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ビクトリア朝絵画を見るときにはこの時代に有名なハントが3人もいるため、時に混線する。現在、府中市美術館で開かれている「ターナーから印象派」展にもそのうち2人が登場していた。
画風はまったく違うのであるが、問題は名前が似ていることである。生まれた順に並べると下記のようである。その経歴はリンクしたVictorian Webを参照していただきたい。 1.William Henry Hunt, 1790-1864 2. William Holman Hunt, 1827-1910 3.Alfred William Hunt, 1830-1896 名前にすべて William が含まれているのが問題なので,この共通項を省略して 1.ヘンリー・ハント、2.ホルマン・ハント、3.アルフレッド・ハント と憶えておけば混線することはない。 画風の違いをはっきりさせるため、今回の「ターナーから印象派」で展示されたものを含め、いくつかの画像をアップする。 1.ウィリアム・ヘンリー・ハント(水彩画の祖の一人、静物画、鳥の巣ハント) 今回の展覧会に出ていたものの中には、ベリ美術館の↓《プラムと桃とヘーゼルナッツ》と↓↓の《イワヒバリの巣》があった。 ![]() ![]() ![]() 2.ウィリアム・ホルマン・ハント(ラファエル前派の一人) マンチェスター美術館の《スケープゴート》↓と《シャロット姫(テニスンの詩より)》↓↓ ![]() ![]() 3.アルフレッド・ウィリアム・ハント(風景画) 今回の展覧会に出ていた個人蔵の《フィンクル修道院》↓と《溶鉱炉、ミルズバラ》↓↓。前者では、川のしぶきが描きこまれている。 ![]() ![]() ![]() 美術散歩 管理人 とら
副題は前に「府中市制施行55周年記念」、後ろに「光の中の自然」。19世紀初頭から20世紀初頭のイギリス風景画(水彩画が多い)→フランス印象派→イギリス印象派の流れを、ベリ美術館、マンチェスター市立美術館、マンチェスター大学タブり・ハウス・コレクションならびに個人蔵の合計100点で展観している。
![]() 以下、章別にお気に入りをあげていく。 Ⅰ章 純粋風景主題と自然 ・コンスタブル《ハムステッドのブランチ・ヒル・ポンド》: 広々としたロンドン郊外、ハムステッドの景色。はるか地平線まで見える。中景の小さな池がブランチ・ヒル・ポンド。空には嵐雲が迫っている。いかにも「雲のコンスタブル」である。 ・ネイスミス《クラモンド、エディンバラ郊外》: 手前に逆光の樹木。中景に光を浴びる海の入江。明るい空と複雑な雲。オランダ風景画を想起させる。 ・ウィリアム・ヘンリー・ハント《イワヒバリの巣》↓: 「鳥の巣のハント」の傑作。巣の中の青い卵。周りの乾燥した土や苔。バラの花やベリー。水彩で良くここまで描けるものだ。同じ画家の《プラムと桃とヘーゼルナッツ》や《プラム、グリーンゲージ、ブラックベリーとローズヒップ》も素晴らしい出来栄えである。 ![]() ・ミレイ《グレン・バーナム》↓: この画は以前にマンチェスター美術館展で見ている。ミレイ一家が晩夏と秋を過ごしていたたスコットランドのバーナム館の借用期限が切れて去らなければならなかった頃の作品。淋しい感じが出ている。 ![]() Ⅱ章 海、川、湖、そして岸辺の風景 ・フィールディング《荒天、スコールの来襲》: 強い風を受け、逆巻く波に傾く帆船。ラスキンが称揚した海洋画家の水彩。 ・スタンフィールド《テクセル川河口》: オランダの海岸に打ち寄せる波とそれに抗う船が描かれた海洋画。 ・ワッツ《ネス湖》↓: 霧にかすむネス湖。幻想的ともいえる風景である。有名な《希望》を描いた画家らしいイメージである。 ![]() Ⅲ章 旅人 ・ターナー《エーレンブライトスタイン》↓: 背景には山上の城、中景の教会の塔が見え、手前には大きなはしけ、いかだを組んでいる小船が描かれている。その一つにカンバスを広げたターナー自身が描き込まれている。この地はバイロンが《チャイルド・ハロルドの巡礼 第3篇 58節》で言及して以来、有名になっている。その土井晩翠の翻訳は、このpdfの187 ページに載っている。それを画像の下に引用する。 ![]() 破られし砦・デイヴィッド・ロバーツ《ガラリアのカナ》↓: 旅した風景から描かれた水彩画。カナは婚礼の祝宴でワインを水に変えたというキリストの奇跡が起こった場所。山と雲に囲まれた太陽とその光が見事に再現されている。左の水の流れはワインに変わる水を象徴しているのかも知れない。 ![]() Ⅳ章 仕事と風景―人、動物、農耕 ・リネル《小川を渡る》↓: 荷馬車が馬が水を飲む間止まっている。道や崖に当たる光や両側の樹木間の遠景や空が素晴らしい。コンスタブルの影響が見てとれる。 ![]() ・ランシア《乱射》↓: 撃たれた母鹿。その乳房を探す仔鹿。雪の上の血痕が生々しい。右奥の光る雪山の存在が唯一の慰めである。 ![]() Ⅴ章 人のいる風景 ・エリザベス・アデラ・フォーブス《ジャン、ジャンヌ、ジャネット》↓: 農民の少女、手押し車のハーブや野草を食べるヤギ、そしてその向こうに釣をする少年。タイトルの名前が3人だが、一つはヤギの名前?イギリス印象派の典型的な作品で、戸外で制作されたものある。画家は「ニューリン派」のリーダーであるスタナッブ・フォーブスの妻。 ![]() ・ヘンリー・ハーバート・ラ・サング《プラム拾い》: 白い服の女性が草むらに落ちたプラムを拾い、籠に入れている。木漏れ日が斑点として描かれている。典型的な「イギリス印象派」の作品である。 ・ゴッドワード《金魚の池》↓: ポンペイ風のヴィラの中庭で、池のそばに坐る女性。古代の設定となっており、アルマ=タデマの影響を受けている。 ![]() Ⅵ章 建物のある風景―建築物と土地の景観図 ・ターナー《タブリ・ハウスー准男爵JFレスター卿の屋敷、風の強い日》↓: レスター卿からの依頼作品。広い庭を含む大きな屋敷の全貌を描きこくため、これらを遠景としている。ターナーはこの作品を描くために近傍に滞在したが、釣ばかりしていたとのことで、舟の中の一番後ろに描かれているのはターナー自身らしいとのこと(朝日新聞2010.2.3夕刊「水曜アート」による)である。手前の波は明るく、その向こうは暗く、さらにその向こうの陸上は明るく、レスター邸は輝いている。 ![]() ・ウィリアム・クレイン《ホイットピー修道院》↓: イングランドの中でもっとも感動的な廃墟といわれ、13世紀に遡るものであるが、現在も残っているとのこと。 ![]() Ⅶ章 フランスの風景画 ・ピサロ《ルーヴシェンヌの村道》↓: 英国のコレクターに買われた最初のフランス印象派絵画。シスレーは同じ景観を《ルーヴシェンヌの初雪》で描いている。 ![]() ![]() ![]() 府中市美術館の常設展はいつも立派である。今回のお気に入りは、カバネル《エステル女王》と高島野十郎《霧と煙のニューヨーク》。 美術散歩 管理人 とら (参考:今まで見た英国風景画展の記事) ・英国風景画展: 伊勢丹美術館 ・珠玉の英国絵画展ーマンチェスター美術館: 三越美術館 ・イギリス絵画の350年 ヴィクトリア・アルバート美術館展: 大丸ミュージアム ・テートギャラリー所蔵ターナー展: 横浜美術館 ・英国絵画の殿堂テート・ギャラリー展: 東京都美術展 ・ラファエル前派展: 安田東郷青児美術館 ・都市のフランス 自然のイギリス: 千葉市美術館 ・ジョン・エヴァレット・ミレイ展: BUNKAMURA
この凸版のVR作品シリーズは「故宮」以外全作品を見てきた。今回は《洛中洛外図屏風 舟木本》。細かく描かれた作品なのでVRにぴったり。
テーマが6つあり、その中の2つだけを上演するとのことで、会場入口にその選択用のタッチパネル↓があった。わたしは④京の豊臣家と⑥京の商いを選んだが、観客の多数決ということだからどうなるか分からない。 ![]() タッチパネルの投票結果は、①9票、②12票、③18票、④6票、⑤8票、⑥9票ということで、③京の名所今昔と②京の信仰が選ばれた。③は良いとして、抹香くさい②にはがっかりだったが、仕方がない。 まずは「京の名所」から。最初は《清水寺》。舞台の下に、音羽の滝の水を受ける女性たち。お茶をたてるのにも使ったとのこと。その側には水を浴びる僧侶。↓その格好が面白い。拡大して見せてもらえるので良く分かる。![]() 次には鴨川周辺の見世物小屋に移る。川の右手には「人形浄瑠璃」↓。演目は《山中常盤あやつり》。この舟木本の作者が《山中常盤物語絵巻》を描いた岩佐又兵衛との説もあるので面白い。 ![]() 別なテーマの「京の信仰」は退屈だった。まずは《東寺》。多くの男女の弘法大師信仰を集めた寺。次は《西本願寺》。親鸞聖人の御影堂。貴族やかしこまった服装の人が描かれている。《東本願寺》は家康が建てた寺。こちらにも男女の姿が見える。最後は聖徳太子創建の《六角堂》。周囲にはいろいろな人。武士、子供、美しい着物姿の女性も見られる。 最後にオマケとして、「祇園祭」の様子が紹介された。こちらは山鉾ではなく《御輿の行列》↓である。御輿を担ぐ男の中に”いかにもこの日を待っていた”といった顔つきの男が混じっている。この《チャーミングな顔つきの男》↓↓はこの屏風の名物男であるとのこと。行列は寺町通を下っていくが、母衣(ぼい)を担いだ武者や洋犬を連れた外国人の姿も描かれていた。 ![]() ![]() テーマ選択制には批判もあるらしく、3月からはテーマ別にする予定だとのこと。3月にテーマを選んでもう一度見に行くことになるかもしれない。 ![]() 本館2階の階段を上がったところに、大きな「タッチパネル・ディスプレイ」があり、この洛中洛外図屏風 (舟木本)の高精度画像が見られるようになっていた。拡大や画面移動も自由できるのでとても楽しめる。一台ではなくもっと沢山置いてくれれば大勢の人がエンジョイできるのだが・・・ 最後に平常展の屏風室で実物の《洛中洛外図屏風 (舟木本)》を観た。さすがに大勢の人が前に立っていたが、絵とガラスの距離が遠すぎるので、双眼鏡を使ってもそれほど大きく見えず、またライティングのせいか、色彩もVRやタッチパネルほど鮮やかでなくくすんで見えた。以前に紹介した東京美術発行の《洛中洛外図屏風 (舟木本)リーフレット》→が実物鑑賞のオリエンテーションに役立った。このリーフレットの説明はVRと同一のテーマに分かれており、便利である。リーフレットは実物の4分の1の大きさだというが、ガラス越しの実物鑑賞よりよく見える。細かく観ていくと、自分が京の町に入り込んで、その街並みを歩いているような気がしてきた。とらの洛中散歩である。 美術散歩 管理人 とら (参考:今まで見たVR作品の記事) ① 聖徳太子絵伝 2007-11-02 ② マヤ文明コパン遺跡 2008-04-20 ③ 東大寺法華堂・不空羂索観音立像 宝冠 2008-06-15 ④ 江戸城─本丸御殿と天守 2008-08-01 ⑤ 飛鳥の天人 法隆寺献納宝物 国宝 金銅灌灌頂幡 2008-12-05 ⑥ 世界遺産クレムリン ロシア皇帝の祈りの空間 2009-05-03
1月も今週で終わり。この企画も今週一杯である。「とら」を名乗る以上見逃せないと思っていたが、やっと間にあった。
入ってすぐに、虎のスペシャリスト岸駒の《虎に波図屏風》↓(部分↓↓)が出ている。岸駒は中国の商人から虎の頭骸骨や足の骨を手に入れて精密な写生や計測をしていたとのことで、迫真的な絵である。参考として岸駒の《猛虎図》(本間美術館)↓↓↓を挙げる。これは仙台市博物館で2006年に開かれた特別展「大江戸動物図館」で見たものである。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 美術散歩 管理人 とら
大英博物館で昨年開催されたThe Power of Dogu 帰国記念展だが、実はあまり期待しないで見に行った。チラシ↓に載っている土偶は、上から国宝《縄文のヴィーナス @長野》、国宝《合掌土偶 @青森》、重文《遮光器土偶 @青森》、国宝《中空土偶 @北海道》で、「これらをまとめて見られれば良いかな」といった程度の期待でしかなかった。
![]() ![]() ![]() 第2章 土偶芸術のきわみは上述の国宝3点である。《縄文のヴィーナス》の滑らかかな曲線美、《合掌土偶》の安産を願う信仰、《中空土偶》の素朴な趣きはそれぞれに独特な芸術性を有している。 第3章 土偶の仲間たちでは、土偶を装飾に取り込んだ縄文土器がこんなに沢山あることに驚いた。お気に入りは、《土偶把手付深鉢形土器 @神奈川》、重文《顔面把手付深鉢形土器 @長野》、《釣手土器 @長野》、《有孔鍔付土器(踊る女性)》↓。 ![]() 会場では、大勢の中学生が熱心に観ながら、さかんにメモを取っていたが、これは素晴らしい課外授業である。邪魔をしないよう気をつけながら鑑賞した。全体で67点のとても良い展覧会だった。 美術散歩 管理人 とら
1月23日(土)、NHKのBS20周年ベストセレクションとして2003年8月にハイビジョンスペシャルとして放映された「さまよえる戦争画―従軍画家と遺族たちの証言」が再放映され、これに対するコメントもその後に放送された。
戦争画には以前から興味を持っているので見ることにした。とくに2003年と2010年の7年間に戦争画に対する見方がどのように変わったかという点に注意して聴いた。 まず東京国立近代美術館(近美)にある153点の戦争画(わたしの作成した展覧会別リストはこちら)のうち、2003年当時は6割が未公開であるということが紹介された。これは戦争被害を受けた近隣諸国に配慮しているからということだった。 この番組の企画は元戦争画家で戦後倶知安に引きこもっていた小川原脩が2002年8月に死亡する前に、「戦争画は全面公開すべき」という趣旨の手紙をNHKに送ったことからスタートしたようである。小川原はインタビューの中でも「戦争画の実在の責任は僕にある」とはっきり述べていた。終戦から半世紀以上経た今、戦争画を描いた画家たちはほとんど故人となっているので、この小川原の見解は貴重である。 終戦直後には、戦争画を描いた画家の責任を激しく追及した宮田重雄に対して反論したけれども結局は日本を離れざるをえなかった藤田嗣治(代表作の画像①、画像②、画像③、画像④、画像⑤)、自分の責任を強く否定しながら自分が戦争画を描いたという証拠をすべて消し去ろうとした伊原宇三郎(代表作の画像①、画像②)、戦犯として進駐軍に捕まることにおびえていた宮本三郎(代表作の画像①、画像②)、戦争画を画集に載せず展覧会にも出さずに忘却しようとした小磯良平(代表作の 画像①、画像②)など、元戦争画家の意見や対応はさまざまであった。清水登之(代表作の画像①、画像②)は、長男育夫が船の沈没で戦死したことで大きなショックを受け、毎日育夫の肖像ばかり描くとともに育夫の墓の前で泣いていたという。 これらのことは周知の事実であるが、この企画ではこれらの戦争画家の遺族の意見が取材されていた。実は今に残る153点の戦争画は、修復の終わった1977年に公開されることになっていたとのことである。画家と遺族の承諾のあった絵を一括公開する企画が立てられたが、政府と一部遺族の反対により公開前日になって突然中止が決定されたのである。 伊原宇三郎の次男であり画家である伊原乙彰氏は、「戦争画の全面公開は年月を経て戦争画が芸術作品として観られる時期まで待つべき。50-100年封印しておいていい」と述べている。 一方、清水登之の娘・中野冨美子さんは、「隠しておくべきものではない。後世に伝えなくてはいけない」と語っている。また宮本三郎の孫・宮本陽一郎氏(筑波大)は「戦争画を隠してしまうことには賛成できない」という意見である。実際に小磯の次女・嘉納邦子さんは小磯良平の戦争画の出展を了承したこともあるという。 2003年のこの番組は問題のありかを非常に分かりやすく伝えていた。それでは2010年現状はどうなのだろうか。近美の話では、戦争記録画は2003年の時点では60点しか公開されていなかったが、その後少しずつ公開され、現在は153点のうち140点の展示が終了しており、未展示のものは大きすぎて展示できないというようなものとのことである。 プロデューサーによると今回のアンケート調査では、公開賛成が8-9割、反対が1-2割であったという。 ところが、コメンテーターの意見では「一括公開には問題があり、現在のように3-4点ずつ展示していくのがいい」とのことだった。反対の理由は相変わらず近隣諸国への配慮で、近美で一括展示すると政府が指示したことになり、近隣諸国から軍国主義復活ととられる可能性があるとのことである。近美の責任者の意見もまったく同じであり、「一括展示はできない」と断言された。 しかし考えてみると、これは近美だけで決定できるものなのだろうか。「くさいものに蓋」といったこういった態度は過去の戦争責任を隠蔽するものとして近隣諸国の信頼に傷をつけるものではなかろうか。 増子保志氏がpdf論文「GHQと153点の戦争記録画-戦争と美術」の結論として、「問題は、戦争記録画を如何なる文脈で考察するかであり、美術と社会、政治などの関係を含め、様々な方向から考察しなければならない。それには、まず絵画を公開することが急務である。隠すことからは何も始まらない」と述べておられるのは卓見であると思う。 一括展示が無理ならば、全作品の画像公開からスタートするのも一つの考えであると思う。独立行政法人国立美術館の検索システムで、キーワードに「戦争記録画」と入力すると戦争画の作家別リストが出てくるが、画像がリンクされているのはごく一部である。これを充実させていくというのが現実的な方法かもしれない。 美術散歩 管理人 とら
昨日24日(日)、平成22年お年玉年賀はがきの抽選会があった。以前は成人の日だったが、いつのころからか普通の日曜日に行われるようになった。
例年は大分たってから当りの有無を確認するのだが、今年は「寅年」、わたしのハンドルネームと一致しているので、今朝25日(月)の朝刊で確認した。もちろんビリのお年玉切手しかあたっていないが、引き換え初日の今日、家内が郵便局に行ってきた。 ![]() 当りの番号は、各組共通下2桁、00または52↓。重複引き換えの防止のためか、スタンプが押されている。 ![]() ![]() ![]() ![]() 美術散歩 管理人 とら
開館30周年記念特別展で、前後期で155点展示される。この美術館所蔵の1万2千点のなかから選りすぐられたものばかりである。有名作品も多く、以前に見たものも少なくないが、初期の浮世絵から大正の新版画までの浮世絵の歴史を概観することができる。
![]() 以下、「第1章 肉筆画の名品」の中のお気に入りをあげていく。 〇菱川師宣《遊女物思いの図》・・・残った二つの枕が意味深。17世紀の素晴らしい作品。 〇東川堂里風《蝶をみる美人》↓・・・小さな蝶と手ぬぐいをくわえてこれを見つめる体格の良い女性との対比が面白い。着物に描かれた字が巧い。 ![]() 〇宮川長亀《吉原格子先の図》↓・・・遊女屋の前の賑やかな雑踏。 ![]() ![]() 〇歌川豊春《桜下花魁道中図》↓・・・堂々とした体格の花魁を描いた華かな美人画。桜の写実も巧い。歌川派の祖である豊春の代表作。 ![]() ![]() ![]() ![]() 2階には、「第2章 初期の浮世絵版画」、「第3章 錦絵の草創と発展」、「第4章 天才絵師たちの競演」、「第5章 浮世絵の成熟と展開」と時代順に浮世絵版画が展示されている。 鈴木春信《浮世美人寄花 南の方 松坂屋内野風 藤》、勝川春章《二代目山下金作の虎 二代目嵐三五郎の朝ひな》、勝川春好《五代目市川団十郎の暫》、喜多川歌麿《冨本豊ひな》↓・《蚊帳の男女》、東州斎写楽《三代目坂田半五郎の藤川水右衛門》、歌川国貞《星の霜当世風俗 蚊やき》などの前で足を止めてゆっくりと鑑賞した。 ![]() ![]() ![]() 美術散歩 管理人 とら
村山槐多の(1896-1919)没後90年回顧展。槐多の《バラと少女》は近美で見る印象深い画であるが、この夭折した画家の作品をまとまって展示した展覧会を見るのは初めてである。
![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 同じ頃に描かれた《芍薬、1915-16》↓や《カンナと少女、1915》↓↓はいずれも穏やかな画である。槐多の精神状態が安定している時に描かれたものなのだろうか。。 ![]() ![]() ![]() こうやって見てくると、槐多の内部には強い自我があり、それが表現主義的な画となって表出しているものもあるが、穏やかな作品も少なくないことが分かる。詩はいくつか読んでみたが、難解なものが多い。詩となると槐多の内面がストレートに現れているのだろう。 美術散歩 管理人 とら
1月17日、もと阪神タイガースのエース 小林繁さんが急逝された。57歳の若さで各方面から惜しまれている。
わたしのハンドルネーム「とら」は小林繁投手に関係している。1978年の「空白の一日騒動」によって、心ならずも江川卓投手と交換トレードされてしまった小林投手に操をたてて、わたしもそれまでの巨人ファンから阪神ファンに転身したのである。 わたしの祖父は巨人ファン、父は阪神ファン、子供の頃のわたしは巨人ファンだった。このような父子関係の連鎖を持ち出すまでもなく、当時は「巨人・大鵬・卵焼き」といわれたように普通の子供は巨人ファンが大多数だった。 小林はサイドスロー投手で、1976年から2年連続18勝をあげて活躍し、77年には沢村賞を受賞するなど巨人の中心選手であったのでわたしは特に好きだった。 小林は阪神に強制移籍されて発奮し、その年巨人に8連勝し、年間22勝の最多勝投手となった。帽子を飛ばしての熱投は今も目に浮かぶ。 ![]() わたしのこういった思いの核をなしていた小林繁投手が突然この世から消えてしまい、本当に淋しい。心から哀悼の意を捧げる次第です。 美術散歩 管理人 とら
TVでさかんに是真をとりあげているので、遅ればせながら日本橋に行ってきた。
![]() 是真の洒脱なデザインと卓越した技巧は、日本よりも欧米で高く評価され、多くの是真作品が海外に所蔵されている。 今回の展覧会では、アメリカ・テキサス州サンアントニオ在住のエドソン夫妻収集の里帰り作品約70点と、日本に所蔵されている優品があわせ紹介されていた。 ↑のチラシは《柳に水車文重箱》の一面だが、お得意の青海波塗による美しい波文を含む超絶技巧が見てとれる。 「漆器」では、小さな印籠やとんこつ(タバコ入れ)が沢山出ていたが、照明が悪くて細部まで見られないのは残念だった。↓は《沢潟と片喰印籠》で、表の沢潟(おもだか)だけは拡大鏡を通してみることができた。黒漆の余白(?)を残したすっきりとした植物が見てとれる。しかし裏の片喰(かたばみ)は拡大鏡がついていないのでやっとその存在を認めるのみ。別の印籠のところでは、拡大鏡を覗こうとしてガラスに額をぶつけてしまった。後から来る人も次々と額をぶつけていた。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 是真が「千代紙」の原画を描いていることを以前にブログで紹介している。このように是真は幅広く器用な作家である。その是真が少なくとも日本の美術史上どの分野においても超一流視されてこなかったのはなぜであろうか。幕末ー明治という時代背景や漆芸家ー画家という2枚看板と関係があるのかもしれない。 美術散歩 管理人 とら
ローマのボルゲーゼ美術館はその庭園、建物、コレクションすべてが超一流であり、以前に訪れた時には古代彫刻、バロック彫刻、ルネサンス・バロック絵画そして天井画などに感嘆した(そのときのHPの記事はこちら)。
そのボルゲーゼのコレクションがまとまった形で紹介されることとなった。そこで現地で買ってきた美術館ガイド(表紙はこちら)をシッカリ読んで復習しておいた。 なにぶんこれは今年初のメジャーな展覧会である。本日、その内覧会に参加する機会があったので寒波をおして上野に出かけた。↓はラファエロの《一角獣を抱く貴婦人》の立て看板の前の「とら」↓。帽子・マスク・手袋・マフラー・ダウンジャケットの完全装備である。 ![]() 昨年末には京都近代美術館で開催されているので、その情報をみると会場には作品リストがなく、HPに載っているだけということなのでそのページを印刷していった。実際には音声ガイドが49点中22点も説明してくれたので、会場では印刷していった展示目録はあまり役にたたなかった。 以下、章別にお気に入りを紹介してみたい。 序章 ボルゲーゼ・コレクションの誕生 〇プロヴェンツアーレ《パウルス5世の肖像》、《オルフェウス姿のシピオーネ・ボルゲーゼ》↓・・・いずれもモザイクであるが、細かいモザイクなので普通の画のように見えてしまう。別室のビデオでは拡大されていたので確かにモザイクだと納得した。 ![]() ![]() 〇ボッティチェリとその弟子《聖母子、洗礼者ヨハネと天使》・・・複雑な構図のトンド。大きく美しいルネサンス絵画である。 ![]() ![]() ![]() ![]() Ⅱ 16世紀・ルネサンスの実り-百花繚乱の時代 〇ヴェロネーゼ《魚に説教する聖アントニオ》・・・みごとな構図と色彩の作品。 ![]() ![]() ![]() 〇カラヴァッジョ《洗礼者ヨハネ》・・・これを教皇に提出することによって恩赦を願ってローマへ向ったのだが、画家の死のほうが一歩早かったといういわれの作品。 ボルゲーゼにはカラヴァッジョの作品が多い。画像は以前のHPの記事にも載せてある。 ![]() ![]() ![]() 〇リッチ《支倉常長像》・・・ローマの個人蔵。色彩豊かな見事な作品である。常長の顔は谷村新司に似てますね。1616年、常長がヴィラ・ボルゲーゼで贅をつくした食事(ボルゲーゼ美術館ガイドブックp.9では「昼食」、今回の展覧会図録p.176では「朝食」となっている)をとったという歴史が残っている。 ![]() ボルゲーゼには他にも有名な作品が沢山あり、今回はその一部に過ぎないが、それでもそのコレクションの豪華さを味わうことのできる良い展覧会だった。 美術散歩 管理人 とら
昨日は新年の顔合わせ。久し振りで仕事場に出かけた。机の上に沢山たまっている郵便物の間に「洛中洛外図屏風(舟木本)リーフレット」が覗いている。出版社である東京美術から年末に郵送されてきたたものである。
このリーフレットは、東博で展示される《洛中洛外図屏風 舟木本》ならびに上映中のTNM&TOPPANミュージアムシアターVR作品《洛中洛外図屏風 舟木本》にちなんで作られた高精細の実物4分の1コピーである。これについては既にTakさんのブログに紹介されているが、なかなか良くできているので早速茶室の床脇に飾った。 ![]() ![]() リーフレット表面の「見どころ解説」↓も良くできている。TOPPAN VRは今まで全作品見てきているが今回の作品↓↓もそのうちに拝見したい。 ![]() ![]() 美術散歩 管理人 とら
毎年聴くウィーン・フィル ニューイヤーコンサート。
今年の指揮者はジョルジュ・プレートル。フランス人らしい軽妙洒脱な演出はさすが。森の郭公の鳴き声やシャンペンを開ける音にも耳をそばだてた。もう85歳とのこと。こちらもガンバラナクチャー! この中継は世界70ヶ国に配信されているとのこと。そのためか、途中、2度にわたってウィーン美術史美術館の中で踊るバレエも同時放送され、すっかり良い気持ちになった。 ![]() ![]() 美術散歩 管理人 とら
「干支の西洋画」をホームページのほうにまとめはじめて今年で7年目。今回から、このブログに本文と画像をあげて、ホームページからリンクすることにした。
2010年の干支はわたしのハンドルネームの「とら」。しかし西洋画には虎の画は意外と少ないような気がします。 1.ルーベンス(Peter Paul Rubens, 1577-1640)《四大陸》ウィーン美術史美術館 ![]() 2.ルーベンス(Peter Paul Rubens, 1577-1640)《ニンフとサテュロス》プラド美術館 ![]() ![]() 3.ドラクロア(Ferdinand Victor Eugène Delacroix, 1798-1863)《母親と戯れる若い虎》ルーヴル美術館 ![]() 4.アンリ・ルソー(Henri Julien Félix Rousseau,1844-1910)《ジャングルでバッファローを襲う虎》クリーヴランド美術館 ![]() 5.アンリ・ルソー(Henri Julien Félix Rousseau,1844-1910)《不意打ち!、熱帯の嵐》ロンドン・ナショナル・ギャラリー ![]() 6.ドニ(Maurice Denis,1870-1943)《バッカス祭》ブリヂストン美術館・・・下記の遊行七恵さんからのコメントに基づいて画像を追加した。「バッカス祭」の凱旋車は「豹」に曳かれている図像が多いが、この画はジュネーヴの毛皮店ル・ティグル・ロワイヤル(ザ・ロイヤル・タイガー)の店主ヌベールから制作依頼を受けたため、毛皮店名にふさわしい「虎」となっている。 ![]() 7.ダリ(Salvador Dali, 1904-1989)《目を覚ます一秒前、ザクロの実の周囲を一匹の蜜蜂が飛びまわったために見た夢》ティッセン・ボルミネッサ財団 ![]() 美術散歩 管理人 とら
16年ぶりの公開の有名なコレクションということで前期を見たが、玉石混交なので図録を買うだけにして中期はパスした。中期のブログの中には展示方法について酷評しているものもあったので、後期に入ってもう一度確認することにした。
入ってすぐの「展示室1」にプロローグとして並べられている師宣の《吉原の躰》の食べ物はなかなか面白いのだが、無彩色なので迫力がない。春信の《風俗四季仙》は今回だいぶ沢山見ることができたのでこれは一つの収穫だった。春信の《双六のけんか》↓の若草色も良い。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 「展示室4」のお気に入りは、石川豊信の《水鶏にだまされて》←、「きめだし技法」のみられる鈴木春信の《白象と唐子》、勝川春英の《金時の辻宝引》→。「展示室5」では、歌川国芳の《名画六枚屏風》↓、英松屋長喜の《難波屋店先》。 「展示室6」は北斎の見慣れた続物。「展示室7」の歌川広重の作品は見慣れたものが多いが、藍が美しい。今回は月岡芳年に素晴らしいものが多かった。お気に入りは《五条橋》と《平維茂戸隠山鬼女退治之図》↓↓。 (結 論) 1.高橋誠一郎コレクションの中には保存状態の素晴らしく良いものが含まれている。写楽が超Aクラス、春信、広重、芳年もほとんどがAクラス。 2.最近海外から素晴らしい保存状態の浮世絵がたくさん里帰りしたが、これと肩を並べられる保存状態のものは他の作者ものでは半数程度である。3期に分けて出展したので、このコレクションの限界も分かってしまった。清長にはBクラスの状態ものが多かったし、虫食い・折れ線つきの歌麿などは見たくもなかった。 3.展示方法に改善の余地あり。展示室1・2以外はガラスと絵の距離が遠く、単眼鏡を使ってもよく見えないため、ガラスに頭をぶつけている人が多かった。また、キャプションや図録の説明が不十分であきれてしまった。16年ぶりの展覧会なのにガラスキ状態なのも当然である。次回、16年後に公開する時にはもうちょっとましな展覧会としてもらいたい。これでは高橋氏がお気の毒である。 ![]() ![]() 美術散歩 管理人 とら
1年がかりでコツコツと翻訳を続けていた訳書が本日「南江堂」から出版された(B5版302ページ、本体2500円、ISBN978-4-524-26024-9)。
表紙は古代エジプトの手術道具(コム・オンボ神殿のレリーフ)↓。 ![]() 比較的最近「医者は社会的常識が欠如しており、ものすごく価値観が違う」と発言して話題をまいた政治家がおられたが、確かに「医者の常識は世間の非常識」という相互理解の不十分さが残っていることも事実である。 本書を読んで、有史以来の外科医の常識とはこういうものだということを認識していただければ幸いである。 いくつか例を挙げてみる。 〇極端な病気には、極端な治療法が適切である。(Hippocrates, 460-377BC) 〇「無原罪の御宿り」を信じる人は、すべてのことを信じる。(Friedrich C Lang) 〇医師が、受傷者をメスで治療した結果死なせたら、その医師の手を切断すべし。(Hammurabi's code, ~2000BC) 〇私は一生医者と弁護士と女性を信じない。彼らはいんちきで詐欺師である。(Anton Chekhov, 1860-1904) 〇患者は聞くよりも話したがる。(Theodor Billroth, 1829-1894) 〇私が暗殺を始める時には、この町の外科医を最初にしとめて下水道に投げ込む。(Dylan Thomas, 1914-1953) 〇ソ連における大学生のジョーク: 楽天主義者は英語を学び、悲観主義者は中国語を学び、現実主義者はカラシニコフ銃を学ぶ。(Viatcheslav Ryndine) 〇わたしの手術をする外科医も共和党員がよい。(Ronald Reagan) 美術散歩 管理人 とら
山口さんは桐生の出身だったのですね。課外授業の対象は桐生市立昭和小学校の6年生。
「昭和」という校名自体も古くなってますね。まず初日、緊張気味の山口さんが出身校に入っていく。 ![]() ![]() ![]() まず教室内で古いものを探させ、次に市内に出て古いものが沢山残っていることを確認させ、家庭の祖父母に昔のことを聞きだして、自分でこのように時間が流れていることを実感させる。 ![]() ![]() 美術散歩 管理人 とら
しばらく改装のため休館していた根津美術館の再開館した。入口へは竹のアプローチ↓。建物はガラスが多く↓↓、内部は明るい。
![]() ![]() ![]() 「展示室1」が今回の「国宝那智瀧図と自然の造形」。仏教美術が多いが、鎌倉時代の垂迹画は残念ながら色落ちがひどく見にくい。とくに明るいホールから入ってくるため暗順能に時間のかかる人には厳しい展示室である。 ![]() ![]() ![]() 不思議なことに鎌倉時代の国宝《那智瀧図》(←)にお目にかかるのは今回が初めてである。 瀧自体がご神体となっている垂迹画である。中央には瀧の水の流れや岩肌、上部には紅葉の色づいた山や半月、下部には杉の樹幹が屋根を貫く飛瀧神社の拝殿や大きな卒塔婆が描かれている。ここでは伝統的な手法と中国絵画の技法とが併用されている。山の表現は春日曼陀羅的であり、岩壁は北宋画的である。 これにくらべて、芸阿弥の《観瀑図》(→)は、南宋の院体山水画に学ぶものである。図上の題賛からこの画が1480年に描かれたものであるとのことである。こういった説明が会場にほとんどなかったのは残念であった。 ![]() ![]() 南北朝時代の《岩上観音図》←は変色がひどいが構成が良い。補陀落山中の流水に臨む岩上に坐る観音とこれに対面して法を問う善財童子。水中に出現する龍は判りにくい。 等禅の《白衣観音》→も岩上観音だが観音さまの足が痛そう。 江戸時代の《吉野龍田図》は、派手な屏風。右隻↓の吉野山の桜は胡粉で盛り上がっている。左隻↓↓の錦秋の紅葉に染まる龍田川も見事。両隻の短冊も巧い。筆者については、狩野山楽という伝承があるが、山口雪渓の筆と見る説もあるとのこと。 ![]() ![]() ![]() ![]() 「展示室4」の「古代中国の青銅器」はお馴染みのものばかり。《双羊尊》↓は入場券↓↓となっている。 ![]() ![]() 「展示室6」の「初陣茶会」では、野々村仁清の《錆絵柿図水差》↓が茶道をやっている家内のお気に入り。お持ちかえり希望とのこと。 ![]() 今回の改装はあくまで建物だけ。コレクションは今まで通り小出しに展示していくのだろう。 美術散歩 管理人 とら
平成館で企画展「皇室の名宝展」を観た後、平常展に回った。混雑した企画展の疲れが残っているので「国宝」3点だけに止めた。
1.狩野秀頼《観楓図屏風》 @国宝室↓: これを拝見するのはこの季節ならでの楽しみ。京都・高尾での紅葉狩りを描いた近世初期風俗画の典型である。清滝川辺での食事、お茶、踊り、赤ん坊に授乳する母親↓↓まで描かれている。空には雁の群れ、川の向うには神護寺の伽藍、雪に覆われた愛宕神社の参道が、川には聖地に向かう橋、川の手前には秋の草花や岩などで囲まれた桃源郷が描き添えられている。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 美術散歩 管理人 とら
今回は「ご即位20年記念特別展」である。10年前に開かれた「ご即位10年記念特別展 皇室の名宝-美と伝統の精華」と比較してみると、今回の1章「近代絵画の名品」では18点のうち12点(67%)が前回出展されており、とくに有名作品はほとんど再出品されている。
![]() ということで第1章の部屋は混んでいる入口を避けて、出口から入る。 又兵衛の《小栗判官絵巻》は、ちょっとドギツイ色彩ではあるが、小栗が閻魔大王の裁判で許されるところや↓、生き返って車で熊野に引かれていくミイラのごとき餓鬼阿弥と狂女のような常陸小萩の姿↓↓などは良く描かれている。全体で320メートルに達する大絵巻とのことであるが、全体を見てみたいものだ。 ![]() ![]() 酒井抱一の《花鳥十二ヶ月》や北斎の《西瓜図》は見飽きている。 若冲の《動植綵絵》は2006年に三の丸尚蔵館で5期にわたって開かれた「花鳥ー伊藤若冲《動植綵絵》↓で細切れながら全作品をみており(第1期、第2期、第3期、第4期、第5期)、2007年には京都の相国寺で開かれた「若冲展 釈迦三尊像と動植綵絵 120年ぶりの再会」で《動植綵絵》 の全作品と釈迦三尊像が一堂に会しているのを見ているので、さっと見ることにする。 ![]() ![]() 実際には、部屋の反対側から入ったのだが、入口方向からみると《動植綵絵》のベスト4が並んでいる。 左から、6(紫陽花、←上)、25(松白鳳、→上)、9(松孔雀、←下)、20(群鶏、→下)である。 ![]() ![]() この番号↓は辻惟雄著『若冲』(美術出版社 昭和49年刊)に従ったもので、大体は作成順らしいという。 入口から見て右壁には上記6と9を除いた1~18、左壁には上記20と25を除いた19~30が並んでいる。 ![]() ![]() ![]() この部屋の正面にはもちろん若冲の《旭日鳳凰図》が鎮座していた。 ![]() 《唐獅子図屏風》では、右隻の16世紀の永徳の獅子は緑毛のものと茶毛のもの各一頭であるが、17世紀に曾孫の常信がこれに補筆したの左隻には白毛の獅子が一頭だけ描かれている。頭数が2:1なので常信はもう少しこの白毛獅子を大きく描けば位負けしなかったかもしれない。しかし細部まで綿密に描かれており、表装も揃えてあるので、これまで両隻を揃えて展示することが稀だったということ自体信じがたい。良いコンビネーションであると思った。 対向の部屋の2章に展示されている「近代の宮殿装飾と帝室技芸院」では、62点のうち前回出ていたたものは27点(44%)であるが、昨年三の丸尚蔵館で4期にわたって開かれた「帝室技芸員と1900年パリ万国博覧会」(第1期、第2期、第4期)に出展されているものが結構あるのでモット沢山見ていることになる。ということであっさりと流して見たのであるが、杉谷雪樵の《大納言公任捧梅図》、幸野楳嶺の《月下擣衣図》、瀧和亭の《孔雀鸚鵡図》など初見のものとして良いものが多かった。 書き出すときりがないので、自分と家内の「お持ち帰り」希望品をあげる。私としては七宝が良かった。派手な並河靖之の《四季花鳥図花瓶》↓を第一とするが、地味な濤川惣助の《月夜深林図額》もとても良かった。 ![]() ![]() 美術散歩 管理人 とら
「慶應義塾創立150年記念 夢と追憶の江戸-高橋誠一郎浮世絵コレクション名品展」という長い名前の展覧会。前中後期の3期に分けて約100点ずつ出すという商法。展示スペースはユックリしていたので、150点ずつの2期に分けられたのではなかろうか。
有名なコレクションなのだが初見。16年ぶりの公開ということなので前期が終わらぬうちに見に行った。 ![]() 師宣の《衝立のかげ》↓の色彩と色気、春信の《風俗四季仙 二月 水辺梅》↓↓の構図とコントラスト、清長の《色競艶婦姿 床入前》↓↓↓の色彩と色気、歌麿の《高島おひさ》の雲母摺(↑チラシの左上図)、北斎の《山下白雨》のぼかし、写楽の《三世市川高麗蔵の志賀大ヒ七》↓↓↓↓の雲母摺などは目を見張るものだった。 ![]() ![]() ![]() ![]() 以後の展示室は、1.浮世絵の黎明、2.浮世絵の革命、3.浮世絵の展開、4.幕末浮世絵ー北斎、5.幕末浮世絵ー広重、6.明治の浮世絵ー伝統の終息と分けて展示されており、浮世絵の歴史を俯瞰することが出来るようになっていた。初見の作品も少なくなかった。 「展示室4」のお気に入りは、奥村利信の《床之内三幅対 中 きやらとめ風》・・・伽羅の香↓、鈴木春信の《子供の遊び》・・・・兎の影絵↓↓、喜多川歌麿の《当時全盛美人揃 扇屋内花[扇]》・・・美しい着物の模様↓↓↓。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 「展示室7」の歌川広重の作品は見慣れたものが多く、わずかに《白梅に寿帯鳥》↓の空摺が目立つだけ。月岡芳年には見事な作品が多かったが、やはり見慣れてしまっている。しかし肉筆画の《日向の景清》↓↓の暗さには心打たれた。小林清親の光線画《浜町より写 両国大火 明治四年一月廿六日出火》↓↓↓は良い〆だった。 ![]() ![]() ![]() 美術散歩 管理人 とら
「ご即位20年記念特別展 皇室の名宝-日本美の華」が2009年10月6日から開かれており、今回はプレビューに美術ブロガーを呼び込んだようで、早速記事がアップされている。
![]() 10年前に開かれた「ご即位10年記念特別展 皇室の名宝-美と伝統の精華」のチラシ(←)、出品目録、図録が残っているので、今回の「ご即位20年記念特別展 皇室の名宝-日本美の華」のチラシ(→)、展示リストと比較してみた。10年記念展 「ご即位10年記念特別展」は正確にいうと8期にわたって陳列されていたが、おおよそは前期(12月21日-1月16日)と後期(1月18日-2月13日)に分けて展示されていたといっても良い。その分類と保管先は下記。 1.古代のかたち・・・縄文・弥生・古墳時代の出土品で、書陵部陵墓課と東博保管のもの。 2.天皇の肖像と書・・・大多数が御物で、三の丸尚蔵館や書陵部図書課所蔵のものが少数。 3.古筆の名品・・・御物が少数で、大多数が三の丸尚蔵館に保管されているもの。 4.伝世の品々・・・御物と三の丸尚蔵館蔵のもの。東博保管のものも1点だけあった。 5.近世宮廷の美・・・三の丸尚蔵館蔵が大多数で、京都事務所や東博のものもあった。 6.新しい伝統美・・・三の丸尚蔵館蔵が大多数で、御物や用度課、書陵部図書課、東博のものもあった。 20年記念展 今回の分類はより単純であるようにみえるが、2期に分かれているので合計6章であることには変わりがない。所蔵先も似たようなもので、御物、三の丸尚蔵館、用度課、書陵部陵墓課・図書課、京都事務所あるが、今回は2期・1章に正倉院宝物が数多く出品されており、逆に東博のものが皆無となっていた。 下記は今回の展示の分類であるが、それぞれの章における前回出品率をくらべてみた。 (20年記念展 1期) 1章 近代絵画の名品・・・18点のうち12点(67%)が前回出展されている。とくに有名作品はほとんど再出品されている。 ただし、若冲の《動植綵絵》は前回12幅に対し今回は30幅すべて陳列されている。もっとも若冲の《動植綵絵》は2006年に三の丸尚蔵館で5期にわたって開かれた「花鳥ー伊藤若冲《動植綵絵》で細切れながら全作品をみており(第1期、第2期、第3期、第4期、第5期)、2007年には京都の相国寺で開かれた「若冲展 釈迦三尊像と動植綵絵 120年ぶりの再会」で《動植綵絵》 の全作品と釈迦三尊像が一堂に会しているのを見ている。 また永徳の《唐獅子屏風》に常信の左隻がついており、又兵衛の《小栗判官絵巻》は前回の巻第1・11・13から今回は巻第2・10に変わっている。これたちは絶対に見たいなー! 2章 近代の宮殿装飾と帝室技芸院・・・62点のうち前回出ていたたものは27点(44%)。ただし昨年三の丸尚蔵館で4期にわたって開かれた「帝室技芸員と1900年パリ万国博覧会」に出展されているものが結構ある(第1期、第2期、第4期)。 (20年記念展 2期) 1章 古の美 考古遺物・法隆寺献納宝物・正倉院宝物・・・38点のうち10点(26%)であるが、正倉院宝物22点を除いた16点では63%が前回も出ていたことになる。 2章 古筆と絵巻の競演・・・22点のうちなんと21点が既出。その比率95%。 3章 中世から近世の宮廷美 宸翰と京都御所のしつらえ・・・30点のうち12点が前回も出ている。40%である。ただし、《伏見天皇宸記》は巻第6,7が今回は巻1,5に、《花園院宸記》は巻1、7、12、28が巻第29、35に、貞成親王の《看聞日記》は巻第5,16が巻第13に変わっている。 4章 皇室に伝わる名刀・・・10口の刀のうち前回出ていたのは1口のみ。10%。 合計すると、前期は80点中の39点、49%、後期は100点中の44%、前後期あわせると180点中の83点、46%が前回の展覧会にも出ていたということになる。 この数字はどちらか一方だけを見ようという場合やどの会場から先に観るかの参考になるのではなかろうか。さてわたしはどうしようかな。 美術散歩 管理人 とら
この土井利一コレクションの展覧会についてはこのブログに案内記事を書いた。そして土曜日には、土井氏のギャラリートークに合わせて観にいってきた。
今回の展覧会は土屋光悦が中心であり、その師小林清親の作品は4点のみであった。入ってすぐのウィンドウには清親の《猫と提灯》が出ていた。これは内国博にも出された有名な絵らしく、陳列されていた画集の表紙のもなっていたが、個人的にはあまり好きにはなれなかった。 ![]() ![]() 次のウィンドウには光逸の初期の作品。歴史画や花鳥画など、あまり感心しない。光逸は最初石版画をめざしていたが、肺結核のため石版はやめて木版に移った。 昭和7年に清親の17回忌展で渡邊庄三郎に見出され、新版画の道を歩むことになる。そのときの2作品の一つ《祇園の夜桜》が出ていたが、なかなか良い。この新版画デビューは光逸62歳の時だというから随分遅咲きである。 次には、光逸の代表作とされる「東京風景」の12点がズラリと並んでいた。こちらは土井貞一版である。渡邊から土井へ移った理由は不詳。夜、雨、雪など巴水と同じテーマのものが多いが、それとは異なる情緒であるような気がする。絵はがきを買ってきたので並べてみる。初摺ばかりである。このことは、摺師の名、スカシ、ハンコなどから推定されるとのこと。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() メインのウィンドウには、清親の光線画《柳原夜雨》↓と肉筆風景画《墨堤雪景》があったが、いずれもとても良いものだった。 光逸のその他の作品としては、藍摺の《本栖湖》、《箱根湖水》、森ヶ崎海岸》がお気に入り。 ![]() 美術散歩 管理人 とら
「The ハプスブルク」展の記念講演会。演者はウィーン美術史美術館副館長兼絵画部長のカール・シュッツ氏。演題は「デューラー、ティツィアーノ、ブリューゲル、ベラスケスーハプスブルク家とその画家たち」ということであったが、内容的には「ハプスブルク家の美術コレクターたち」としたほうが良いものだった。
以前、カール・シュッツ氏のギャラリートークに参加したしたことがあったが、その時は分かりやすい英語を話されたのに、今回はドイツ語の原稿を早口で丸読み、それに続く和訳者も早口でまくし立て。いつものように頑張ってメモしたが、固有名詞などは聞き取りにくく、講演終了時には疲労困憊した。聴衆は寝込んでいる人が多かった。もうすこし何とかならないものだろうか。 1.皇帝ルドルフ2世: 今回の展覧会の冒頭にはアーヘンの《神聖ローマ帝国ルドルフ2世》↓の肖像画が飾られている。この画では、ルドルフ2世は、皇帝の服装をしておらず、スペイン風の衣服をまとっている。そしてその表情は幾分沈うつである。彼は少年時代を伯父のスペイン宮廷で過ごしたが、そこでフェリぺ2世が収集したティツィアーノやボッシュの作品やエル・エスコリアール宮殿建築から美術に対する理解を深め、「美術品収集は王の仕事である」と信ずるようになった。父の皇帝マキシミリアン2世の死によって、1576年、24歳で神聖ローマ帝国皇帝となったルドルフは、オーストリアに戻るやいなや宮廷をウィーンからプラハに移した。ケプラーをはじめとする学者や芸術家をこの地に招聘するとともに、美術品の収集を開始した。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 彼は短時間に17世紀で最大規模を誇る絵画ギャラリーを築きあげたが、これはテニールスの《大公レオポルド・ヴィルヘルム大公のブリュッセル画廊》↓という「画廊画」に示されている。この画のなかに描きこまれた画の大部分はイギリスのハミルトン・コレクションからのものであるが、実際には異なったサイズのものである画を同じ高さに揃えて描いている。今回出展されているティツィアーノの《イル・ブラーヴォ》↓↓もこの中に描きこまれている。探してみてください。一番前の3枚のうちの右側の画だと思います。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 彼は低湿に属する美術品をすべてウィーンに集め、シュタルクブルグに飾った。フェルディナンド・ストルファーは羊皮紙本↓にこの帝室画廊の各壁を正確に描いているが、これによると中央に大きな画、周囲に小さな画を木枠にはめて飾り、上部は楕円形に画が飾られている。こうするために絵画が切断されたりしている。 ![]() ![]() 父の皇帝カール6世にも先帝である彼の兄の皇帝ヨーゼフ1世にも男児がないため、カール5世はオーストリアの皇位はスペイン国王が継ぐということになると、権力が集中しすぎると教皇に言わせ、さらに自分の娘のほうが兄の娘より継承権が先であるという規則を作ったのである。そしてマリア・テレジアの結婚相手には力のない家系の男子ロートリンゲン公を選んだのである。 ![]() カラヴァッジョの《ロザリオの聖母》↓はこの時期アントワープで購入されている。 ![]() 美術史美術館の中2階のホールには、ベルガーの《学術文化を奨励したハプスブルク歴代皇帝の姿を描いた巨大な天井画》がある。↓と↓↓は画面の左半分であるが、左からルドルフ2世に冠を渡す金細工師、彫刻家レオ・レオーニ、塩壷を持ったヴェンヴェヌート・チェルニーニ、ティツィアーノとカール5世、その后イザベラ、妹マリア、背後には甲冑職人、武器職人を従えたチロルのフェルディナント大公が見られる。右側には、マキシミリアン1世とデューラー、カール6世、ルーベンス、レンブラントなども描かれている。 ![]() ![]() 美術散歩 管理人 とら
ハプスブルク王家の美術コレクションという「くくり」で、ウィーン美術史美術館とブタペスト国立西洋美術館の所蔵作品を集めた展覧会である。
ウィーン美術史美術館は世界有数の美術館。2007年3月に訪れる機会↓があったが、その前にも東京で何回かその展覧会(①栄光のハプスブルグ家展: 東武美術館 1992、②ハプスブルグの遺宝 ウィーン美術史美術館名品展: Bunkamura 1996、③ウィーン美術史美術館展: 東京藝術大学大学美術館 2002、④ウィーン美術史美術館所蔵 栄光のオランダ・フランドル絵画展 : 東京都美術館 2004)を見ているので、おなじみの美術館のような気がする。 ![]() ブダペスト美術館は訪れたことはないが、⑥「ハンガリー国立ブダペスト美術館所蔵ルネサンスの絵画: 東武美術館 1994」展を観たことがある。 このような次第で今回の「The ハプスブルグ」展はパスしようかと思っていたが、上述のシュッツ副館長の講演会の招待状をいただいたので、出かけてみた。 講演の内容は別記することにして、展覧会を概観し、お気に入りを何点かあげてみたい。 展覧会は下記の6章に分かれている。 1.ハプスブルグ家の肖像画: この中での白眉は、何回か観ているが、やはりヴィンターハルターの《オーストリア皇妃エリザベート》。姑ゾフィーとの確執、息子の皇太子ルドルフの自殺、本人の悲劇的な暗殺などが頭をよぎるが、それだけにこの美しさはこの世のものとは思えない。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 5.工具と武具: すくなくとも半数は以前の展覧会で観ている。《シャーベット用センターピース》↓や《ラピスラズリの鉢》↓↓はシッカリと憶えている。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() シュッツ副館長の講演はこちらに別記。 美術散歩 管理人 とら
今朝、木版画研究家の土井利一さんから手紙が届いた。土井さんとは、一昨年、礫川浮世絵美術館で開かれた「川瀬巴水木版画展」でお目にかかり、そのことについてこのブログやホームページに記事を書いたことがある。その記事をきっかけとして、沢山の若手ブロガーたちもこの展覧会を観にいかれたようだった。
![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 訪問記事はこちら 美術散歩 管理人 とら
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