという意見もあるだろう。いずれにしてもシダネルは、彼の画と同様に、平穏で幸福な人生を送ったものと思われる。この展覧会を観に来られた方々も、このような幸せを一瞬だけでも共有できたのではないかと思う。わたしもその一人でした。 美術散歩 管理人 とら
静嘉堂文庫美術館で「雲峰・文晁・閑林~齋田家ゆかりの南画」のハガキ大のチラシを見つけた。そのヴィジュアルは、谷文晁模写「佐竹本三十六歌仙絵巻」上巻より小大君である。これは行かねばと心に決めた。
![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() まずは、お目当ての谷文晁模写「佐竹本三十六歌仙絵巻」のケースへ。 大正8年12月20日の益田鈍翁たち当時の数奇者の悪名高い分割によって、現在はバラバラの断簡となって各所に分蔵されているこの絵巻上下2巻の模写、それも名だたる谷文晁の絵で見ることができる機会は貴重である。 丁寧な説明パネルによると、藤原真実絵・後京極良経書のいわゆる「佐竹本」は、江戸時代末期に佐竹家に移る前には下鴨神社にあったとのことである。すなわち、谷文晁たちが写した時には、まだ「下鴨神社本」だったのかもしれないのである。 今までにみた断簡は大分退色が進んできていたが、こちらは鮮やかな色彩で、のびやかな明忠の書も読みやすい。虫食いまでも正確に写されているとのことだったが、最近制作された作品のように保存状態が良いと思った。 開かれていた「谷文晁模写本」は、上巻の後半で、下巻と違って錯簡はないとのことである。 順序は、9.源公忠、10.斎宮女御、11.源宗于、12.藤原敏行、13.藤原清正、14.藤原輿風、15.坂上是則、16.小大君、17.大中臣能宣、18.平兼盛の8首8人。この他に、軸装の佐竹本複製《9.源公忠》が出ていたが、多少汚れがあった。 このうち、絵としては斎宮女御が圧倒的にゴージャスで、籤で坊主を引いた鈍翁が裏工作してこの斎宮女御を手に入れたのも分からないではない。館内は撮影禁止なので、↓は佐竹本《斎宮女御》の参考図像。 ![]() その歌は、「琴のねに峯の松風かようらし いずれの緒よりしらべそめけむ」、「音はどちらから奏でているのであろうか」という意味である。 マイ・セカンドベストはチラシやポスターに使われている「小大君」。やはり女性の絵はカラフルで美しい。衣の文様も良く見える。そして、何よりも細く流れる黒髪が魅惑的である。歌は「岩橋の夜の契りも絶えぬべし 明くるわびしき葛城の神」。 ![]() ![]() ![]() その他に、東京国立博物館本館の特集陳列「浮世絵と歌仙絵」で、住吉明神・小野小町・壬生忠峯・藤原興風の4断簡とその江戸時代・中山養福の模本を見ている(ブログ記事はこちら、HP記事はこちら)。 館内のパネルによると、分割時の田中親美模本(100部)のほか、田中訥言本、土屋秀禾木版本があるという。 このブログのタイトルが三十六歌仙になってしまったが、齋田家の住宅で調度品として使われていた大岡雲峰の画が沢山出ていた。大岡雲峰は、鈴木芙蓉(谷文晁門下)高弟の南画家。広重が師の豊広の没した後に、この大岡雲峰から南画を学んだとも云われている。 中央のケースには、《鯉図》、《梅図》、《木瓜に小禽図》の横長の掛軸。 側面の《風炉先屏風》の画は、もともとは天袋に使われていたものらしく、翡翠などの鳥が描かれている沈南蘋風の画である。 《深山楼閣図》は、遠景は従来画法だが、近景には洋画の影響がありそう。 《山水唐人図》のテーマは、東晋の謝安が芸妓を連れて、東山にやってきたところ。縦長の軸だが、上部が遠景、中部が中景、下部が近景という構図が大きい。 《漁樵問答図》は、屈原が漁師と話しているところが、薄墨を主として描いた静かな画で、わたしのお気に入り。 《聖賢図》は、沈南蘋風の画だが、色彩がきつすぎて、あまり気に入らない。 谷文晁の《胡蝶夢図》はありふれたテーマだが、力を抜いたユルキャラ風の画で、なかなか良い。これなら茶掛けにもいいのではないか。落款からみて「烏文晁」は確かなのだが、板橋区立美術館の「谷文晁とその一門」展で見た烏文鳥はもっと黒い墨絵だったような気がする。(ブログ記事はこちら、HP記事はこちら) 谷文晁は、松平定信編「集古十種」85巻中2巻(名物古画、法帖)の画を描いているとのことで、中央のケースに陳列してあった。名物古画は東福寺の仏画《呉道子三幅対》を写したものだった。なかなか上手。 谷文晁の高弟の岡田閑林の《藤雀図・薔薇菊図・水仙叭々鳥図》はなんてことのない三幅対。 こういった江戸南画がお好きな方が、齋田家におられたのだろう。 三十六歌仙絵巻の上の壁面に、館蔵《製茶絵画》があった。おそらく絵巻なのだろう。お茶を生業にしていた齋田家に相応しいもので、パネルの解説が上手なので、十分に理解できた。画家は、狩野甫信。画の最後の署名が「松本隋川甫信」となっていることの説明もあった。 狩野甫信は、木挽町狩野二代常信の三男。兄が浜町狩野を作った時には、将軍から松本姓を賜っていて、江戸狩野のトップの地位にあった。兄が早世して、甫信が浜町狩野二代目となったころ、朝鮮に贈る屏風が狩野でないとまずいということで、松本姓が狩野となり、江戸狩野のトップは木挽町狩野になったのだという。 学芸員の女性に、朝鮮に贈られた屏風をサントリー美術館の展覧会で見たと話したら、羨ましがられた。(サントリー美術館の「BIOMBO展」のブログ記事はこちら) 会場入り口に床の間がしつらえてあり、軸は北斎の弟子の蹄斉北馬の肉筆画《桜花図》、香合は二代真清水蔵六の《色備前牡丹蝶香合》で蓋に蝶が乗っていた。 会場は1部屋だけであるが、ゆっくり見たので1時間半かかってしまった。学芸員とちょっとお話ししたが、楽しかった。 余計なことまで書いたが、とにかくこの展覧会・記念館は素晴らしい。7月25日(水)までとのことなので、無理してでもご覧になることを強くお勧めします。 一般に土・日・祝日は休館だが、5月26日、6月23日は開館。 開館時間は10:00-13:00と14:00-16:30(入館は16:00まで)。 ![]() 美術散歩 管理人 とら
北斎生誕記念250年記念展。前期・後期ともに行ってきたが、ここではまとめた一つの記事とする。
その前に、2006年に、Takさんから Honolulu Academy of Arts 土産として頂いた初摺り Great Wave Off Kanagawa のTシャツの写真をアップする(その時の記事はこちら)。 ![]() ![]() ・富嶽三十六景: 全46図中の44図このうちの《百人一首姥がゑとき》については、難解なものが多いので、自分自身で絵解きを試みて、その結果を10回連続のブログ記事にしている。 [001-010], [011-020], [021-030], [031-040], [041-050] [051-060], [061-070], [071-080], [081-090], [091-100] この《百人一首姥がゑとき》は、出版に至ったものは27図だけで、その他の64図は、校合摺1図、版下絵56図ならびにこれを基にした亜鉛凸版による復刻版7図として残っている。 今回、唯一の校合摺である《百人一首姥がゑとき 壬生忠峯》が展示されていたので、それについて少し述べる。 ![]() ![]() ・壬生忠岑曰く: 後朝の別れはつらいねぇ。第2セクション(展示室6~7)には、摺物、肉筆画、未公開品など、いろいろ興味ある作品が並んでいた。 ・《富士見西行図》: 春朗期初期の柱絵で、初出品の稀な作品。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 美術散歩 管理人 とら
3月に見たこの展覧会の内容は、その後、いくつかのTV番組で紹介された。それらを視聴して、再訪する気になった。この日は、本館、ミュージアムシアターと周って、最後に平成館に15:30頃に入ったのだが、かなり混雑していた。
![]() ![]() 《吉備大臣入唐絵巻》は↓、あいかわらずの大行列。TVによると、この画巻の作者が《伴大納言絵巻》を描いた常盤光長であることがはっきりしたという。 その理由の第一は、両方に似た表現があるということである。1) 槍を持つ人間、2) 口を開けた人物、3) 馬の後脚、4) 屋根の角度の4点で類似しているという。両者の図録があるので、そのうちに比較してみたい。 第二の理由は、もう少し科学的である。《吉備大臣入唐絵巻》では、吉備大臣には高価な輸入の鉛白、唐人には安価な国産の白土が使われてたが、出光美術館の黒田泰三氏によると、今回の《伴大納言絵巻》の調査で、偉い人には鉛白が、他の人には白土が使用されていたとのことである。そういう目で会場の吉備大臣の顔を眺めてきた。 ![]() ![]() 長谷川等伯《龍虎図屏風》↓をじっくり見なおしたが、龍と虎の間の雲の表現はまことに見事! ![]() ![]() ![]() 第二の理由としては、蕭白のおとなしい風景画は案外ツマラナイし、国内にある蕭白の奇想人物画は既に観た人が多いということも関係があるのだろう。 《雲龍図》については、ロバート・キャンベル教授が、目が大きく、困った顔で、映画のロボットのようであり、3D化したい躍動感のある作品でだと表現されていたのを思い出した。まことにその通りである。 TVでは、辻惟雄名誉教授が、NYの市内の壁にスプレーで描かれた「グラフィティ」のようで、「遠目が効く」作品だという面白い表現をされていたことも思い出した。 ![]() 1) 東洋の青磁 美術散歩 管理人 とら
多数のお気に入りの中から、撮ってきた写真をアップする。
・葛飾北斎《牧馬》 : ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 美術散歩 管理人 とら 【同日記事へのリンク】 1) 東洋の青磁 2) 平治物語絵巻 六波羅行幸巻 3) 仏画鑑賞 4) 絵巻鑑賞 5) 屏風・掛軸鑑賞 6) 浮世絵鑑賞 7) ボストン美術館 日本美術の至宝(再訪)
・《大原御幸図屏風》 6曲1隻 長谷川久蔵筆 安土桃山時代・16世紀: 平清盛の娘で安徳天皇の母、建礼門院は、大原に庵を結び、平家一門の菩提を弔っている。これは、そこに後醍醐天皇がお忍びで尋ねる場面。
![]() ![]() ![]() ・《牡丹図》 1幅 俵屋宗達筆 江戸時代・17世紀: ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 前者では、清水寺舞台⇒音羽の滝⇒感応院(八坂神社梅の房・竹の房⇒四条河原。 後者では、四条河原の山中常盤物語を演じている歌舞伎小屋、川の反対側にある女性だけの芝居小屋、五条河原の小さな芝居小屋、歌舞伎の語源となった「かぶき者》↓や橋の上で踊りまくる人々。豊臣・徳川の本拠地は屏風の両側に描かれてはいるものの、戦乱の世の終わりを予見する民衆のエネルギーが画に満ち溢れている。 ![]() ![]() 美術散歩 管理人 とら 【同日記事へのリンク】 1) 東洋の青磁 2) 平治物語絵巻 六波羅行幸巻 3) 仏画鑑賞 4) 絵巻鑑賞 5) 屏風・掛軸鑑賞 6) 浮世絵鑑賞 7) ボストン美術館 日本美術の至宝(再訪)
国宝室や特別展の《平治物語絵巻》の関連だろうか。今月は、優れた絵巻がいくつも出品されていた。以下は、それらの簡単なメモ。
・《北野天神縁起絵巻》は、弘安本甲巻・乙巻の他に、建治本断簡がでていたが、そこには臥牛が描かれていたので写真を撮っておいた。 ![]() ↓は、東寺仁王門の中にいる女性を覗いてる僧侶。 ![]() ![]() ![]() ![]() 美術散歩 管理人 とら 【同日記事へのリンク】 1) 東洋の青磁 2) 平治物語絵巻 六波羅行幸巻 3) 仏画鑑賞 4) 絵巻鑑賞 5) 屏風・掛軸鑑賞 6) 浮世絵鑑賞 7) ボストン美術館 日本美術の至宝(再訪)
平成館で開催中の「ボストン美術館展」を見て、古い日本の仏画が大切に保存されていることに感心し、今まで本館で素通りしてきた仏画をもう少ししっかりと見ることにした。
・国宝《千手観音像》 平安時代・12世紀: 截金模様が美しい。 ![]() ![]() ![]() 美術散歩 管理人 とら 【同日記事へのリンク】 1) 東洋の青磁 2) 平治物語絵巻 六波羅行幸巻 3) 仏画鑑賞 4) 絵巻鑑賞 5) 屏風・掛軸鑑賞 6) 浮世絵鑑賞 7) ボストン美術館 日本美術の至宝(再訪)
本年の大河ドラマ「平清盛」の登場人物が現れる「平治の乱」は、1159年、藤原道憲(信西)vs 藤原信頼、平清盛 vs 源義朝の抗争。
これを描いた「平治物語絵巻」のうち、「三条殿夜討巻」は現在、平成館で展示中の「ボストン美術館展」で、「信西巻」は4月に静嘉堂文庫美術館で、「六波羅合断巻」の断簡14葉中(現存7葉)のうちのMIHO美術館断簡(三条河原の決戦)と大和文華館断簡(落ち行く義朝主従)を本年1月に東京江戸博物館で開かれた「平清盛展」で見ているので、この本館国宝室の「六波羅行幸巻」が締めくくりとなる。 この画像は東博DB-1、東博DB-2、国宝DBでも見られるが、東博本館国宝室ではフラッシュなしの写真撮影もOKなので、撮ってきた写真を見ながら、感想を書くことにする。 この「六波羅行幸巻」は、源氏方に幽閉された二条天皇が女房姿に変装して内裏を脱出し、清盛の六波羅邸に迎えられるストーリーが全4段で描かれている。 私が興味を持ったのは、牛車のなかからのぞく着物である。 第1段は、武士たちが牛車の簾をはね上げて中をあらためているが、派手な衣装がのぞいている。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 美術散歩 管理人 とら 【同日記事へのリンク】 1) 東洋の青磁 2) 平治物語絵巻 六波羅行幸巻 3) 仏画鑑賞 4) 絵巻鑑賞 5) 屏風・掛軸鑑賞 6) 浮世絵鑑賞 7) ボストン美術館 日本美術の至宝(再訪)
本館1階14室に東博選り抜きの青磁が並んでいる。素晴らしいパンフレット↓は本館受付で頂けるし、HPからpdfで見ることもできる。
![]() 部屋に入ってすぐに、国宝《青磁下蕪瓶》-南宋時代ーが鎮座ましましている。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 美術散歩 管理人 とら 【同日記事へのリンク】 1) 東洋の青磁 2) 平治物語絵巻 六波羅行幸巻 3) 仏画鑑賞 4) 絵巻鑑賞 5) 屏風・掛軸鑑賞 6) 浮世絵鑑賞 7) ボストン美術館 日本美術の至宝(再訪)
昨日まで10日間連続記事を書いていた「葛飾北斎《百人一首姥がゑとき》のとらの絵解き」が完了したので、本日は三井記念美術館に「ホノルル美術館所蔵北斎展・後期」を見に行った。ここでは展覧会場を出たところにあるレクチャールームで遭遇したデジタルアーカイブについて書くこととする。
![]() イベントの詳細はこちらのHPに載っていますが、その一部を引用します。 本イベントでは、凸版印刷が制作した「北斎漫画デジタル作品」を55インチの大型モニターに映し出し、冊子本の北斎漫画の展示では難しかった、『北斎漫画』の表現豊かな江戸時代の世界を一望することができます。 さらに、「北斎漫画デジタル作品」はICカードを用いたタッチインターフェイスによる、インタラクティブな鑑賞も可能。 鑑賞者がモニター手前に設置されたカードリーダに、あらかじめ設定された「ある日の長屋」や「食いねぇ!」など17のテーマのカードをタッチすることで、画面全体に散りばめられた『北斎漫画』の様々なジャンルの中からテーマに沿った画像のみを抽出する仕掛けも用意するなど、『北斎漫画』をデジタルならではの切り口で鑑賞できます。私の行った時には、係員が操作しておられましたが、次のような面白い画面がありました。 ・太った男が、肥ったウナギをさばいている。 ・痩せた男が、細長い魚(サヨリ?)をさばいている。 (諺がありそう) ・蛇が鎌首をあげている。 ・周囲の人々は逃げ惑っている。 ・視力障害者は平然としている。 (諺⇒めくら蛇に怖じず) ・読書中の男の頭に扇子がぶら下がっている。 (この諺は係員も分からないとのこと) お勧めします。 美術散歩 管理人 とら
091
きりぎりす 鳴くや霜夜の さむしろに 衣かたしき ひとりかも寝む ![]() ![]() ![]() ・画の中の女性のつぶやき: わたしは男性の藤原良経のはずなのに、なぜ女性の姿で描かれているのでしょう。またまた北斎の悪戯でしょうか。 ![]() ![]() わが袖は 潮干にみえぬ 沖の石の 人こそしらね かわくまもなし ![]() ・漁師の女房曰く: 赤ん坊をおんぶして、浜の仕事を手伝ってるのさ。昔のお姫様は涙で袖を濡らしったっていうが、呑気なものだねぇ。わたしの着物が濡れたとすれば、背中の赤ん坊がオシッコしたってことだよ。左手のカゴに入ってるのはもちろんオムツ。右手は採れた貝の運搬のお手伝い。 ![]() ![]() ![]() 世の中は つねにもがもな 渚こぐ あまの小舟の 綱手かなしも ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ・北斎のつぶやき: とらさんの慧眼には恐れ入りの助だよ! 094 み吉野の 山の秋風 さ夜ふけて ふるさと寒く 衣うつなり 参議雅経 095 おほけなく うき世の民に おほふかな わがたつ杣に 墨染の袖 ![]() ・北斎曰く: 慈円様は天台宗の座主のなられたお偉い方ですが、お歌では「墨染」と「住み初め」が掛詞となっておりましたので、行列の後の方にしてしまいました。失礼があれば、お許しください。 ![]() ![]() 096 花さそふ 嵐の庭の 雪ならで ふりゆくものは わが身なりけり ![]() ![]() ![]() 097 こぬ人を まつほの浦の 夕なぎに 焼くやもしほの 身もこがれつつ ![]() ![]() ・北斎、時空を超えて曰く: 村雨さん、まことに失礼しました。江戸時代には、藻塩という製塩法はすたれていたものですから、いろいろ不行き届きがあり申し訳ありませんでした。 ![]() ・竈の前に坐って火吹き竹を吹いている男、傍らの煙草入れを横目でみながら曰く: そろそろ一服したいな。いいだろ、北斎さん。 098 風そよぐ ならの小川の夕ぐれは みそぎぞ夏の しるしなりける ![]() ![]() ![]() ・父親、答えて曰く: 禊ぎに来た人たちだよ。 ・背中の子供、重ねて訊く: 馬もわるいことしたの。 ・父親: 絶句。 ![]() ![]() ![]() ・とらのつぶやき: 「《百人一首姥がゑとき》が描かれたのは、「前北斎卍」とある署名の形式や画風からみて、天保6~7年で、その頃の北斎は数えで76~77歳頃だと考えられているようですが・・・。 ・幟幡のつぶやき: 北斎てお人は、ちょっとオーバーな人だったからね。ここでは、実際より老人くさくしておいて、同情を引こうとしたのじゃないの。 099 人もをし 人もうらめし あぢきなく 世を思ふゆえに 物思ふ身は ![]() ![]() ・百人一首の選者・藤原定家曰く: とらさん、ご苦労様でした。百首を選定した私の苦労もご理解いただけたと存じます。それではお元気で。サヨナラ、サヨナラ。 ・北斎曰く: 今回、私が仕組んだ謎がいくつか解かれてしまい、ちょっと淋しい気もします。でも、私の真意が少しでも正しく伝わるようになってきたのは何よりでした。とらさん、ありがとう。また展覧会場でお会いしましょう。See you soon at the Museum. 100 ももしきや ふるき軒ばの しのぶにも なほあまりある 昔なりけり 順徳院 ・「とら」よりの御礼の一言: 長大な連載記事におつきあいいただき、まことにありがとうございました。浅学不才の身ですので、いくつもの誤解や誤謬などあろうかと存じます。なにとぞ、ご寛容の上、今後ともよろしくお願い申し上げます。 美術散歩 管理人 とら リンク [001-010], [011-020], [021-030], [031-040], [041-050], [051-060], [061-070], [071-080], [081-090], [091-100]
081
ほととぎす 鳴きつる方を ながむれば ただ有明の 月ぞ残れる ![]() ![]() ![]() 082 思ひわび さてもいのちは あるものを 憂きにたへぬは 涙なりけり ![]() ![]() ![]() 083 世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る 山の奥にも 鹿ぞ鳴くなる ![]() ![]() ![]() ながらへば またこの頃や しのばれむ 憂しと見し世ぞ 今は恋しき ![]() ![]() ![]() 085 夜もすがら 物思ふころは 明けやらで 閨のひまさへ つれなかりけり ![]() ![]() ![]() 086 なげけとて 月やは物を 思はする かこち顔なる わが涙かな ![]() ![]() ![]() 087 村雨の 露もまだひぬ まきの葉に 霧たちのぼる 秋の夕ぐれ ![]() ![]() ![]() 088 難波江の 蘆のかりねの 一夜ゆえ みをつくしてや 恋ひわたるべき ![]() ![]() ![]() 089 玉の緒よ たえなばたえね ながらへば 忍ぶることの 弱りもぞする ![]() ![]() ![]() ![]() ・北斎曰く: それなら部屋の中の画のモチーフ。でも、この夢解きは難しいね。 ・とらのつぶやき:「梅は女性」で「馬は男性」? アッ、これまた失礼。 090 見せばやな 雄島のあまの 袖だにも ぬれにぞぬれし色はかはらず ![]() ![]() ![]() ![]() 美術散歩 管理人 とら リンク [001-010], [011-020], [021-030], [031-040], [041-050], [051-060], [061-070], [071-080], [081-090], [091-100]
071
夕されば 門田の稲葉 おとづれて 蘆のまろやに 秋風ぞ吹く ![]() ・棹を担いでいる男曰く: アッ、あそこに雁の群れが! ・左手に撞木をもった坊さん、右手で笠を持ち上げつつ曰く: 本当だ。雁が家並みの方に下りてくる。落雁だね。風にたなびく稲の穂波も秋らしいよ。 ![]() 音に聞く 高師の浜の あだ波は かけじや袖の ぬれもこそすれ ![]() ![]() ・袖を引かれた女性曰く: 冗談じゃないわよ。あんなスケベそうなオジサン、すぐ飽きて捨てるんでしょう。後で泣いて、涙で袖を濡らしたくないね。 ![]() ・草履を揃える人夫曰く: チップをはずんでくれれば、何でもするぜ。 ![]() ・北斎の反応: とらさん、ご質問多謝。しかし、これは当工房の「企業秘密」なので、答えを控えさせていただきます。 073 高砂の をのへの桜 さきにけり 外山のかすみ たたずもあらなむ ![]() ![]() 074 憂かりける 人を初瀬の 山おろし はげしかれとは 祈らぬものを ![]() ![]() 075 契りおきし させもが露を いのちにて あはれ今年の 秋もいぬめり ![]() ![]() ・親父、小声で曰く: 今年も講師になれなかったから、あんまり偉くないらしいよ。 ・光覚の隣の男、なぐさめて曰く: 来年こそは、太政大臣のお力で何とかなりますよ。 ・光覚のつぶやき: だめな親をあてにした俺が悪いのよ。 ![]() ・北斎のつぶやき: 分かってるなら、訊くなよ。 076 わたの原 こぎいでてみれば 久方の 雲いにまがふ 沖つ白波 ![]() ![]() ![]() ・船の漕ぎ手B曰く: 北斎さん、こんなデカイ浪描かないくれよ。そちらは、Great Wave で世界的に有名になったのだから、もういい加減にしてほしいな。 ![]() ・とらの質問: ところで北斎さん、今年の大河ドラマ「平清盛」はちょうど保元の乱のところが放映中なんだ。この歌の題詠を命じた崇徳天皇と作者の藤原忠通は保元の乱で戦うってことは、とっくにご存知でしょうが、大浪に呑まれそうになっているのが崇徳天皇の見立で、遠くの船から眺めているのが後白河天皇を奉じた藤原忠通ということはないのだろうね。 ・北斎答えて曰く: とらさん、深読みするねぇ。これは、ご想像にお任せしたほうがよさそうだな。 077 瀬を早み 岩にせかるる 滝川の われても末に あはむとぞ思ふ ![]() ![]() ・橋の上で老いた農婦に出会った上流階級の女性曰く: この女とは以前に逢った気がするが・・・。なるほど、これは北斎の悪戯だな。農婦が昔の私の愛しい女性の見立て、上流階級の女性が私の見立てというわけか。昔の私には女々しいところがあったというわけなのだろうか。 ・北斎儀、謹んで申す: 崇徳院さま、お気づきになりましたか。鳥羽上皇には勝手にやられ、後白河天皇にも負けて配流に憂目にあうなど、男性としては本当にお気の毒な人生でした。次の世には女性としてお生まれになられれば、ずっと幸せな人生を送ることができるかもしれないと存じ、かような絵を描いてしまいました。もちろん、前世での愛しいお方はこのような年老いた農婦になっておられるかもしれませんが。 ・崇徳院曰く: 北斎め、不埒だぞ。時空を超えて、お前を罰しに行きたいが、そうもいかないので、切歯扼腕しておる。本当に「男はつらいね」。 ・とら、崇徳院に向かって奏上: まことにもって御意。「ふうてんの寅」も同意でござる。 078 淡路島 かよふ千鳥の なく声に 幾夜ねざめぬ 須磨の関守 ![]() ![]() ![]() (註)「製塩の工程」はこちらを参照しました。揚げ浜塩田での作業工程は以下のように複雑です。 ▲海水汲み、▲荒潮桶で海水を塩田へ運ぶ、▲汲み上げた海水を引桶(ひこけ)に入れる、▲打桶(うちょけ)で海水を霧状に撒く、▲鹹砂(かんしゃ)寄せ、▲細把え(こまざらえ)を使って鹹砂を浮かす、▲鹹砂を沼井中心に柄振(えぶり)を使って蒐集、▲端間桶(はざまおけ)へ込みで鹹砂を入れる、▲実桶(みおけ)に鹹水を汲み入れる、▲鹹水を釜屋へ運んで、濾過・脱色する、▲鹹水を煮詰めて塩を取り上げる。 079 秋風に たなびく雲の たえ間より もれいづる月の 影のさやけさ ![]() ![]() ![]() ![]() ・松明を持った少年曰く: わたしには、少なくとも松明は必要ですよ。 080 長からむ 心もしらず 黒髪の 乱れてけさは ものをこそ思へ ![]() ・北斎曰く: 江戸時代の男もこの手にやられるのよ。 ・とら曰く: 平成の男も同じでしょう。 ![]() 美術散歩 管理人 とら リンク [001-010], [011-020], [021-030], [031-040], [041-050], [051-060], [061-070], [071-080], [081-090], [091-100]
061
いにしへの 奈良の都の 八重桜 けふ九重に にほひぬるかな ![]() ![]() ・北斎のつぶやき: あの樹は大きすぎて、宮廷の門を通らないけれど、良いのかい? 062 夜をこめて 鳥のそらねは はかるとも よに逢坂の 関はゆるさじ ![]() ![]() 063 いまはただ 思ひ絶えなむ とばかりを 人づてならで 言ふよしもがな ![]() ![]() ![]() ・北斎のつぶやき: 二人の悲恋物語にほだされて、屋敷に閉じ込められた当子内親王になんとか会いたいと、外でうろうろする道雅を描いたってわけよ。まともすぎたかな? ・とらのつぶやき: 今回は、得意の皮肉はお休みですね。 064 朝ぼらけ 宇治の川霧 たえだえに あらはれわたる 瀬々の網代木 ![]() ![]() ![]() ・北斎のつぶやき: やっぱり、景色より食べ物だね。 065 うらみわび ほさぬ袖だに あるものを 恋にくちなむ 名こそをしけれ ![]() ![]() ・反物売り曰く: そんなケチのついた着物なんか捨てて、新しい反物買ってよ。そのほうが運が付くぜ。 ・北斎のクエスチョン: 右手に描いた小さな塚に気付きましたか?あれは何でしょう。 ![]() 066 もろともに あはれと思へ山桜 花よりほかに 知る人もなし 前大僧正行尊 067 春の夜の 夢ばかりなる 手枕に かひなくたたむ 名こそをしけれ ![]() ![]() ![]() ![]() ・北斎のつぶやき: 嫉みは怖いね。 ・とらのつぶやき: 同感。 068 心にも あらでうき世に ながらへば 恋しかるべき 夜半の月かな ![]() ![]() ・神殿で三条院曰く: 心ならずも5年足らずで退位するのは本意ではありませんが、ここに神器の刀を返納いたします{↑左)。 ・とらの北斎へのクエスチョン: 神殿内の机の上の鈴や紙、それから若者が捧げ持つ壺は何なのよ? ・北斎曰く: もうすこし有職故実を勉強しなさいよ。 ・とら曰く: 意地悪! ・北斎曰く: 小さな意地悪は俺の趣味!! 069 あらし吹く 三室の山の もみぢばは 竜田の川の 錦なりけり ![]() ![]() ![]() ・北斎のつぶやき: 庶民には景色を愛でてる暇はないのよ。平安時代も江戸時代も格差社会。 ・とらのつぶやき: 平成の現代も厳しい格差社会だよ。 ・北斎のためいき: 150年経っても進歩してないのだねぇ。人間て、ダメな動物なのかな。 070 さびしさに 宿を立ち出でて ながむれば いづこもおなじ 秋の夕ぐれ ![]() ![]() ![]() 美術散歩 管理人 とら リンク [001-010], [011-020], [021-030], [031-040], [041-050], [051-060], [061-070], [071-080], [081-090], [091-100]
051
かくとだに えやはいぶきの さしも草 さしもしらじな もゆる思ひを ![]() ・北斎のつぶやき: 藤原実方朝臣さん、「さしも草」なんて平成の人間にはわからないかも。 ・藤原実方朝臣、時空を超えて、答えて曰く: そうですか。教育程度がだんだん低下してるのですね。 ・北斎の解説: 「さしも草」ってぇのは、お灸のモグサの原料のヨモギのことですよ。↓の看板に描いておきましたよ。 ![]() ![]() ・とらの回答: 晒しヨモギを買付に来た商人の一人が、奥の女性に色目を使っているところでしょう。歌の意味としては百人一首と同じですね。それから、母親のほうが、お盆に載せてるのは、お茶とヨモギ餅じゃないかな。 ・北斎の反応: まあ、このぐらいのことは平成の者どもでもわかるわな。では、最後のクエスチョン。↓の幟のアナウメだよ。 ![]() 052 明けぬれば 暮るるものとは 知りながら なほうらめしき 朝ぼらけかな ![]() ・藤原道信朝臣曰く: 夜が明け、また日が暮れてあなたに逢えるとは分かっているのですが、それでもなお恨めしい夜明けです。 ・北斎のつぶやき: 夜が明けて、吉原から急いで自分の仕事に戻っていく大勢の「お店もの」を描いたのだが、平成の人間に分かるかな。 ・とらのつぶやき: 赤線を知ってる75歳以上の男には分かりますよ。でも、本歌の「朝ぼらけ」を眺める余裕のある男は、↓左に描かれたスペアの駕籠かき一人だけですね。江戸時代の「お店もの」も結構時間に厳しいってことも描いたのでしょう。 ![]() 嘆きつつ ひとりぬる夜の あくるまは いかに久しき ものとかはしる ![]() ・画の中の手燭を持った女性↓曰く: 酔っぱらって、庭で寝てないかしら。 ![]() ![]() 054 忘れじの ゆくすえまでは かたければ 今日を限りの 命ともがな 儀同三司母 055 滝の音は たえて久しく なりぬれど 名こそ流れて なほ聞えけれ ![]() ・北斎のつぶやき: 江戸の庶民は将来の名声よりも、今の享楽。ほれ、滝の眺めを肴に一杯↓。それ、滝の音と姐さんの三味線の合奏↓↓。 ![]() ![]() あらざらむ この世のほかの 思ひ出に いまひとたびの あふこともがな ![]() ![]() ![]() ・召使女曰く: 確かに受け取りました。これをお渡しして、返書をいただいてまいりますから、少々お待ちください。 057 めぐりあひて 見しやそれとも わかぬまに 雲がくれにし 夜半の月かな ![]() ・紫式部曰く: せっかく久しぶりにお逢いできたのに、すぐに帰ってしまわれました。まるで雲間にさっと隠れてしまう夜半の月のようでした。 ![]() ![]() ・北斎のつぶやき: 「とら」さん、なかなかいい線いってるよ。 058 有馬山 猪名の笹原 風吹けば いでそよ人を 忘れやはする 大弐三位 059 やすらはで 寝なましものを さ夜ふけて かたぶくまでの 月を見しかな ![]() ・北斎のつぶやき: こんなに明るければ、期待するようなロマンチックなことなど起こるはずもありませんよ。寝るのが正解。 ![]() 大江山 いく野の道の 遠ければ まだふみも見ず 天の橋立 ![]() ![]() ![]() 美術散歩 管理人 とら リンク [001-010], [011-020], [021-030], [031-040], [041-050], [051-060], [061-070], [071-080], [081-090], [091-100]
041
恋すてふ わが名はまだき 立ちにけり 人知れずこそ 思ひそめしか ![]() ![]() 契りきな かたみに袖を しぼりつつ 末の松山 波こさじとは ![]() ・心変わりした女曰く: 「想定外」の好い男が現れてしまったのだから堪忍してください。 ・清原元輔、時空を超えて、北斎に尋ねる: 「末の松山 波越さじ」とは貞観11年(869年)の三陸津波の時のことだということを知ってたのかね。 ・北斎答えて曰く: 江戸時代の人は知ってましたよ。だからこの画を描いたのです。 ![]() ・清原元輔、時空を超えて、「とら」に向かって曰く: 「想定外」のことは平安時代にも起こってますよ。現に、私の女が心変わりしたことも「想定外」でしたね。 043 逢ひ見ての 後の心に くらぶれば 昔は物を 思はざりけり ![]() ・相手の女曰く: 巧いこといって、他に女を作っていることなどとっくにバレてますよ。だから、毎晩、神社に丑の刻参りして、御神木にその女に見立てた藁人形を五寸釘で打ち込んでるのよ。 ![]() ・北斎曰く: 白装束を身にまとい、顔に白粉を塗り、頭に五徳をかぶってそこにロウソクを立て、一本歯の下駄を履き、胸には鏡、腰には護り刀、口には櫛を咥えるというのが、呪いのファッションだったのですよ。 ・とらのつぶやき: それにしても女の情報網と怨念はすざましい。平成の男性諸君、ご用心、ご用心! ・とらのウンチク: 北斎さんが丑の刻参りに興味を持ってたことは知ってますよ。「北斎漫画」にも載ってますからね。 ![]() 逢ふことの 絶えてしなくは なかなかに 人をも身をも 恨みざらまし ![]() ・北斎のつぶやき: この中納言も困ったものだな。謡曲や歌舞伎の「葛の葉」に登場する「安倍保名」のことを考えてみてほいな。 ![]() ・「葛の葉」曰く: 童子丸も5歳になったので、わたしはもう森に帰らねばなりません。わたしの正体は助けられた白狐なのです。頭上の狐火をご覧になればお判りでしょう。 ・「童子丸(のちの安倍晴明)」曰く: 本当にお世話になりました。一生懸命、陰陽師の勉強をします。 ・「葛の葉」の別れの一首: 恋しくば尋ね来て見よ 和泉なる信太の森のうらみ葛の葉 045 哀れとも いふべき人は 思ほえで 身のいたづらに なりぬべきかな ![]() ・機織りの中のやんごとなき女性曰く: そんなこと云われても困るわ。 ![]() ![]() ・糸繰り女曰く: そんなことお坊さんに訊いてごらんなさい。 ・北斎のつぶやき: 仏教の根本原理ぐらい知ってると思ったんだけど・・・。 046 由良の門を 渡る舟人 かぢを絶え ゆくへも知らぬ 恋の道かな 047 八重むぐら しげれる宿の さびしきに 人こそ見えね 秋は来にけり ![]() ![]() ・恵慶法師、答えて曰く: 歌の邸は「源氏物語:夕顔巻」に出てくる荒廃した源融邸(河原院)のことよ。儂の家のほうにはなんの問題もないので、心配ご無用。 ・北斎のつぶやき: お節介な法師の歌をオチョクッテみただけさ。これまた失礼! 048 風をいたみ 岩うつ波の おのれのみ くだけて物を 思ふころかな 049 みかきもり 衛士のたく火の 夜はもえ 昼は消えつつ 物をこそ思へ ![]() ・大中臣能宣朝臣曰く: 宮中の門を守る衛士の焚くかがり火が、夜は燃え昼は消えるように、私の恋心も夜には燃え上がり、昼は悶々と思い悩んでいる。 ・とらのつぶやき: 画の中の大臣、大丈夫かね。飛び降り自殺しそうな場所だけど。 ・北斎のつぶやき: 高級官僚はしぶといものよ。 ![]() 君がため 惜しからざりし 命さへ 長くもがなと 思ひけるかな ![]() ・藤原義孝曰く: あなたのためなら惜しくないと思っていた命も、逢うことがかなった今となっては、ずっと長らえたいと思うのです。 ・一緒に温泉旅行に来ている女性曰く: この世は天国。長生きしなきゃ損よ。 ![]() 美術散歩 管理人 とら リンク [001-010], [011-020], [021-030], [031-040], [041-050], [051-060], [061-070], [071-080], [081-090], [091-100]
031
朝ぼらけ 有明の月と 見るまでに 吉野の里に 降れる白雪 ![]() ・雪の吉野山で材木を運ぶ人々曰く: 上流階級の人は気楽だね。俺たちは、寒さの中で重労働。 ![]() 山川に 風のかけたる しがらみは 流れもあへぬ 紅葉なりけり ![]() ・春道列樹曰く: 風によって散った紅葉が川の中に集まって、流れ止めの柵(しがらみ)のようになってる奇麗だね。 ・川の中の紅葉をかき集める男曰く: 奇麗なんてものじゃないぜ。流れが堰き止められたら水害だよ。木の橋だって流失してしまうかも。 ![]() 久方の 光のどけき 春の日に しづ心なく 花の散るらむ ![]() ・紀友則曰く: 穏やかな日光が射している春の日に、なぜ桜の花はあわただしく散るのだろうか。 ・木造船の手入れをしている男たち: 桜が散ろうと散るまいと、勝手にしやがれだよ。この季節はの船乗りたちは船の手入れで大わらわ。「あわただしい」のは桜の花だけじゃないよ。 ![]() ![]() ![]() ・とらのコメント: 木造船の手入れのことでしょう。最近スカイツリーで有名になった 歌川国芳の《東都三ツ股の図》↓にもありましたね。船底を燻してフナムシを殺したり、つかないようにしているんでしょう。 ![]() ・とらの返事: まあ、最近はこんな漢字は分からなくなっているから、「船焼」と書いて「ふなたで」と読ませているようですよ。それにしても、炎の赤↓が見事ですね。これが出版されなかったのはかえすがえすも残念ですね。 ![]() 034 誰をかも 知る人にせむ 高砂の 松も昔の 友ならなくに ![]() ・古い松の樹曰く: 俺だって高齢化して、折れてしまわないように支柱で援けてもらってるしまつよ。杖が必要ないだけいいじゃないの。 ![]() ![]() 人はいさ 心も知らず ふるさとは 花ぞ昔の 香ににほひける ![]() ・紀貫之曰く: 人間の心は分からないけれど、故郷の梅の花はかつてと同じ香りをただよわせていますよ。 ・久しぶりで故郷の家を訪ねた公家のつぶやき: 梅の花の薫りは昔と同じだが、今この家に住んでいる人たちはわたしを歓迎してくれるだろうか? ![]() ・とらのつぶやき: 平成時代だって同じこと。 036 夏の夜は まだ宵ながら 明けぬるを 雲のいづこに 月宿るらむ ![]() ・清原深養父曰く: 夏の夜は短く、まだ宵のうちと思っているうちに、もう明けてしまったね。西の山に隠れるひまもなかった月は、どこか雲の中に宿っているのだろうか。 ・屋形船の船頭曰く: 明け行く空を見ているのは、俺たち船頭ぐらいだね。客は遊びほうけてるし、「うろうろ船」の物売りは忙しすぎるし・・・。 ![]() 白露に 風の吹きしく 秋の野は つらぬきとめぬ 玉ぞ散りける ![]() ・蓮の葉を採っている少年曰く: 風の強いこの沼では、蓮の葉を採るだけでも大変なんだ。葉っぱのの上の露なんかにかまってられないよ。 ![]() 忘らるる 身をば思はず 誓ひてし 人の命の 惜しくもあるかな ![]() ・注連縄を取り換えている神官曰く: 注連縄は俗界と神界と分ける結界で、もともと雷雲を表しています。俗悪な人間は注連縄をくぐって神域に入ることは許されません。 ![]() ・神官答えて曰く: もちろんです。 ・後の男たちの密談: 注連縄を架け替えている間に通ってしまえば罰が当たらないんだろ。 ![]() ・とらのつぶやき: 現代も神前結婚の誓いだって簡単に破ってしまうけど、平安時代の男だってそうだったのじゃないの。 ・039 浅茅生の 小野の篠原 しのぶれど あまりてなどか 人の恋しき ![]() ・参議等曰く: 人に隠れて忍んでいても、想いがあふれてくる。どうしてあの人がこんなに恋しいのだろう。 ・北斎のつぶやき: 《落ち込んだ失恋男のいる美しい風景》というタイトルの絵になってしまった。 ![]() 忍ぶれど 色に出でにけり わが恋は 物や思ふと 人の問ふまで ![]() ・人相を見てもらっている男性のつぶやき: 天眼鏡に何か出てますか、先生。 ・覗き込んでる男曰く: 先生、若い女が映ってるでしょう。 ・人相見のつぶやき: そうですねぇ。映っているといえば映ってるし・・・・。お代をはずんでいただければ、もう少しチャンとしたことをいえるのですが・・・。 ![]() 美術散歩 管理人 とら リンク [001-010], [011-020], [021-030], [031-040], [041-050], [051-060], [061-070], [071-080], [081-090], [091-100]
021
今来むと いひしばかりに 長月の 有明の月を 待ち出でつるかな ![]() ・慰める老婆曰く: 女ってそういうもの。信じたあなたが悪いのよ。 ![]() 吹くからに 秋の草木の しをるれば むべ山風を あらしといふらむ ![]() ・強風に裾を押える女性曰く: 嵐の語源なんかどうでもいいから、このスケベな風どうにかしてよ。 ・近くの男曰く: もっと強く吹けばいいのに。 ![]() ・とらのコメント: とっても良い構図なのに、出版されなくて残念だったね、北斎さん。 023 月見れば ちぢに物こそ 悲しけれ わが身ひとつの 秋にはあらねど ![]() ・重荷を背負って家路につく男、女に遅れながら、空を見上げて曰く: 素晴らしい満月が出てるぜ。 ・同く重荷を背負っている女が、振り返って曰く: 昔の殿上人のような寝ぼけたこと云ってないで、早く歩いてよ。 ・月を眺める鵞鳥曰く: 人間はいいなあ。俺たちはすぐにも殺されんだぜ。 ![]() このたびは ぬさもとりあへず 手向山 紅葉のにしき 神のまにまに ![]() ・お詣りしている宇多上皇と菅原道真を待っている牛車の牛曰く: あの言い訳でうまくいったかな。ちょっと心配。 ![]() 名にし負はば 逢坂山の さねかづら 人に知られで くるよしもがな ![]() ・鍬を担いだ農夫曰く: ヤ!鄙には稀な美人! さては、あの家に行くのだな。 ・顔を半ば隠した女性: ヤッパリ人に顔を見られてしまったわ。あの人に怒られそう。 ・お付きの女中曰く: だから無理だといったでしょう。 ![]() 小倉山 峰の紅葉ば 心あらば 今ひとたびの みゆき待たなむ ![]() ・貞信公曰く: 宇多法王のお望みのように、醍醐天皇が来られるまで、この見事な紅葉が散らずにもちますように。 ・醍醐天皇曰く: 父上のおっしゃるように素晴らしい紅葉だ。散らないで待っていてくれてよかったよ。 ・僧侶曰く: 本当にたすかりました。これもホトケサマの御心です。 ![]() みかの原 わきて流るる いづみ川 いつ見きとてか 恋しかるらむ ![]() ![]() ・北斎のつぶやき: こういった妄想男は援けようがないな。 028 山里は 冬ぞさびしさ まさりける 人目も草も かれぬと思へば ![]() ・源宗于朝臣曰く: 山里の冬は寂しさがつのるねぇ。人の訪れも絶えるし、草木も枯れてしまうから。 ・焚火にあたっている猟師曰く: 心配いらないぜ、旦那さん。俺たちには仲間がいるし、食べ物だってあるよ。 ・北斎のつぶやき: 食べ物のあるところ分かった? 家の中の鍋には雪が積もってるよ。 ・とらの発見: でも、家の奥の風呂敷包や藁包は食べ物じゃないの。だって、これらには雪が積もっていないよ。 ・北斎のつぶやき: 平成の人も結構目が良いんだ。 ![]() 心あてに 折らばや折らむ 初霜の 置きまどはせる 白菊の花 ・凡河内躬恒 030 有明の つれなく見えし 別れより 暁ばかり 憂きものはなし ![]() ![]() ・壬生忠岑曰く: ばれたか。 ・女曰く: あれほど見られないように云ったじゃないの。 ・北斎のつぶやき: 天網恢恢疎にして漏らさず。 ・とらのつぶやき: 北斎に同意。 美術散歩 管理人 とら リンク [001-010], [011-020], [021-030], [031-040], [041-050], [051-060], [061-070], [071-080], [081-090], [091-100]
011
わたの原 八十島かけて こぎ出でぬと 人には告げよ あまのつり舟 ![]() ・海女の舟の漁師曰く: お断りだね。貴人にかまっている暇はないよ。こちとらは、かきいれ時なんだ。 ![]() 012 天つ風 雲のかよひ路 吹きとぢよ 乙女の姿 しばしとどめむ ![]() ・北斎のつぶやき: 歌意の通りに描いたが、舞姫たちの顔は描かなかったよ。美人かどうかわからないからね。 ![]() 筑波嶺の みねより落つる みなの川 恋ぞつもりて 淵となりぬる ![]() ・漁師たち曰く: こちとらは恋より鯉かな。 ・とらのつぶやき: ↓の手に持っているものは何なのよ。 ![]() 陸奥の しのぶもぢずり 誰ゆゑに 乱れそめにし 我ならなくに ![]() ・孤独な旅人曰く: 山の彼方に幸いが住んでいますかね・・・。 ![]() 君がため 春の野にいでて 若菜摘む わが衣手に 雪は降りつつ ![]() ![]() 立ち別れ いなばの山の 峰に生ふる まつとし聞かば 今帰り来む 中納言行平 017 ちはやぶる 神代もきかず 竜田川 からくれなゐに 水くくるとは ![]() ・橋の上の女性曰く: あんた、ちょっとあそこを見てごらん。川の中の紅葉がとってもきれいよ。 ![]() 住の江の 岸に寄る波 よるさへや 夢のかよひ路 人目よくらむ ![]() ・樽廻船の窓からのぞく船乗り曰く: 「岸に寄る波 よるさえや」って、ひょっとすると、このことかも・・・。 ![]() 019 難波潟 短かき芦の 節の間も 逢はでこの世を 過ぐしてよとや ![]() ・窓から外を見る女曰く: わたしの彼氏、いつまで待たせるの。これじゃあ、歳とっちゃうよ。 ・北斎のつぶやき: この女性はどういう人がわかる? ・とらの勉強: 「新春に瓦葺きしているからお妾さん」らしいと書いた本があったよ。 ![]() わびぬれば 今はた同じ 難波なる 身をつくしても 逢はむとぞ思ふ ![]() ・牛を曳く男曰く: この藁人形みたいなもの、けっこう重いんだよ。 ![]() ・牛曰く: 乗っているお方の気持ちを察して動かないようにしてるのだが、手綱を曳く男が気が利かなくて、やたら引っ張るので困ってるよ。 ・北斎のつぶやき: やっと分かったね。藁人形の頭の部分は、藁の間から覗けるように描いて、ヒントにしておいたんだが・・・。 美術散歩 管理人 とら リンク [001-010], [011-020], [021-030], [031-040], [041-050], [051-060], [061-070], [071-080], [081-090], [091-100]
三井記念美術館では、ホノルル美術館所蔵の「北斎展」が開かれている。そこには、《冨嶽三十六景》、《諸国名橋奇覧》、《諸国瀧廻り》、《詩哥写真鏡》、《琉球八景》、《百人一首姥かゑとき》の6種の揃物が並んでいるとのことである。
このうちの《百人一首姥かゑとき》は、駒絵の中に、誰でも知っている小倉百人一首が、読みやすい変体仮名で書かれているので、わたしのお気に入りである。本来は、おばあさんが孫に教える絵解きなので、簡単なはずのものなのだが、実際の北斎の画には難解なものが多い。そのため出版に至ったものは27図だけで、その他の64図は、校合摺1図、版下絵56図ならびにこれを基にした亜鉛凸版による復刻版7図として残っているに過ぎない。とにかく、幸いなことに合計91図の内容が判明しているのである。 今回、上述の「北斎展」を見に行く前に、この《百人一首 姥がゑとき》を勉強していくことにした。以下、異論を恐れずに、それぞれの絵についての私見を述べていくことにする。画像は Visipix.com の89図と東博の「北斎展」図録の中の2図を利用させていただきます。 10図ずつをまとめて一つの記事としていく。まずは第1-10図である。 001 秋の田の かりほの庵の 苫をあらみ わが衣手は 露にぬれつつ ![]() ・橋を渡りながら田圃を見る農民曰く: 米は豊作。心配ご無用。 ![]() 春すぎて 夏来にけらし 白妙の 衣ほすてふ 天の香具山 ![]() ![]() ![]() ![]() 003 あしびきの 山鳥の尾の しだり尾の ながながし夜を ひとりかも寝む ![]() ・漁師の妻曰く: 夜の川漁ということは分かっているけど、遅いわね。早く帰ってきてよ。 ![]() ![]() 004 田子の浦に うち出でてみれば 白妙の 富士の高嶺に 雪は降りつつ ![]() ・駕籠かき曰く: 峠から見る雪の富士だって負けないぜ。 ![]() 005 奥山に 紅葉ふみわけ 鳴く鹿の 声聞くときぞ 秋はかなしき ![]() ・茸狩りから帰る女性曰く: アッ、あそこに鹿が! ![]() かささぎの 渡せる橋に おく霜の 白きを見れば 夜ぞ更けにける ![]() ・唐人曰く: あそこにカササギが! ![]() ![]() ・時空を超えた北斎からのメッセージ: やったね、とらさん。ご名答だよ。今まで、この画は難解だ、不可解だと悪評ふんぷんだったが、これですっきりしたよ。美術ブロガーもバカにできないね。 007 天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも ![]() ・北斎のつぶやき: 可哀そうだから、歌意通りの画にしてしまったよ。水面に映る月というところがオシャレかな。 ![]() わが庵は 都のたつみ しかぞ住む 世をうぢ山と 人はいふなり ![]() ・北斎のつぶやき: 遊んで暮らしている坊さんには静かな場所でも、猟師は忙しいよ。 ![]() 花の色は 移りにけりな いたづらに 我が身世にふる ながめせしまに ![]() ・婆さん曰く: 桜も美人も盛りは短くて・・・。小野小町も田舎の女も同じこと。 ![]() これやこの 行くも帰るも 別れては 知るも知らぬも 逢坂の関 ![]() ・北斎のつぶやき: 眼は見えなくても、蝉丸には旅人の話し声が聞こえているね。 ・蝉丸のつぶやき: 仏さまの仰るように、「会うは別れの初め」だということがよく分かります。 ![]() 美術散歩 管理人 とら リンク [001-010], [011-020], [021-030], [031-040], [041-050], [051-060], [061-070], [071-080], [081-090], [091-100] ![]() 現在の東京ミッドタウンは、江戸時代には、毛利家の下屋敷があった場所だとのこと。 毛利家は、源頼朝の側近の大江広元の第四子・季光が相模国毛利荘に住んで以来、毛利姓を名乗っていたが、季光の孫・時親が安芸国吉田郡山城に移り、安芸毛利氏の祖となった。 1533年に毛利家の家督を継いだ毛利元就は、幾多の戦いを乗り越え、西国最大の戦国大名となった。↓は、尼子氏との中国制覇をかけた合戦前の元就66歳の画像。直垂には「一に三ツ星紋」があしらわれている。 ![]() 歴史的価値の高い文書がいくつも出ていた。その一つは有名な毛利元就自筆の書状《三子教訓状》。元就が、1557年に、三人の子(毛利隆元・吉川元春・小早川隆景)に宛てたもので、そこには兄弟の結束を求める言葉が並んでいた。「三矢の教え」自体の記載はないそうであるが、心のこもった行き届いた文章だった。 《毛利元就自筆起請文》・《村上元吉外十四名連署注進状》・《毛利氏織田信長対策書》などは、ひどく生々しい文書で、おもわずパネルの現代語訳を読んでしまう。そのためか、このあたりの観客の流れは緩やか。 《豊臣秀吉自筆書状写》・《徳川家康誓紙》・《井伊直政・本多忠勝連署起請文》などは歴史の証言。「戦国の世における文書上の誓いはかくも危ういものだった」とは、今だからいえる言葉なのだろう。 《銅印通信符》↓が面白い。 ![]() 《木印日本国王之印》↓もはじめて見た。 ![]() 毛利氏の重要な財源であった石見銀山から産出した《灰吹銀》もあった。ピカピカに磨かれていた。 お目当ての国宝、雪舟の《四季山水図(山水長巻)》は全長16mの大作で、広い一室にデンと鎮座ましましている。 大きな画で、観客の動きもそれほど遅くないため、しっかりとみられる。さっと見て、もう一度、四季のうつろいを楽しんだ。 ![]() ・「夏」には、帆掛船、七重塔、楼閣などが描かれ、再び美しい水面に終わる。 ・「秋」は、漁村、円橋、田圃などで、収穫祭に続く。 ・「冬」は雪山。淋しくなっていく楼閣や枯木。最後の緑の木々は廻りくる春への輪廻の徴。 この複本《四季山水図》が2点出ていた。伝雲谷等顔は描いた国宝も狩野古信の模本も素晴らしい。このような秀品に摸本を作っておくというのは先人の優れた知恵である。 国宝の大江家国の《史記呂后本記第九》、《古今和歌集巻八(高野切)》が素晴らしかった。これらによって、大江家という学者の血筋を引く毛利家の伝統が実感できた。とくに後者は、現在完本の形で残る高野切は3巻のみであるだけに貴重である。 ![]() 保存状態の良い華やかな衣装がいくつも出ていた。茶道具もいろいろあったが、目についたのは、南宋の天目茶碗、明の天目台、利休の茶杓などである。 東京ミッドタウンが現在建っている場所、すなわち江戸時代の毛利家麻布屋敷から谷文二が見た《江戸麻布邸遠望図》が出ていた↓。この画には、遠くに江戸城や海まで描かれている。昔の人は目が良かったのだ。私には、ここでは単眼鏡が必須アイテムだった。 「毛利家の至宝」は、5月28日まで。お勧めの展覧会である。 ![]() 美術散歩 管理人 とら
2012年5月1-2日の連続番組。第1回は甲巻の前半部で、偶然に見たのだが、とてもよかったので、翌日、第2回(甲巻後半部)も見ることとした。
この絵巻の実物は、京博の「大絵巻展」とサントリー美術館の「鳥獣戯画がやってきた!」でみているので、ほぼ全貌をつかんでいる。 高山寺本の鳥獣戯画には欠落や錯簡があり、甲巻はもともと次のような三巻構成だったとされている(参照)。 ・Ⅰ.甲巻前半部(高山寺本): ① 水遊び、 ② 賭弓 ・Ⅱ.甲巻後半部(高山寺本+東博断簡+長尾模本原本): ① 祭 礼 (東博断簡として現存)、 ② 相撲の節会 、 ③ 双六などの遊戯(一部のみ現存)、 ④ 法会と布施 (2ヶ所に分かれて現存)、 ⑤ 草合せ遊び 、 ⑥ 田楽舞い (現存後半部+長尾模本原本) ・Ⅲ.甲巻住吉部(益田断簡・MIHO断簡として一部現存): ① 競馬・競鹿 従って、前半部は単純で、「額縁」内での説明も単純である。「水遊び」(第1-4紙)の鼻をつまんで飛びこんだり、サルに水をかけたりするウサギのアニメーションなどは素晴らしい出来栄えだった。異時同図で描かれているが、サルが毛つくろいをしているウサギに水を掛けて意地悪をしているところやウサギが親切にサルに水掛けしているところの動きもよく分かった。 ![]() ![]() ![]() ![]() 前半部にくらべ、翌日の後半部はサンザンの出来だった。その理由の一つは、欠落や錯簡のある高山寺本をそのまま使ったため、解説が複雑になってしまったことである。 そこで、この記事では、勝手ながら、前述の本来の姿に戻した形のものの中に入っていったと仮定して話を進めたい。TVでもそのようにすればよかったのではないかと思う。 「祭礼」は高山本にはほとんど残っていないので、「相撲の節会」(第16-18紙)から話を始める。 ウサギの耳に噛みつくカエルは足を掛けてカワズ掛け。ウサギを投げ飛ばして快哉の叫びをあげるカエル↓。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 最後は「田楽舞」(第15紙)。編木(びんざさら)という楽器をもったカエルが綾蘭笠(あやいがさ)を見立てた蓮の葉をかぶって踊っている。 ![]() 美術散歩 管理人 とら
洛中風俗図屏風(舟木本)は東博でおなじみの重要文化財。「e国寶」の画像はこちらである。
![]() ・洛中風俗図屏風(舟木本) ・洛中洛外図屏風 (舟木本) リーフレット @東京国立博物館ミュージアムショップ ・洛中洛外図屏風 (舟木本) VR公開作品 @TNM&TOPPANミュージアムシアター 今回は、3DCG再現されたものがTVで放映されたので視聴してみた。(参照①、参照②) 「額縁」と同様に、画の中に入っていって画中の人物と会話するというものである。出入りする人間は、指南役が高橋克実, 弟子役が濱田岳。 3Dということだが、切り抜いた画中人物が動いているだけで、あまり立体的な感じはしなかった。やはり、すこしずらした二つの画像を立体視メガネで見るという方法でなければ、うまくいかないのかもしれない。 画の中に入った人物が、現在社会に戻ってきて、当時のものが現在にどのように残っているかというストーリーは、巧く出来ていて、立派な京都案内となっていた。花見弁当・扇子・着物などの過去と現在の比較などはとても面白かった。 番組中、「京都検定」が3問出ていた。飽きさせない工夫なのだろう。 ・第1問: この時代に始まった花見の楽しみ方は? ・第2問: 京都で生まれ、世界に広まったアイテムは? ・第3問: 京都で生まれた人気レンターテイメントは? この解答にもつながっていくのだが、番組のメモは下記のようである。 (右隻) 鴨川の東 ・抹茶の野点: 室町時代に始まった。一服1銭となっていたが、本当かな。 ・花見: 方国寺(豊国廟)、醍醐寺。 ![]() ・三十三間堂: 弓 ・方広寺: 大仏。盧舎那仏。 ・五条大橋: サクラの枝をもって踊る女性。 (左隻)鴨川の西 ・祇園祭: 山鉾、母衣(ほろ)、赤熊(しゃぐま)、神輿、扇子 ・錫師: 器 ・本屋: この時代から。 ・勧進聖: お布施集め。 ・扇屋: 女性の仕事。 宮脇祥三氏登場。大勢の場所では全開にしない。挨拶の際に、前において結界を作る。檜扇。源氏物語画の扇はプレゼント用。無地の扇は手紙の代用。扇面貼付天井画。 ![]() ・一条戻橋: 現世とあの世との境。易者が多かった。近くに晴明神社。 ・パワースポット: 地主神社、日向大神宮、鶴亀神社、祇園の芸者・上柳満彩美さん登場。安居金毘羅宮、戸隠神社。 ・八坂神社: 蹴鞠、囲碁。 ・四条河原の芝居小屋: 人形浄瑠璃、「山中常盤・あやつり」の看板。かっこいいカブキモノの出現。歌舞伎の発祥。 山口源兵衛,氏登場。カブキモノの着物=破れ格子・縞(交わらない⇒不服従)、蜘蛛の巣模様(桃山時代より)。着物が自分を変える。 ![]() 美術散歩 管理人 とら
現在、新美で開催中の「大エルミタージュ美術館展」にちなんだ番組。バライエティ番組特有の誇張した表現に辟易しながら、内容が良かったので最後まで見た。
女優の杏さんがナビゲーターとしてエルミタージュ美術館を訪れて、専門家や関係者の意見を紹介していくという流れ。 最後に、千足信行・池上英洋両氏の名前が協力者として出ていた。 1.レオナルド・ダ・ヴィンチの《リッタの聖母》と《ブノワの聖母子》: ![]() 結局、大英美術館に素描があり、重ね合わせるとこの油彩と一致することから、《ブノワの聖母》はレオナルドの真作であって、窓の外には空が描かれており、実在の母子をモデルに描いたものということに落ちついた。「泰山鳴動してネズミ一匹」とは、こういったストーリーの組み立てのことだろう。 番組では、未婚の母で早くレオナルドのもとを去って行った実母カテリーナを想って「母と子の愛」を込めた画であるとしていたが、こういうのを「転んでもただでは起きない」というのだろう。 2.レンブラントの裸婦像《ダナエ》: ![]() 模型で実験してみると、余計な陰影をなくすためには、光源の位置と大きさが重要であることが判明した。すなわち、この場合のレンブラント光線の光源はボリュームがあって近いことが必要なのであった。 3.マティスの《赤い部屋》:(参照) 子と妻をなくしたシチューキンが購入を申し出た際には、この画は《緑の部屋》だった。このことは写真にも残っているし、現在の画の端に緑色がのぞいていることからも分かる。 《緑の部屋》と《赤い部屋》を見た時の脳波を比較すると、「緑」ではα波優位(脳が癒された状態)となるが、「赤」ではいったんβ波優位(脳が活動的な状態)となり、しばらくしてαとβが同程度の状態(脳の癒しが強調された状態)に変化することが判明した。後者における時間的変化は、緑の窓を見たためだということも分かった。 この画を日本に運ぶために壁から外されるところも放映された。今回の展覧会の宣伝である。なにせ、番組も展覧会も同一スポンサーなのである。 4.ヒットラー VS 市民: 第2次大戦時、サンクト・ペテルブルグがドイツ軍に包囲され爆撃を受ける前に、市民の協力のもとに、8日間で枠から外した絵画を運び出した。大きなレンブラント《放蕩息子の帰還》は巻いて搬送した。 ![]() この最後の話はとても良かった。ナビゲーターの杏さんは、「この美術品を守った女性たちの全人類に向けての活動に対して、心からお礼をいいたい」と締めくくった。 美術散歩 管理人 とら ![]() ![]() 昨日、NHKで美術館紀行「メトロポリタン美術館Ⅲ」を観た。第二次大戦直後には、アメリカ人は日本人に対して嫌悪感をもっており、日本美術好きのアメリカ人はいたものの、メトロポリタン美術館が日本美術を購入するようなことは夢にも考えられなかったとのことである。しかし朝鮮戦争の際に、日本がアメリカの同盟国になったことで、その偏見が払拭され、一方アメリカを巡回した「日本国宝展」のすばらしさが日本美術への認識を深め、1950年代になるとメトロポリタン美術館でも日本美術の購入が始まった。そこで、今回の展覧会では、通常のような観賞の他に、光琳の署名と印章をいちいち見て回ることになった。 それはひとまず置いておいて、まずは肝心の二屏風の比較からはじめたい。これについては、旧知のアートブロガー「はろるど」さんのシンポジウム・メモのプリントアウトを持参した。 1.制作時期:燕子花図は40代半ば、八橋図は50代の半ば頃に描かれた。⇒信用 2.サイズ:燕子花図は八橋図よりも縦長で、横に短い。⇒確認 3.彩色:燕子花図は厚塗り。群青が際立つ。八橋図は薄塗りで輪郭線がわかる。全体に明るく、花びらにも色のグラデーションがある。⇒確認 4.橋のたらしこみ:八橋図の左隻にあるたらし込みが右隻では少ない。なお橋は何故か7つしかない。⇒確認 5.花の形態:燕子花図の花は大きく重い。また左隻の花には金泥が混じるが、右隻にはない。一方の八橋図はスリムな上、花びらが横へのびるカキツバタの性質をよく再現している。⇒確認 6.花群:燕子花図には花群の型紙由来のコピーがある。八橋図は同一作にはないが、燕子花図から取り入れたと思われるイメージが計4箇所見られる。⇒確認不能 7.構図:八橋図は一つの視点から眺めた構図で描かれている。燕子花図は左右で視点が違う。右隻は正面性が高く、左隻は対角線上に上からのぞき込むような視点。⇒確認 8.視覚効果:八橋図を右横から見ると橋の水平部分のみが、左横から見ると橋の斜めの部分のみしか見えない。⇒確認 さて、この二つの屏風の署名と印章は↓のようである。 ![]() わたしの祖父が持っていた澤田章編「日本画家大辞典」(大正2年7月1日初版、8月1日三版、啓成社)が手元に残っている。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 酒井抱一の《光琳百図》の中に、光琳の《八橋図》を模したものがあるとのことで、大きなパネルで紹介されていた。これを見ると、橋桁や燕子花にはいくらか似ていないところもあるが、署名はソックリであることを確認した。(↓はクリックで拡大します) ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 美術散歩 管理人 とら
| |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||